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記憶を辿って

自分の中に生涯消えることはないだろうなと思う思い出がある。
時々、その思い出がふわっと顔を出すことがあって、優しい気持ちになる。
そんな体験をできたことが凄く幸せなことだなと思うし、これからも大事にしていきたい。

私に旅の楽しみを教えてくれた人と京都で夜な夜な街を歩き巡った。
感覚で良さげな居酒屋に入って、美味しいビール屋さんに行って、夜カフェに、好きな小説に出てくるお酒を提供してくれるBARまで2人で巡った。
そんな楽しみ方をそれまでの私は知らなかったから、新鮮で、新しい世界を知った高揚感に包まれた。
その日は珍しく雪が降っていて、寒い寒いとお互いに言いながらも夜の京都を練り歩いた。
楽しかったってもんじゃない。
こんな楽しみを私に教えちゃうなんて罪な人って思ってる(笑)

それくらい、私の人生に大きな影響を与えた体験だった。
私だけだったら絶対に入らなかったであろう居酒屋、知らなかっただろうお酒の味。
夜カフェなんて初めてだったから、そこで色々語ったのが大人の仲間入りをしたような気分だった。

たぶん、その体験があったから、よく京都に行きたくなるんだと思う。
また、あの体験がしたい、あの感覚を味わいたいって体が欲してる。
またあのお店にいきたい、と。

でも、あの時の記憶が一番強くて、なかなか超えない気もしている。
その時の旅で、行く途中やホテルの部屋、帰り道に幾田りらさんのアルバムを聞いていたからか、幾田りらさんやYOASOBIを見ると京都を思い出す。
この記事を書こうと思ったきっかけもYOASOBIのラジオだった。
珍しく朝の出勤中に電車で座ることができて、ゆっくり聴いていたらayaseさんの”飽和”が流れて思わず泣きそうになった。
なぜか当時の景色が鮮明に頭によぎって、恋しくてたまらなくなった。

私とその旅を一緒にしてくれたあの人とまた京都に行きたいな。
前に簡単に口約束をしたけれど、あの約束は有効なのかわからない。
でもその人じゃなきゃ、同じ感覚にはならないんだろうなと思う。
一人でまた同じお店を訪れても少し物足りないだろうし、他の人と行ってもその人を思い出して悲しくなってしまうような気がする。

それくらい、私にとって衝撃的で素晴らしい経験をもたらしてくれた。

その人はこの文章をきっと読まないだろう。
それでもどこかで届いて欲しいと願う。
直接伝えるのはなんか違う気がする。

届いて欲しいけれど、本当に縁があってたまたま見てれたらいいなくらい。
見る想定だったらこんなふうに書けない(笑)
でも、残しておきたい。
文章に残しておきたい。

名前も形容詞もあえて何も記載しないけれど、多分、本人は見たら自分のことだろうと分かるはず。

別にもう会えない人って訳じゃないけれど、なんとなく連絡するのは気が引けて。

この記憶のおかげで少しだけ頑張る力が湧いてきた。
ここ二週間自分の心がやさぐれていて、自分でもどうすることもできなかったから。まさか思い出に救われるとは。人生って面白い。

それから少し心に余裕を感じられて、せかせかしていた足どりを少しだけペースダウンした。
そうやって、今は京都ではない土地で頑張っているけれど、いつかまた京都に返りたい。



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