深夜3時に恋をした

アオイへ

そう、あの時の客だよ。
覚えているだろ?
いや、それは無理か。
きみは人気者だ。
俺みたいな男のこと、覚えているわけがない。
でも、偶然見つけてしまったんだ。
140文字の世界で。


俺は物書きだ。
昼間のざわついた感じが苦手で、完全に夜の住人と化している。

何を書いているのかって?

小説です

とでも言えればかっこいいのかもしれないが、現実はそんなに甘くない。
昔からのコネをどうにかつないで、雑誌に駄文を連ねて食い扶持を稼いでいる。

誰も期待なんかしちゃいない。
おそらく読まれることもない。

そんな文章を酒と遊びながら書いて暮らしている。


ある日、俺はいつものように街に出ていた。
街はネタの宝庫だ。
すれ違う人の顔を見ては、そいつの人生を想像する。

くたびれたスーツ姿の中年の男
ブランド物で身を固めたオバサン
ぺちゃくちゃしゃべる女子高生
親の金で遊ぶ大学生

どいつもこいつも、欲にまみれた顔で歩いている。

金が欲しい
若さが欲しい
オトコが欲しい
オンナが欲しい

わかりやすくて大変よろしい。
欲しいものだらけで、反吐が出る。
お前は何様なんだ?
何を差し出すことで生きているんだ?

自分だけは損をしたくない。
欲しいものは手に入れたい。

やれやれ。

だから、何も手に入れられないんだ。
簡単なことなのに、わからない。
そして過ちを繰り返す。

もっとも、そういうやつがいるから、俺の文章にも価値があるってわけだ。

欠落を埋める言葉。
俺が命と引き換えに差し出すもの。
これがあるから生きていける。

街で欲にまみれたやつらの顔を見て、ほとほと嫌気が差したところで家路についた。

充電完了。
さて、書くか。

と、その前にふと、オンナが欲しくなった。

オンナはカネで買う。
それが当たり前になってしまっている。
面倒は嫌いだ。

べつに悪いことじゃないだろう。
求めるものがいて、差し出すものがいる。
それが世の中の需要と供給ってやつだ。

その日もちょうどそんな気分だった。

俺はオンナを呼んだ。

名前をアオイと言った。
間違いない、上玉だ。



俺は泣いていた。

アオイの言葉を聞いて、涙が出て止まらなくなっていた。

意味がわからなかった。
俺は自分の捌け口としてオンナを呼んだのだ。
出したい、そして、心を埋めたい。
ただ、それだけだ。
そして、それを満たすのが、アオイの仕事。

でも、そういうことじゃなかった。

アオイも心を病んでいた。
満たされるのは、私の方。
ほとんどのオトコたちは、私の心なんて知ったことじゃない。
もちろん、それでいい。
アオイは仕事に誇りを持っていた。

俺はそんな風にして自らを差し出すアオイに、意地悪な質問をした。


君はそんなに美しいのに、どうしてこんな仕事をしているんだい?、と。


アオイは答えなかった。

そして、うつむきながら微笑み混じりに言った。


あなたに会えてよかった、と。


涙を流した理由が何なのかは、いまだによくわからない。

彼女を傷つけるような言葉の後悔に、耐えきれなくなったのかもしれない。
そんな俺を一人の人間として認めて貰えて嬉しかったのかもしれない。

涙の理由を聞くこともなく、俺を抱きしめながら、アオイも泣いていた。

それ以来、俺はオンナを買うことをやめた。


夜の闇が深くなる頃、いつものように酒を飲みながら言葉と遊んでいた。
ぼんやり眺めるTwitter のタイムライン。

俺は目を疑った。

その一度だけのオンナが、目の前にあらわれたのだ。


俺にはわかる、アオイだ。


そのオンナのつぶやきを一つも漏らすまいと貪り読んだ。

すでに一線からは退いたようだが、彼女の魅力は輝きを放ち続けていた。
そして、時折見せる陰のある一言に、目をやらずにはいられなかった。


深夜3時に恋に落ちた。

でも、

愛は真心、恋は下心。


小一時間、タイムラインを追い続けたところで、俺はふと我に返った。
アイコンが美しい女性の横顔から、アニメ顔のイラストになったからだ。

何を期待しているんだ。
お前にはもう必要ないだろ。
そう自分に言い聞かせた。


窓の外はもう白々と夜が明けていた。

俺は美しい女のことを想いながら眠りについた。



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