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潮が舞い子が舞い最終巻の刊行に寄せて

8月8日に阿部共実先生による漫画「潮が舞い子が舞い」の最終10巻が発売されます。この文章を書いているのはその前日です。

僕はこの漫画が大好きで、この数年自分の気持ちが暗くなっているときや嬉しいときに繰り返し読み返し、色々なものをもらいました。
そこで、この作品に心打たれる理由を残しておこうと思います。

自分の気持ちをまとまった文章にするのはとても久しぶりでとっ散らかった内容になると思うけれど、感謝を込めて記録します。


潮が舞い子が舞いとは

「潮が舞い子が舞い」(以下、潮舞い)は別冊少年チャンピオンで2019年4月号から2023年7月号まで連載されていた学園青春コメディ漫画です。秋田書店のウェブコミックサイト「マンガクロス」でも並行連載していました。

本作の特徴は何と言っても潮が舞い込む高校の一クラスを中心に50名以上の豊富なキャラクターたちによる群像劇となっているところで、公式の紹介文に「男子も女子も、みんなが主人公。」とあるように主人公格のメインキャラだけでなく様々な人物について性格やバックボーン、友人関係などが深く掘り下げられていきます。

登場人物の人物名には天気や果物など共通した要素があり、主に共通要素をもつキャラ同士でつるんでいるので意外と覚えられます。
(天気組:雨窪・雲出・晴原、果物組:柚下・柿境・枇杷谷など)

9巻キャラ紹介より。なんとなく名前でグループ分けされている


関係性の漫画

共通要素を持たないキャラたちも回が進むごとに意外な関係性が明らかになったり、いつもの仲間うちの中に普段付き合いのないキャラが参加してきたり、キャラの関係性の変化を楽しめるのも潮舞いの特徴です。
例えばオタクで中二病で逆張りしがちな右佐が明るく真っ直ぐな虎美と秘密を共有したり、真面目な刀禰が毒舌で撃たれ弱い縫部と絡むようになったり。

親密になっていくばかりではなく、逆に付き合いが薄れていったり揉め事が発生することもあり、一筋縄ではいかぬ人間関係がそこにありますが、そこには寂しさだけでなく成長という変化も含まれているのです。
阿部節満載の会話劇のなかでわちゃわちゃとした人と人の交流。潮舞いには暖かくてときに切ない触れ合いが描かれています。

右佐と虎美。共通の首位があったり、秘密を共有してたり

虎美は右佐と初めて話したとき「私は右佐が嫌いだ!」とまで言い放つのですが、徐々に二人は親密になってきます。


想像の先にある本当の気持ち

本作における僕の推しキャラの一人に狐塚という女子がいます。
クールながら純朴な男子たちを翻弄する小悪魔的なキャラですが、読んでいても彼女の心のなかはほとんど読めないんですね。
ただし、おぼろげに「注目されないものや人の魅力を見出そう」という信念のようなものが伺える。そうすると、言葉にされない彼女の行動になにか意図が見えてくる気がするのです。

狐塚だけでなく釣岡の本音も、百々瀬の望む関係も、本当の思いは語らない。犀賀の想い人なんかも想像はできますが明言はされないのでヤキモキする楽しさがあるんですね。

狐塚さんはなにを考えているのかわからないが、行動には理由がある(気がする)


6巻に刀禰とバーグマンが「人の気持ちを言葉にすることの是非」を論じるエピソードがあるのですが、
「人の多感で複雑な心を喜怒哀楽で表してしまったら、こぼれ落ちるものがたくさんあると思うんです」
という言葉に、語らず気持ちを推し量るコミュニケーションの面白さが表現されていると思います。

とはいえ、褒められたら普通にうれしい


学生時代にあったかもしれない、愛しきじゃれあい

特に多くのキャラが出てくる回では、めちゃくちゃ笑ったあとなんだかほっこり和ませる、ハートフルなじゃれあいが展開されます。

2巻で描かれるのは大柄で少し怖がられている雨窪ちゃんの体操服のお話。くだらない内輪ネタでクラス全体を巻き込んだ騒動を巻き起こす、僕の一番のお気に入りエピソードです。
ほかにも4巻のX作戦や5巻の男子人気投票など、10代のノリならではの妙な盛り上がりを見せるお話がたくさんあります。

作中に描かれる神戸市西部のノスタルジックでセンチメンタルな街のすがたも相まって「ああ、こんな日々確かにあったかもしれない」と思わせてくれるのです。

街のシンボルを背景に大はしゃぎ。あったかもしれないし無いかもしれない青春


ハイテンポ会話劇の醍醐味

ここまで潮舞いのエモーショナルな部分について書いてきましたが、阿部先生の十八番である会話型コメディとしても存分に本領発揮されています。

独特なワードセンスによる、まるで即興漫才のようなボケツッコミの応酬。時には哲学を語り、またある時はアルコールの恐ろしさについて啓蒙(?)する。
多彩な引出しからわけのわからないものが次々飛び出しながらグイグイ読者を引っ張り、それでも気持ちよく着地してしまう構成のうまさに唸る思いです。

なにより凄いのは無軌道でヘンテコなやり取りがたて続けに重なっている一方、キャラの内面をしっかりとらえていて言動に矛盾がないのです。


ハードボイルドなセリフを吐いた百々瀬は自分が投げたブーメランに襲われることになる


誰かのそばに誰かがいる

最後に自分の気持ちについて。なぜこの作品に愛着を持つようになったのか。

それは偏に、潮が舞い子が舞いの登場人物が「人に寄り添う人たち」だからだと思うのです。

潔癖症で汚れと菌に敏感すぎる大垣内には中畔と小笠原が。
孤独の不安に打ちのめされた車崎には水木が。
本当は他人に認められたいバーグマンには百々瀬が。
自己肯定感が低い浜さんには那智先生や湖港さんが。
オタクで中二病で逆張りしがちな右佐も、いつも笑顔でみんなから好かれる犀賀さんが抱える悲しみに気づいて寄り添おうとします。

車崎の心が折れかけたとき、水木が手を差し伸べてくれた

主なキャラが高校生ということもあり、彼らの多くは未熟で、繊細で、不器用です。
そんな彼らがぐらつき傷つきかけたとき、支えあう人が現れる。現実を生きる僕にはその姿が眩しく清々しく、人にやさしくあろうと思えるのです。


まとまりのない変な文章ですが、書けてよかった。いつかキャラ語りも書けたらいいな。

阿部先生、とても素敵な漫画をありがとうございました。
次回作も楽しみにしています。


(ヘッダー画像)2022年、潮舞いに連れて行ってもらった舞子公園にて

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