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Grade 9: Winter break - Christmas Eve CAROLS

12月24日 土曜日
10:00にEくんと私は、私の住んでたコンドミニアムのエントランスで会った。
「朝起きれるかなあ〜」といいつつEくんは時間通りに来た。

こうやって思い出してみるとEくんが待ち合わせに遅刻してること、1度もなかった気がするなあ。

クリスマスイブだからという理由で、いつもは現地で集合していたけどちょっと特別に始めたかった。
可能な限り早い時間から会って、夜ギリギリの時間まで一緒に過ごそうという魂胆。


当時プリクラ帳を作るのが流行ってたとはいえ、こうやって映画の半券貼ったりするのは祖父の血が濃く流れてるなとおもう

映画は午前中に上映していたキングコングを観た。
そういえばだけど、手を繋ぐようになってから映画の間ずっと彼は手を繋いでいて、手汗が滲んできたり、ポップコーンを食べたいときはお互いそっと手を離して、また手を繋ぎ直してってやっていたな。
あーーーHeartstopperそのまま。
Heartstopperのこのシーンを観てEくんと映画を沢山観てきたことを思い出したんだった。

Heartstopper

映画を見終わった頃はきっとお昼過ぎだろうから、そのまま一緒にランチを食べた。
そして約束通り、母が待つ家へと二人で帰宅した。

今思うと、母はきっと単身で留学しているEくんのことを気にかけてよく晩ごはんを作って食べて帰るように言っていた。
かなり昔になかなか帰らない子だから、晩ごはん食べさせてあげないといけないのかなと思ったとも言っていたかもしれない 笑
明日日本へ一時帰国することはもちろん知らせてあるので、いつもより長めに21:00や22:00を回っても何も言わずにいてくれたような気がする。

もうこの頃にはすっかり私の両親とも打ち解けているEくん。
初めて家族以外の人もいる場で過ごすクリスマスイブのディナーは、お母さんの作るボロネーズパスタだった。
Eくんはすごく美味しそうに食べて、確かおかわりもした。
少食だった私は絶対におかわりをしたことがないから、お母さんもきっと作り甲斐があったのかもしれない。普段より多めに用意してくれていた。
きっと一緒にクリスマスケーキも食べた。

いつもそうしていたように、食事後は私の部屋でリラックスして過ごす。
お母さんの購読していた映画雑誌を読んで、Zathura(Jumanjiの続編)か〜観てみたいなあと話した。

どこかのタイミングで、お互いに用意していたクリスマスプレゼントを渡して。
Eくんからは小ぶりのネックレス。四角いチャームがついていて縁にピンクのキラキラした石がはまっていた。

ぜっっっったいにこの箱に入ってたとおもったんだけど…
ネックレスが相当錆だらけになっちゃってさすがに捨てたのかもしれない🥲

※訂正
もらったネックレス、こちらでした。

実家にそのままの状態で封印していた。
ピンクの石が長年劣化で取れていたので学生の間に手持ちのピンクのラインストーンを付けた。

私からは、飛行機の中でも食べれるようにとバナナケーキを二つ作って渡した。
他に何か用意してたんだっけ、肝心なことが記憶にないや。

そしてその日の夜はいつもそうしていたように、お父さんが運転する車に乗ってEくんの家まで送った。
ちょっと暗い車の中で、Eくんが名残惜しそうに手を繋いできたことを覚えている。

「未来」が来るまであと16日。

あの頃はこの二週間とちょっとといった期間が果てしなく長く感じて、時差1時間がとてつもなく遠く感じた。
それというのも当時はZoomやLINEといったツールがないから。
パソコンの前でしか国境を超えたところにいる人とは話ができなかった。
まだまだ子供だし、国際電話をするとなったら親の許可がいる。
そもそもそんな発想は当時のわたしたちにはなかった。

Eくんは実家に帰り、中学校まで共に過ごした地元の友達にも歓迎されたことだろうと思う。毎晩MSNでオンラインになっていたのが、めっきりオンラインにならなくなった。
他の友達もどんどん母国に帰っていく。一人、旅行の予定もなく過ごしていた私は暇を弄んでいた。

この頃の私のテーマソングは浜崎あゆみのCAROLS。
MSNには好きなフレーズをニックネームにしていた。

白い雪が溶けて町が鮮やかに彩られる頃も
こうして君のことが大事で仕方ない私でいたい

CAROLS/浜崎あゆみ

全く連絡も取れない、いつ話せるかわからない。
だけどなんだかんだで2週間。Activity weekのときとさほど変わらない。そう言い聞かせて、当たり前にEくんが帰ってくるのを待っていた。



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