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学校ランキングは何のため?~全国テストの日英比較

こんにちは!イギリスでは7月の学年末が近づきつつあります。そのため、学年末のテストがあちこちで行われており、小学校でも一定の学年では全国テストが実施されていました。そこで、今回は、イギリスにおける全国テストとそれに関係の深い学校評価制度を通して、日英の学校を巡る状況について考えてみたいと思います。

学校に緊張感があった日のエピソード ~OfstedとSATs

イギリスの公立小学校(Community School。イングランドの学校の種類については以前の記事をご参照ください)に通っていると、概してリラックスした雰囲気だな、と感じることが多いのですが、いつになくぴりっとした空気を感じた日がありました。

その日は夕方、小学校のホールを借りて毎週行われている子どものアクティビティに参加しようと学校に行くと、いつもは放課後速やかに帰っていく先生方や事務スタッフが、まだ何人も学校に残っていて驚きました。珍しいね、と子供に声をかけると、「全校集会で、明日は“偉い人“が来るって言ってたから綺麗にしなきゃいけないんじゃない?」とのこと。何のことなのかと思って聞いていると、「Ofsted」と呼ばれる学校評価制度に基づく学校視察が翌日に予定されていたのでした。その視察に備えて、校長先生(Head Teacher)も教室間を動き回ったり清掃スタッフに声をかけたりと忙しそうでした。子どもたちのアクティビティに対しても、綺麗に片づけていくように、といつになく念を押していったのでした。翌日には、視察者が各クラスを回ったり、各学年から選抜された児童が集められ、視察者のインタビューに答えたりしていたそうです。

また、前述の通り、先月はイングランドで「SATs」と呼ばれる全国テストが予定されていました。我が家の子どもたちは今年は対象学年ではなかったので蚊帳の外でしたが、2年前に娘がその対象の2年生だった時には、普段はほぼ皆無の宿題が突然20ページほどの英語の問題を解いてくることとなって驚いたことがありましたが、このテスト対策だったことが後で分かりました。もう一方の対象学年である6年生の場合はもう少し真剣で、直前のイースター休暇(日本の春休みと同じように3月~4月にある学期の間の2週間程度の休み)を返上して学校で試験対象範囲を勉強していたそうです(もっとも、本当に真剣に取り組むなら、休暇を返上しなくてもいいように、通常の授業範囲内で試験範囲を終えていても良さそうな気がします)。今年も学校からのニュースレターで試験のことが取り上げられ、「これまでの成果を出せるようにみんなで応援しよう。前の日はしっかり寝るように!」等々。当日も、対象学年の児童たちが図書室や特別授業の教室など、教室以外の場所にも広がってテストを受けていたので(いつも教室では子供同士が向かい合って座ったりしているので対応が必要なのだそうです)、その他の子どもたちは、教室の移動時やトイレに行くときなどは静かにするように、と先生から度々注意を受けていました。無事にテストが終わった後は、6年生は卒業が近いこともあってか、遠足や社会科見学、演劇鑑賞などイベントが多く、随分リラックスした様子です。

このように、外部からの評価に対しては敏感で、視察や試験日に向けての準備に学校を上げて取り組んでいる点が(普段の様子を見てもらおう、というよりも)印象的でした。そこで、このような外部評価が一体どのような機能を果たしているのか、上記のOfstedとSATsに注目して、評価制度の在り方を確認してみたいと思います。

1.Ofstedとは

Ofstedは、Office for Standerd in Education, Services and Skillsの略で、イングランドの教育・保育実施機関に対して評価を行う調査機関で、教育省から独立して評価を実施しています。結果は公表され、教育の質向上などのために政策に反映されることが企図されています。

視察は分散して通期に実施されており、毎年評価が出るわけではなく、例えば、子どもたちの学校における今年の視察は、2015年に今の校長先生が新しく着任した際に行われた評価以来の視察でした。また、評価は視察者による学校訪問だけでなく、保護者も意見を伝えることができ、視察直前には保護者を対象としたオンラインアンケートが実施され、学校訪問日には子どもの送り迎えの際に親が直接、視察者と話すことも可能でした。
最新のOfsted評価結果は、図1のようになっており、最高評価である「Outstanding」は難しくても「Good」を含めた80%に入ることは重要で、校門等にOfstedで「Good」の評価を得たということをアピールする垂れ幕がかかっている光景をしばしば見かけます。逆に、「Inadequate」に評価が下がってしまった学校等では、進学希望者が減り、実際に通学可能圏内に小学校が複数あるOxford市内のケースでは、他の「Good」評価の学校に転校してしまう子供が何人もいたそうです。

図1 イングランドにおけるOfstedの最新評価(2018年時点)

出典:英国政府HP 「State-funded schools inspections and outcomes as at 31 December 2018」 より筆者抜粋・編集


2.SATsとは

一方のSATsとは、Statutory Assessment Testの略で、イングランドの小学校で行われている全国テスト(National Curriculum test)のことです。教育省のHPでは、このテストの目的は、子どもの学力が目標水準に達しているかをチェックすることにあると紹介されています。以前の記事でも紹介したイギリスの学校制度にテストとの関係を加えて整理したのが下の図2です。Key Stage 1およびKey Stage 2の最後、すなわち2年生・6年生の学年末に実施されるものがSATsと呼ばれています。それぞれ5月に実施され、英語のリーディング、英文法、算数で構成されています。6年生が受けるSATsは7月に個人にもテストの結果が知らされることになっています。SATsの目的は、前述したように子どもの学力達成度を確認するためのものですが、学校ごとに結果が出るため、またこの結果はOfstedでも児童の学力達成として参照されるため、各学校はSATsの結果に敏感になっていると考えられます。

図2 イングランドにおける学校制度概要

出典:英国政府「EDUCATION SYSTEM IN THE UK」より筆者抜粋・編集

ちなみに、Key Stage 4では多くの生徒がGSCEs(General Certificates of Secondary Education)と呼ばれる全国テストを受けます。ナショナルカリキュラムで定められた必修/基礎科目及びいくつかの選択科目(古代史や統計、ドラマなど、40以上の様々な科目を選ぶことができ、日本語も選択肢に入っています)を受験するもので、その結果はその後の進路決定に大きな影響があります。GCSEsは義務教育修了時におけるそれぞれの教科の評価・資格のようなもので、多くの場合、GCSEの結果が一定水準であることが進学・就職の要件になっています。進学する場合は、希望科目に絞って勉強を続け(この場合もGCSEsで水準を満たしていることが要件になります)、Aレベル(Advanced level qualifications)という試験を受け、その結果をもって希望の大学等の進路を志望することになります。このシステムは、ハリーポッターの物語を読んだことがあればイメージしやすいかもしれません。GCSEsは魔法試験O.W.L(Ordinary Wizarding Level、15歳で受験)、Aレベルは魔法試験N.E.W.T(Nastily Exhausting Wizarding Tests、17歳で受験)と同じような位置づけとなっています。


日本との比較①~学力テストは何のため?

このようなSATsというイギリスの学力テストの話を聞いて、日本で実施されている学力テスト「全国学力・学習状況調査」を連想した方も多いのではないかと思います。イギリスのSATsとの違いは、日本の場合は調査の対象学年が小学6年生、中学3年生と年齢層が上であること、テストと同時に児童生徒や学校に対する質問紙調査も行っていること、学校単位の結果は原則として非公開であること、などが挙げられます。日本の場合は、学力テスト実施にかかる予算が議論の一つとなり、「全国的な児童生徒の学力や学習状況を把握・分析し、教育施策の成果と課題を検証し、その改善を図る」という目的に照らして、サンプル調査形式をとったり、アンケートを実施したり、追加調査を行ったりといった方法が取られています。このように、日本では教育の機会均等や質向上に向けた教育施策の検証・教育指導の改善に資するため、という点が強調されています。

一方で、イギリスのSATsについては、2年生の学年末(7歳)の子どもも対象となっているため、幼い子どもに無駄なプレッシャー/ストレスを与えているというのが大きな批判となっておりボイコットがあった事例も報道されています。そこで、2023年には2年生の学年末(7歳)でのSATsを義務ではなくし、代わりに準備学年入学時(4歳)での基礎学力チェックと4年生の学年末(9歳)での九九のオンラインテストを導入するなどの改革が進められています。現状では、イングランドにおいてSATsはまだ必須であるものの、このようなボイコットが時折成立していて、学校によってはOfstedをボイコットしている場合もあることに注意、などとコメントされている記事を見ると、日本との違いとして印象深いところです。が、大きな違いは、イギリスの場合は、学力テストによる子どもたちの学習達成度のチェック→達成状況が良くない場合は学校ランキングが低下→不人気のため入学者減・転校などにより児童数が減少→学校改革が必要となる、という「自浄サイクル」が想定されている点ではないかと思います。

日本との比較②~学校を選ぶのは?

一方のOfstedについては、試験結果だけではなく、学校を総合的に評価する仕組みです。教育の質をチェック・維持するために設けられた制度であったものの、学校ランキングの指標として使われる傾向があります。イギリス政府のサイトでも、近隣の学校等についての比較が容易に可能です。

そもそも、日英での大きな違いとしては、イギリスでは学校を比較するための評価指標が求められている環境がある、という点が挙げられます。つまり、学校が選択制であるということです。以前の記事でも紹介しましたが、イギリスでは公立小学校でも自分で選択することになっています。このため、各家庭が学校を選ぶ際に参照する情報が必要であり、各学校は、選択における情報提供として、それぞれのWebサイトでカリキュラムや特別支援学習に対する方針などと併せて、Ofstedの評価やテスト結果などを公表することが義務付けられています。

また、学校を選ぶのは子どもたちだけではありません。教職員も学校ごとに採用されるため、それぞれの学校に応募する形です。このため、教職員側も、就職活動において学校を選ぶ必要があり、その上でSATsやOfstedといった評価は、就職先としての学校の状況を知るうえで有用な情報といえます。このように学校ごとの採用であるため、転職(他の学校での採用を含む)がない限り、基本的に先生の異動はありません。
一方で、日本は学校選択制が導入されている地域を除いて、基本的には公立小学校は学区が決定要件(住む場所によって学校が決まる)となっています。この前提には、どの小学校においても、教育内容・水準に大きな差はないという共通認識があるのではないかとも思います。この一端を支えているのが教員の配置システムで、日本においては、教員は各地方公共団体に採用されており、一定期間の内に地域内の他の学校へ異動することが前提となっています。このような一定地域内における教員の学校異動/循環は、教育の質の公平化を担っている側面があります。


まとめ

このように、今回注目したSATsとOfstedは、どちらも教育の質をチェック・維持するために設けられた制度であったものの、学校選択制と相まって、学校ランキングの指標として使われています。学校のランク付けについては英国内でも批判はあるものの、学校選択のための必要な判断材料として認識されている点が、日本の場合とは異なるといえます。

この仕組みをみてくると、日本の場合は、過去に学力テストが序列化を招くと批判された結果廃止となった経緯もあってか、現在の学力テストは教育の質改善・平準化に重きが置かれている制度設計となっていることがよく分かります。これは、敢えて序列化を明確化して「自浄サイクル」に任せようとするイギリスの仕組みとは異なり、公平性を制度的に担保しようとしているいうことができます。このような公平さに価値が置かれている社会は、「同じ」であることを強要する雰囲気にまでなってしまっては息苦しいものの、通う学校に拘わらず一定の質が担保された教育の機会を得られるという点で、改めて評価できるのではないかと思います。

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荒木真衣

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