学校教育の私立化でネパールに何が起こっているのか―教育の質と教授言語の観点から

こんにちは、サルタックネパールでインターンをしている宮本です。

ネパールではEducation for All(EFA:万人のための教育)に向けた取り組みの甲斐あって、公立学校では授業料が無償化され94%以上の子どもが初等教育で学べるようになりました。その一方で富裕層や中産階級を中心に、より質の高い教育や英語での教育を求めて子どもを私立の学校へ送る親が増えています。

この教育の私立化は、公立学校と私立学校の教育の質の格差や、教育のジェンダー格差の再発といった問題をはらんでいます。さらに、公立と私立の教授言語の違いから、それぞれで教育を受ける子どもや若者の言語使用にも違い見受けられます。今回はこのネパールにおける学校教育の私立化の影響を、教育の質による影響と教授言語の違いによる影響の二つの観点から考えたいと思います。教授言語の違いによる影響については、サルタックネパールで活動するネパールでソーシャルワークを学ぶ大学生スタッフ:サティへのアンケート、インタビュー調査をもとに議論します。

1. 私立化の背景と進展

なぜ私立が増えているのか?

ネパールで私立学校が増加している背景には、1990年代以降に起きたネパールの人的資源開発をめぐる二つの変化があります。

Education for allと公教育の無償化

他の開発途上国と同様に、ネパールの教育分野においてもまず目標とされたのが就学率の向上です。これは1990年にタイのジョムティエンで開催された万人のための教育・世界会議以来のEducation for All(万人のための教育)や、ミレニアム開発目標といった国際的な目標に沿ったものでした。このEFAに向けた取り組みによって、ネパールでは特に初等教育の就学率は劇的に改善しました。従来教育へのアクセスが困難であった農村部や山間部にも公立の小学校が整備され、教育への公平なアクセスを補償するために公立学校では中等教育までの授業料が無償化されました。

この取り組みは高い就学率の達成という成功を収めた一方で、教育の量的拡大に焦点が当たり過ぎていたため、教員や学校施設の質の保証、学校経営の監督といった教育の質に関する面は後回しにされていました。さらに、学校は授業料を徴収できなくなったのですが、政府はその失われた授業料を十分に補填しなかったので、公立学校の多くが資金不足に陥り、教科書代・PTA運営費・試験代といった様々な名目で家庭からお金を徴収し、資金不足を補填するようになりました。

質の高い英語教育の需要の高まり―海外出稼ぎの増加

国内の雇用が限られるネパールでは、近年海外への留学や出稼ぎが急激に増加しています。

現在では、ネパールの少なくとも三分の一もの世帯に海外に出稼ぎもしくは留学している家族がいると推測されています(CBS, 2011)。特に大学以上の高等教育を受けた若者の就職先が限られるネパールでは、所得水準の高い海外に雇用を求める若者が増えています。ネパールからの留学生が多いオーストラリア、ニュージーランド、アメリカ、イギリス、インドなどでは、高等教育や良い仕事を得るために英語能力が不可欠です。こうした背景からネパール国内で英語で教育を受けることができればネパールと比べ所得水準の高い国々で働けるチャンスが高まるという認識が広まり、英語による教育に対する高い需要の一因になっています。こうした状況では高等教育を受けた若者の雇用が国内に限られる場合と比べて教育に対する投資収益率が高くなっていると考えられ、優秀な若者が優先して海外に雇用を求める頭脳流出が起こっているともみることができます。

また出稼ぎ先からネパールの家族への送金は、子どもの教育への投資の重要な資金源になっています。Acharya & Leon-Gonzalez (2016)における海外から送金を受け取る世帯を対象にした調査では、海外からの送金を元手にネパール国内の農村部から都市部へ移住した世帯は同じ地域の他の世帯と比べて収入は低い傾向にあるものの、そのうち子どもの教育に対する投資の割合は大きく、私立学校に子どもを送る親も多いという結果が出ています。
このように留学や出稼ぎの増加はネパールで英語による教育への需要を高めるだけでなく、海外からの送金によってネパールの家族が子どもの教育により多くのお金をかけることができる一因になっています。

私立化の進展

ネパールにおける学校教育の私立化は、最近の20年間で急速に進んできました。各年のNational Living Standard Surveyによれば、私立学校に通う生徒の割合は、1996年から2011年までに3.5倍以上に増え26.8%に達しています。

出典:GI-ESCR et al. (2015).

私立学校のシェアは初等教育よりも中等教育で高くなっていますが、これは中等教育以上の教育は大学以上の教育へ進むための準備であるという認識が強く、その場合進学のための試験対策と教授言語という2つの点で公立学校は私立学校に比べて魅力がなく、公立の中等教育以上の課程に対する需要が少ないためと考えられます。また、中等教育における私立学校の生徒数の増は、初等教育のそれを大幅に上回っており、近年になって子どもを私立に送る親がより増加していることが分かります。

一般的に、途上国における私立学校の増加は、私立教育への需要が大きく、教育「市場」が成り立ちやすい都心部で集中的に起こっていますが、ネパールも例外ではありません。近年急速に都市化が進展しているネパールでは、カトマンズ・ラリトプール・バクタプールの3郡の都心部からなるカトマンズ盆地では、私立学校に通う学生の割合は70%にものぼる一方で、人口密度の低い丘陵地帯の農村部や山岳地帯では、私立学校の数は非常に限られています。このため、子どもにより良い教育を受けさせることが、農村部から都市部への国内移住の要因の一つとなっています。

2. 私立化の影響と問題点

教育の質の格差

ネパールに限らず、途上国における学校教育の私立化の問題点とされているのが、私立学校と公立学校の教育の質の格差です。私立が増え金銭的に余裕のある親や教育に熱心な親が子どもを私立学校に送るようになると、地元の公立学校には相対的に貧しい家庭や、教育に対して関心の低い家庭の子どもばかりが残ってしまうことになります。ネパール全土でみると貧困層の子どものほとんどが公立で学んでいるのに対し、富裕層の子どもの7割以上は私立学校に通っています。

Source: Action Aid (2017)

その結果、11年生以上への進学に必要なSLC(School Leaving Certificate)試験の合格率が、私立学校の学生は89.8%にもなるのに対し公立学校の学生は僅か33.7%と、公立・私立間で大きな差がついています。試験の結果は教育の質の一面に過ぎませんが、大学以上の教育へ進むためにはSLC試験で良い成績を残すことが大切なので、親が私立学校を選択する最も大きな要因になっています(Joshi 2014)。

Source: Action Aid (2017)

ジェンダー格差

ネパールでは、初等・中等教育における男女の就学率にはほとんど差がありません。ところがすべての親がすべての子どもを私立学校に通わせることができるわけではありません。教育に充てられるお金が限られている場合、男子が優先して私立学校に送られるため、私立学校での女子生徒の割合は平均して43%に抑えられています。せっかく教育へのアクセスは男女で平等に近づいたのに、教育の質の点で格差が生じつつあります。

私立学校の教育は本当に質が高いのか?

SLC試験の結果には公立と私立で大きな差がついていますが、この差は私立学校の教育の質が良いことによるものなのでしょうか?SLC試験の結果から、傾向スコアマッチングを用いてネパールにおける公立と私立の教育の質の差を検証したThapa(2015)では、私立学校の教育がより生徒の試験の結果を高めていることが示されています。しかし、傾向スコアマッチングは本質的に生徒の家庭の社会的・経済的背景によるセレクションバイアスを排しているわけではなく、実際に私立学校が質の高い教育を提供しているのか、それとも高い学力を有している富裕層の子供が私立学校に集中して、これが私立学校の高いSLCの合格率に寄与しているのか、その実態はまだ完全には明らかになっていません。

その一方で、私立の教育の質が公立よりも高いと考え得る要因として、施設や教材、独立した経営組織とアカウンタビリティ、教員の監督・評価、親と学校のコミュニケーション、教員の出席率・モチベーションの高さが挙げられています(Action Aid 2017)。一方、公立学校の多くでは教員への監督・評価が十分行われないため、教員のモチベーションが低いというイメージがあり、公立学校が忌避される要因になっています。公務員で安定した教職に就けば、授業を休んだりちゃんと授業をしなかったりしても首を切られる心配がない、という環境が少なからずあるというわけです。

私立学校の内部にも問題はあります。私立の学校なので、利潤の追求はその動機の一つとなってくるのですが、これを実現する方法の一つとして、教育コストを抑えることが挙げられます。教育にかかるコストの大半は人件費なので、いかに教員を安く使うかが一つの鍵となります。この結果、安く使える規定の教育やトレーニングを終了していない教員の割合は公立よりも私立で高くなっています。2015年には基準を満たさない教員の割合は公立で6%なのに対し、私立では13%にも上っています。さらに、一般的に私立学校の教員の給与は公立学校よりも低いため、教員を教職に留めることができず、ベテラン教員の割合が低いことも考えられます。

Source: Action Aid (2017)

以上のように、ネパールにおける学校教育の私立化は都市部を中心に急速に進んでおり、貧富の差を反映した教育の質の格差やジェンダー格差が問題となっています。政府は私立学校と公立学校の格差が広がることを防ぐために私立学校の学費の上限を設定したり、私立学校も公立と同じ基準やカリキュラムに基づいて教育が行われるよう呼び掛けたりしていますが、これらの施策が適切に実施されているとは言えないのが現状です。またそもそも登録・認可のない私立学校も多く存在すると言われ、私立学校には政府のコントロールが及んでいるとは言えません。

このような状況の中で、公立学校に通う子どもの多くは大学まで進学できる可能性が非常に低く、このことがまたネパール社会での公立学校の印象を否応なく悪くしています。そのため現在都市部の中流階級以上の家庭では、子どもを私立学校に送らなければ恥ずかしいという認識すらあります。このため現在では富裕層の子どもと貧困層の子どもが同じ学校で学ぶことが無くなりつつあり、両者の社会的分断が広がっていくことが懸念されます。

留意すべき点として、私立学校における教育の質が学校によってばらつきがあるように、公立学校の状況も学校ごとに大きく異なっています。特に公立学校の中には一部生徒の進学や試験対策にも力を入れSLC試験等で近隣の私立学校以上の成績を出している学校もあります。従って、当然ながら「公立学校出身だから勉強ができず貧しい家庭の出身だ」「私立学校出身だから裕福な家庭の出身だ」と言うことはできないのですが、こうしたレッテルがネパール社会で一部通用してしまっていることも問題です。また、次に検証する英語能力や使用頻度の違いが、そうしたグループわけのある種わかりやすいマーカーとして認識されているのかもしれません。

3. 私立化が言語使用に与える影響―サルタック・サティを対象にした調査から

私立学校が人気を集めている教育の質以外のもう一つの要因は、英語による教育(English Medium Education)です。1年生から10年生まで公立学校では基本的に英語以外の全ての教科がネパール語で教えられるのに対し、逆に大半の私立学校ではネパール語以外の科目はすべて英語で教えられます。富裕層の多くが子どもを私立学校へ送るようになった現在では、ネパールで高等教育を受ける若い世代の多くが英語で教育を受けた人という状況が生まれ、今やネパール国内でも、高い賃金が期待される職を得るためには英語能力が不可欠となっています。

サルタックネパールでサティとして活動している大学生たちも、私立学校で英語による教育を受けた生徒がほとんどです。一方でサルタックが活動する公立の学校では、子どもたちはネパール語で教育を受けています。

この章では、サルタックネパールのサティ達へのインタビュー調査の結果を通して、

① 教育言語の違いが学校・大学での生徒の学習経験や言語の使用、卒業後の進路にどのような影響を及ぼすのか
② ソーシャルワークを学ぶ学生は彼らとネパール語で教育を受けた(受けている)人々との言語の違いをどのように認識しているか
の二点について考察していきたいと思います。

言語的背景と教授言語の推移

ネパールにおける私立学校、特に英語による教育(English Medium)を提供する学校への人気の高まりとそのインパクトを理解するために、初めに簡単なネパールの言語状況と学校教育における教授言語の推移について知っておく必要があります。

現在ネパールで公用語の役割を果たしているのはネパール語で、公立学校でも多くの場合ネパール語で教育が行われています。ただしネパール語を母語とする人は全人口の44.6%(2011年センサス)に過ぎず、半数以上の人々が他の100以上とされる言語を母語としています。これらの言語は主にインド・ヨーロッパ語系の言語とチベット・ビルマ語系の言語に分けられ、民族的コミュニティと言語コミュニティが一体となっている場合が多くあります(ネワール族はネワール語、シェルパ族はシェルパ語を母語とする場合が多いなど)。ネパール語には国家語(raashtra bhaasha)の地位が与えられ政治やメディア、異なる言語を母語とする人々が交流する際の主要な言語となっているため、ネパール語を母語としない人々も多くの場合母語とネパール語の2つ以上の言語が生活に不可欠になっています。

ただし、ネパール語が公教育に用いられるようになったのは歴史的に見ると比較的最近のことでした。Weinberg(2013)によれば言語政策の推移は1950年以前、1950年から1990年、1990年以降に分けられます。1950年以前には公教育はどの言語でも行われず、エリートの子弟のためのネパール初の学校は英語を教授言語としていました。ただしこのころまでに王朝や政権を構成したバフンやチェトリなどの高カーストとされるコミュニティはネパール語を用いていたため、ネパール語には支配階級の特権的な言語としての性格が生まれました。ところが1960年代以降、国王が主導する中央集権的なパンチャーヤト制下では、ネパール語を母語とする高カーストのアイデンティティをネパール国民のアイデンティティとし、他の民族や言語の話者をこれに統合する目的で、ネパール語による教育が強力に進められました。1990年に国王による専制的な政治が廃止され民主政治に移行すると 新憲法ではネパール語にもネパールで母語としてはなされるすべての言語が公用語として認められ、すべての言語で教育を行う権利が保障されました(政府にネパール語以外の言語で教育を提供する義務はない)。以降現在にかけて、初等教育はまず母語で行われ、ネパール語の習得・移行が目指されることを政府は推奨していますが、学校教育の教授言語に関して明確な政策を持っていません。また1990年以降も、ネパール語以外の母語だけではネパールで生きていくことが難しい、初等教育より上の教育が用意されていないといった理由から、ネパール語以外の少数言語での教育は人気がありません。

以上のような教授言語の推移と、学校教育が近年になって広く普及したことを考えると、ネパール語で教育を受けた経験は世代によって大きく異なっているといえます。現在の50歳以上の世代では教育を受けた人の割合は限られ、教育を受けている場合はネパール語の場合がほとんどだと考えられます。次に1990年代以降に教育を受けた現在の40歳代から20歳代にかけての世代の中では、学校教育の急速な普及に伴ってネパール語で教育を受けた人の割合が高くなっていきますが、その一方、英語を教授言語とする私立学校の増加により、世代が若くなるにつれて英語で教育を受けた人の割合が多くなっているでしょう。従って、ネパール語で学校教育を受けていることが当たり前という世代は非常に限られています。

以下では、サティ達へのインタビューをもとに私立学校での英語使用の状況やそれによる生徒の言語使用への状況について考察していきます。

大学入学以前のサティ達の教育経験と英語

英語を教授言語とする私立学校の中でも、実際にどの程度英語で教育が行われるかは学校によって大きく違います。一般的には、評判がよく教育の質が良いとされる学校ほど英語が徹底して使われるようです。
しかしほとんどの子どもたちは英語を母語としていないので、初めからすべて英語で教育ができるわけではありません。そこでサティ達が通った多くの私立学校で、生徒に英語の使用を徹底させるための独自のルールが作られています。例えば、ネパール語を話すたびに少額の罰金(5~10ルピー)の罰金が科せられるルールや、ネパール語で話した生徒の首元に黒いリボンがつけられ、その生徒は他の生徒がネパール語を使っているのを見つければそのリボンをその生徒に渡すことができる、といった具合です。また、インドなどの南アジアでも広く見られる現象ですが、学校が有料で英語の補習を行っているというケースも見られました。

私立学校では、ネパール語の科目以外は英語で教えられます。教科書や教材、テストはすべて英語で行われますが、先生は生徒が分かりやすいよう、英語とネパール語を交えて説明するか、会話の際はネパール語で話しているそうです。生徒は発表の際英語を使わなくてはいけないこともありますが、先生や他の生徒とのコミュニケーションはほとんどネパール語で行われているようです。

このように私立学校では生徒は読み書きをもっぱら英語で行うので、サティ達は英語でのリーディング、リスニング、ライティングには不自由しないが、スピーキングは少し難しいという人がほとんどです。

大学でのサティ達の教育経験と英語

多言語社会のネパールでは、多くの人がネパール語とその他の言語を日常的に併用して暮らしています。それに加えて、教授言語が英語である大学で学ぶ生徒は、日常的に英語も使うことになります。

また大学以外でも、生徒が英語を使用する機会は多くあります。サティ達へのアンケートでは、全員が小説や詩を読む言語、ウェブページを閲覧する言語は「いつも」または「ほとんど」英語であると回答しました。また映画を見たり音楽を聴いたりする場合も、ネパール語よりも英語の方が多く、英語で教育を受けた若い世代は英語を使用する機会が非常に多いといえます。

ただし、英語による教育を受けた若い世代の中でも英語だけで流ちょうに会話ができるという人はかなり限られ、日常的に英語だけでコミュニケーションをすることのある人は多くありませんし、学生たちの英語能力が限定的であるために、授業が当初の予定と反してネパール語で行われたり、英語とネパール語混ぜて行われるケースもあるようです。ただし、ネパール語以外の科目をすべて英語で学び、読み書きも英語で行うことが多い英語による教育を受けた学生は、物の名前や少し難しい言葉等をネパール語よりも英語の語彙で多く知っているという場合がしばしばあります。そこで多くの場合には、ネパール語の文法に従って話しながら、英語の語句が多用され、時には部分的に英語で話すという方法がとられます。どの程度英語を使うか、またどの語彙を英語に置き換えるかは人によって異なり、そのためある国や地域特有の標準化された英語(例:シンガポール英語)や外来語の多用途は異なっています。このような言語使用のあり方は、複言語主義(plurilingualism)と呼ばれています(Canagarajah 2009)。

サティ達はなぜ英語を重視しているのか?

サティ達への調査では、英語を勉強する理由としてネパールと外国の両方で、外国人と英語で話すためという意見が最も多く上がりました。ネパールの都市部や観光地では外国人観光客が目立ち、またそのためのホテルやレストランなども非常に多くあり、観光はネパールの重要な産業の一つになっています。また一方で、カトマンズやサルタックが活動するパタンの周辺では国際機関やNGOなどの援助機関も非常に多くみられ、職員やボランティアとして多くの外国人が滞在しています。そうした理由から、ネパール国内でも外国人と接する機会は多く、特にソーシャルワークを学ぶサティ達には、将来NGOなどで外国人スタッフと一緒に働くうえで英語が必要になると考えています。サティ達が英語を学ぶもう一つの大きな動機となっているのはやはり、英語圏の国々への留学です 。特にネパールからの留学生が多い国はオーストラリア、ニュージーランド、アメリカ、インドなどで、英語能力が欠かせません。そのため都市部には、留学やビザの取得を斡旋する語学学校が多くあります。それ以外にも、多くの民間企業や私立学校で職を得るためにも、英語で仕事ができることが必須になっています。

サティ達が考える英語による教育の長所と短所

サティ達は、英語で初等教育・中等教育を受ける利点として、英語によるコミュニケーションができるようになることを挙げていました。またネパール語以外を母語とするサティからは、ネパール語も英語も母語と大きく異なっているので、別の言語で勉強しなくてはならないのなら英語の方がよいという意見も聞かれました。大学教育を英語で行う利点としては、教科書やその他の情報がネパール語ではあまり充実しておらず、英語に頼らざるを得ないという点を挙げていました。学生の間に外国人と英語でコミュニケーションを取らなければならないことは、学校に外国人の教師がいるなどの限られた場合を除けば少ないので、初等・中等教育での英語使用は高等教育やキャリアへ向けた準備という役割が大きいと考えられます。

英語による教育の短所は、サティ達のネパール語に対する苦手意識に表れています。私立学校で学んだ場合には週に数時間しかネパール語の授業がなく、母語話者であってもネパール語で読み書きをする機会は非常に限られます。その結果、学校でのネパール語の科目に対する苦手意識や、ネパール語での読み書きに対する苦手意識が生じます。多くのサティは、ネパール語よりも英語の方がよく読み書きできると感じています。またネパール語を母語としない場合にはネパール語で会話する機会も限られ、ネパール語で複雑な会話をするよりは英語を使うほうが便利だと感じているサティもいました。

ソーシャルワークと言語
ソーシャルワーカーとしてネパールの開発分野で働く場合、裨益者の多くは教育を受けていないか、ネパール語で教育を受けた人であると考えられます。このような言語的背景の異なる人々と接する際、ソーシャルワーカーを目指すサティ達はどのようにコミュニケーションをとっているのでしょうか。

ネパールで話される言語や文化的背景は、地域によって異なっています。そこでソーシャルワーカーたちはその地域の背景を考慮して活動する必要があります。興味深いことに、ネパール語で会話をする場合にも、一部のサティは話し相手の地域のバックグラウンドを考慮して語彙や話す内容を選択しています。またネパール語が話されていない地域の農村部や山間部では、ネパール語とその地域の言語を介する人を通訳として活動する場合もあります。

インタビューからは、サティ達がサルタックの活動で学校の先生や自治体の職員、そして公立学校の子どもたちと話す場合には意図的に英語の語彙を減らし、できるだけネパール語の語彙のみで話すよう努力していることが分かりました。また実際サティ達には、活動を行う学校ではできるだけ英語の語彙や文章を使わないように指導されています。

まとめ

今回学校教育の私立化と言語、というテーマで記事を執筆した理由は、サルタックの活動の現場でサティ達と学校の先生たちや子どもたちとの言語使用の違いが強く感じられたためです。例えばサルタック・ラーニング・センターでサティが英語を混ぜて話したり、短い文章を英語で行ったりすると子どもたちは理解できずにぽかーんとしている、また絵本の読み聞かせの際、子ども向けのネパール語の絵本をサティがスラスラ読めなかったり、知らない言葉がある場合があるなど、無視できないほどの差が生まれているように思います。子どもが私立学校に通うことができるかどうかは家庭の経済状況によるところが大きく、そのため比較的富裕な層と比較的貧しい層が公立学校と私立学校という大きく異なる環境で教育を受けることになり、「私立で教育を受けた富裕層」と「公立で教育を受けた貧困層」という社会的な分断が生まれる可能性があります。また教授言語の違いから、この二つの層の言語使用にも大きな違いが生じつつあります。

参考文献
Action Aid. (2017). The effects of privatization on girls’ access to free, quality public education in Nepal.

Acharya & Leon-Gonzalez. (2016). International Remittances, Rural-Urban Migration, and the Quest for Quality Education: The Case of Nepal. GRIPS Working paper.

Bhatta & Pherali. (2017). Nepal: Patterns of Privatisaion in Education: A case study of low-fee private schools and private chain schools. Education International.

Canagarajah, S. (2009). The plurilingual tradition and the English language in South Asia. AILA Review. 22.

Central Bureau of Statistics. (2011). Nepal Living Standard Survey 2010/11. Statistical Report (Vol. 1).

GI-ESCR et al. (2015). Segregating education, discriminating against girls: privatization and the right to education in Nepal.

Joshi, P. (2014). Parent decision-making when selecting schools: The case of Nepal. Prospects. 44:411-428.

Thapa, A. (2015). Public and private school performance in Nepal: an analysis using the SLC examination. Education Economics. 23:1, 47-62.

Weinberg, M. (2013). Revisiting history in Language Policy: The Case of Medium of Instruction in Nepal. Working Papers in Educational Linguistics. 28-6. University of Pennsylvania.

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