会社の後輩

彼氏彼女の作り方アドベントカレンダー2016/12/9 http://www.adventar.org/calendars/1362

25で転職して2年ほどたった。その時に新卒で入ってきた後輩が中村だ。

中村は実力のあるデザイナーだった。すぐに頭角をあらわして、新人ながらも客先に気に入られて個人で仕事をもらってしまったりして現場を困らせた。この会社では仕事はかならず会社経由で話を受けなければならない。中村は実力はあったが社会常識や自社の慣例にまったく無知で、仕事を直受けしたことを「認められている」と勘違いしてしまっていた。認められている面もたしかにあるのだが、客先からしたら会社を通すよりもはるかに安い単価で依頼できるわけで、つまり安いけど腕のいいデザイナーとして囲い込まれようとしていることに中村は気づいていなかった。

現場から少し離れてマネジメントに移りつつあったおれは、週に一度は中村と個人面談をし、中村のそういう働き方が結果として本人のためにも会社のためにもならないことを口うるさく言う係になっていた。半ばバディーのような形で中村とペアを組んで仕事をするようになった。中村もだんだんと心を開き、仕事に対する憧れと現実とのギャップ、自分の夢や客先からの期待に対する不安などを相談してくれるようになった。しだいに中村はおれに懐くようになった。

客先とのミーティングを終えて直帰しようとしたある日、俺さんたまには飲みましょうよ、と言われた。中村がだんだん、おれに対して女的な隙を見せはじめているのには気づいていた。だから飲みは断りつづけた。しかし中村からのアプローチは増していたし、同僚からは俺氏は中村とどうなの、と言われることも度々あった。おれは中村とはまったくそうなる気が無かった。彼女が欲しいと思うことは相変わらずないままでいた。その後もたびたび中村から食事や飲みの誘いがあったが、すべて断り続けた。

数年経ってすっかり新人ではなくなった中村から、独立する旨を聞かされた。反対はしなかった。相応の判断力も十分ついていたし、もとからある実力はさらに磨かれていた。応援するよと言うと、中村はじゃあ今日こそ飲み行きましょう、と言った。ずっと断りつづけていて悪いとは思っていたので、観念して飲みにいくことを承諾した。

飲みだすと中村は楽しそうだった。退職の意思はもう会社に伝えていて、俺さんが二番目ですよ、と言った。知らなかったが、中村はかなり飲む女だった。酒がまわってきた中村は少しろれつの回らなくなった口で語り出した。

俺さんはわたしが俺さんのこと好きなのをわかっててずるい。いっこうに近寄らせてくれないからもう飽きました。わたしは独立しますけど全然寂しくないです。ながく一緒に仕事しすぎました。でもたくさん話を聞いてくれたし、新人の頃にいろいろ叱ってくれてよかったです。ありがとうございます。

中村は泣いていた。泣きながら、寂しくないけど寂しいだの、飽きたけど好きだの、わたしのこと嫌いなんですかだの、わんわん言い出した。しまいには怒り出して、わたしのことが嫌いなら今そう言ってください!すっきり独立したいんです!!とテーブルをドンとしだした。めんどくさいけど可愛い女だなと思った。おれは、可愛い後輩に手出していなくなられたりしたらつらいじゃん、と笑いながら言うと、中村は、わたしもう独立するから関係ないですよ!と圧倒的な押しを見せてきた。キスしようとしてきたので全力で避けた。避けてもめげずに繰り返してくるので、はいはいありがとねと流しつづけて店を出た。中村には好きも嫌いも伝えなかった。終電には程遠い健全な時間で、そのまま電車に乗って帰った。

中村が有休消化にはいるまで、仕事以外のプライベートな会話はなくなった。お互いにあの店でのことは言わないようにしていたと思う。いっそ忘れましたとうそぶくように、仕事モードでしか接しなかった。中村が飲みに行こうと誘ってくることもなかった。

中村の送別会でおれは一言ありがとうとだけ言った。中村もありがとうと答えた。みんなから花束をもらって中村は泣いていた。視線を感じたけど気づかないふりをした。

中村とはFacebookだけ繋がっていて、独立した数年後に結婚したという投稿を見た。よかったと思った。おれはそっと中村との友達登録を解除した。

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