死んだ話

彼氏彼女の作り方アドベントカレンダー2016/12/7 http://www.adventar.org/calendars/1362

マユミとの関係を終わらせて季節が変わるころ、新しい女性と出会った。カナさんは会社の先輩で、人形みたいな顔をした綺麗な人だった。

おれはデザインの会社に運良く就職でき、ジョブローテーションが終わって正式に配属が決まった先がカナさんのいるところだった。

カナさんはいわゆる自傷癖のある人だった。歓迎会でシャツのそでから見えるリストカットの痕にびっくりした。仕事中も離席して長時間戻らないことや無断欠勤が目立つ人だった。しかしカナさんのデザインはすごく綺麗で、案件にマッチすれば高い評価をされる人だった。人形みたいに綺麗な顔をしててガリガリに痩せててビールが好きな人だった。

ある日残業していると、オフィスにはおれとカナさんだけになっていた。おれは帰ろうとしていたが、カナさんを残しておくのが不安で、切り上げて飯でも行きましょうと声をかけた。その時にカナさんは手にカッターナイフを持っていた。しずんだ目でおれを見て、そんな気分じゃない、とカナさんはいった。カッターナイフを離さないカナさんを見てテンパったおれは、手首切るくらいなら仕事を切りましょアハハハ!!とかつい言ってしまった。やばいと思ったけどカナさんはそれで笑ってカッターナイフをしまってくれた。その日はご飯はいかなかったけど、帰り際にメアドを交換した。

それからちょくちょく、カナさんとメールをするようになった。カナさんはわかりやすいメンヘラで、メールもだいたいかまってちゃんだし、基本的にはうざい感じだった。自傷癖の人の扱い方なんてわからなかったけど、リスカを臭わせたらメール返すのやめますから、と仕切りに言うようにしていた。かまってほしければリスカをやめろ、という感じだ。もちろんそれでリスカがなくなるほど自傷癖は単純ではないし、カナさんも結局日常的にリスカしていたようだった。メールでも「切っちゃった」と言ってきて、それでおれが本当に返事しないで終わる、とかいうのを繰り返していた。

秋頃、残業でまたカナさんと二人になった。カナさんから黒いオーラを感じたので、今度こそ飯いきますよ!となかば強引に手をとって会社を出た。カナさんはずっと黙っていたけど、暴れたり嫌がったりせず、ずっとおれの手を握っていた。あかんみを感じつつ飯屋に入った。カナさんは席についてすぐ生ビールをたのむと、シャツの袖のボタンをあけ、うでまくりをした。傷を見せつけるみたいに。左だけだとおもっていたリスカの痕は右腕にもびっしりとあった。それから、デザインの仕事が好きだけど嫌いとか、リスカは好きだけど嫌いとか、俺君は好きだけど嫌いとか、とにかく全てにおいて好きと嫌いが同居していることを滔々と語り出した。両方あるのがつらい。どっちかだけになりたい。カナさんはそう言いながらビールを飲みまくった。おれもけっこう飲んでしまった。

案の定終電をのがし、案の定タクシーやだとかまだ一緒にいたいとかいま一人にされたらリスカするだとか言い出し、そんなん言われてもカラオケくらいしかいけませんよ、と言っけど、カナさんは人形みたいな綺麗な顔で少しも笑わないまま、わたしはシャワーがあびたい、と言った。あかん。

酔ってるんですね、と言ったけど、俺君も酔ってるでしょ、ならどうなっても一緒だよ、って意味不明のことを言われ、秋の夜は寒いし、これみよがしにラブホが目に入るしで、もういいやとなって、「じゃあシャワーあびたいならラブホしかないっすね!!!」とやけぎみにホテルに入った。そして、セックスした。

メンヘラのセックスはすごい、と言っていたのは2chだったろうか。カナさんもすごかった。セックスに関しては底なしの体力をみせたマユミも敵わないのではというくらい、カナさんは激しかった。どこで覚えたのかわからないがテクがやばく、貪られるようにむちゃくちゃセックスした。おいてあるゴムなんてとっくに使い切って、もう生で中だししてた。望まない妊娠は怖かったけど、超弩級のセックスフリークのプレイが新鮮で、乱れに乱れるカナさんがエロすぎてとにかく腰を振った。出して少し休んでまたセックス。シャワーしたまま風呂場でセックス。カナさんの人形みたいに綺麗な顔がとろとろになるのが最高で、両腕のリスカ痕とのコントラストがそれをさらに際立たせていた。ようやくカナさんが寝落ちして、カナさんはセックスでも好きと嫌いをもっているんだろうかとかぼんやり思っておれも眠りにおちた。

朝になって、始発の何本かあとに帰宅した。カナさんはその日は仕事を休んだ。そのまましばらく会社にこなくなった。でもメールには返事をくれて、メールでの感じは相変わらずだった。無断欠勤が二週間になろうとした頃、さすがに責任的なものを感じて、今日は様子を見に行かせてください、とメールした。いやです、と返事がきて、しかし会社にカナさんの住所を聞くわけにいかず、そのままカナさんの無断欠勤はつづいた。いつしかメールの返事もこなくなった。

ひとつき、ふたつきとカナさんの無断欠勤が続いて、いよいよ懲罰の話が会社で出た。他の社員が、でもカナさんはメンタルがあれだのなんだの言って、部長がとりあえず自宅を訪ねましょう、みたいな流れになった。新人のおれがそこに割り込むことはできなかった。ましてメアドも交換しているなんて他の社員達は知らない。飲んでセックスしたことも知らない。妙な冷や汗がでたが、何も言い出せなかった。

数日後、部長に呼び出された。やっちまった、と怒られることを覚悟して会議室に入ると、知らない人が部長の横にいた。なんと警察だという。状況がつかめないままおろおろしていると、部長は、俺君、おちついて聞いてね。と切り出した。そして、カナさんは先日亡くなりました、と言った。

あとは警察の人が話をしてくれた。会社の人が音信不通のカナさん宅を訪ねたがインターホンにも出ず、オーナーと警察を呼ぶ事態になったこと。部屋に入ると、カナさんは自死していたこと。死因はリストカットによる失血死であること。ケータイで最後にやりとりをしていたのがおれであること…。そして事情聴取もされた。カナさんとはどういう関係か、自殺するそぶりはあったか、自殺の理由に心当たりはあるか。おれは混乱しながらも、正直に、夏ごろからメールでやりとりをしてること、リスカを日常的にしていたのを知っていたこと、カナさんが無断欠勤をしだす前日に飲み屋で話したこと、そのあと夜をすごしたことを話した。恋仲ではなかったことと、自殺した日とされている日時のアリバイは特にしきりに確認された。

その日はもう帰っていいと部長に言われて呆然と帰った。翌日に警察から、カナさんは自殺である断定したと連絡があった。部長にそのことを電話して、少しの間休ませてくださいと伝えた。何をどう整理したらいいかもわからずに、カナさんとセックスした日の朝の別れ際の顔を思い出そうとした。しかし3ヶ月近く前のことで、はっきりと思い出すことができなかった。何もする気がおきないまま夜になり、眠り、起き、数日すごした。

まるまる一週間休んで、さすがにまずいだろう思って、一応部長に電話をした。週明けに復帰しますと伝えると部長は、カナさんの自殺は社員のごく限られた人しか知らないこと、普通に退職したことになっていること、おれは家族が急病で数日休んだことになっていることをおれに伝えた。なんだそれ、と思った。ぼくをくびにしないんですか、と言うと、そんなことをしたら少なくとも部署の全員に状況を説明しなくてはならない。カナさんが自殺した原因が俺君にあるとは限らない。俺君と知り合う前から無断欠勤は多かった。安定して働くことができないのはチームのみんなが知っていたが、仕事が原因となると事が荒れる。俺君とカナさんの関係はわたしと人事部長と社長しかしらない。社長と人事部長はメールをしていただけとしか聞かされていない。この件は絶対に他言してはならない、とたたみかけられた。おれはしばらく黙ってからわかりましたと言い、カナさんは会社のそういうところが嫌で自殺しちゃったんじゃないですか、と言い捨てて電話を切った。

週明け、会社に行った。オフィスは特にかわらない様子だった。カナさんのデスクだけが片付けられていた。隣の席の先輩に、ご家族の様子は大丈夫?と言われた。なんとか峠は越えました、ご迷惑おかけしましたと嘘をついた。カナさん、あのまま辞めちゃったらしいよ、と別の先輩が教えてくれた。そんな感じしましたもんね、と言って、たまっていた自分の仕事に手をつけた。びっくりするほど何事もなかったように仕事をしている自分がいた。ときどき部長と目があったが、特に何かを言ってくることはなかった。そうして月日が過ぎてカナさんはみんなの記憶からだんだんと消えていった。

残業しているとときどきカナさんのことを思い出す。思えばカナさんが元気で笑っている顔を見た事がなかった。カナさんはどういう人だったのか、何も知る事ができないままだった。カナさんは何にでも好きと嫌いが同居していてつらいと言っていた。でも、生きることは「嫌いだけ」になったんだなと思った。

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