合縁奇縁

彼氏彼女の作り方アドベントカレンダー2016/12/19 http://www.adventar.org/calendars/1362

静と終わってから半年ほどすぎてまた夏がきた。梨恵は会社の後半からの紹介で知り合った子だ。丸顔で色白で全体的に肉つきのいい感じ。

後輩を交えて何度か食事に行き、二軒目は二人で〜とか休日に一緒におでかけ〜とかを経てデートの帰りに梨恵に告白された。自分に彼女はできないと思っていたから、告白にはためらった。デートも基本的におれが行きたいところについてきてくれる感じになっていたし、仲はいいなとは思っていたけど好きになれるかよくわからなかった。よく遊ぶ健全な友達かな、くらいの感じだった。

なので、おれのどこか好きなのか、どうして付き合いたいと思うのかを聞いてみた。梨恵は、俺さんはいろんなところに連れてってくれるし、ご飯もおいしいところたくさん知ってるし、わたしが知らないものをいっぱい知っている。やさしいし、話していて楽しい。これからのことは全部彼女として一緒の時間を過ごしたい。

言われて恥ずかしさもかなりあったが、今までのことをだいぶ好意的に捉えすぎていると思った。相手の好みやしたいことを聞くのはめんどうだったので、行きたい場所や飯屋はおれから全部提案して、異論がなければそれで、という感じだった。そこに梨恵がよろこんでくれるものをという思考はそんなになかった。梨恵なりに楽しんでくれていてよかったと思うけど、そうしむけるつもりがないことを積み重ねていたのはなんというかごめんという感じがしてしまった。しかしおれも野暮な男ではない。ありがとうとお礼を言い、おれでよければ、とOKした。そのあと、梨恵と初めて手をつないで歩いた。上質な肉球のような手だった。別れ際に梨恵と初めてのキスをして家路についた。

その後も何度もデートをしたが、おれはやはり好きの感情を育てられないでいた。セックスをしてもそれは変わらなかった。梨恵は非常にいい器をお持ちであり、セックス自体は過去最高の相性だったのだけど、それはそれでしかなかった。梨恵がたくさん好きになってくれた分を受け止めることも返すこともできないまま時間は流れた。いっそ、わたしのこと好き?と聞いてくれたほうがよかったとすら思う。

1年が過ぎて、おれの仕事がいそがしくなり、会えない日々がさらに数ヶ月続いた。梨恵の誕生日もクリスマスもデートできなかった。梨恵はさすがに機嫌を悪くした。おれはなんとなく、このまま別れ話にならないかな、と思っていた。プレゼントで機嫌をとろうとか、デートでちょっといいところにいこうとか、そういうのを実行する気が起きなかった。

初詣は一緒に行きたいと梨恵が言うので、おれは承諾した。初詣といっても三ヶ日も過ぎて、ぎりぎり松の内というころ。待ち合わせて梨恵と会うと、梨恵はほっとかれていた怒りと、久々に会えた嬉しさとで複雑そうな顔をした。おれも複雑な気持ちだった。別れ話をするなら今日だと思った。

そんな調子だからお参りの間はあまり会話が出ない。引いたおみくじは中吉で、ほとんど読まずに木に結んだ。ランチで入った寿司屋で、最初に切り出したのは梨恵だった。俺さんて、わたしのこと好きじゃないの? 待ち構えていた言葉だったけど、いざ言われてみると不思議とすぐにはいと言えなかった。しばらく黙っていると、梨恵は続けた。

俺さんは、わたしのこと好きでも嫌いでもなさそう。でもデート中の会話とかLINEとかはふつうにちゃんと恋人みたいにできてると思う。俺さんはデートに誘ってくれるけど、会いたいって言って誘ってくれたことは何回もなかった。だから、思ったんだけど、俺さんてたぶん、寂しいという感情がない人なのかなって。一人でも寂しくないから、彼女がいてもいなくてもいいし、別れたくないとかいう感情もないんじゃないの?と。

そんなふうに言われるのは初めてだった。たしかにひとりでも特に困らないし、ひとりでいるのも好きだった。特別なだれかと過ごしていたいと思うことも、高校以来ないように思った。じゃあ、とおれは梨恵に言った。梨恵は、さびしいと彼氏がほしいの? と。

それは一般的には言ってはいけない類の言葉であろう。人の好きの感情をないがしろにする言葉だ。とうぜん梨恵は怒った。俺さんのそういうところは嫌い、と言った。嫌われて当たり前だし、それを取り繕うとも思わなかった。そして、相手を失望させることになんの抵抗もないことに気づいた。こういうおれでダメなら、別れたほうが梨恵のためだよ、とおれは言った。

そこで会話はなくなって、おれたちは店を出た。駅まで歩く間、梨恵とは手も繋がなかったし目も合わせなかった。さむいね。うん。雪降るかな。たぶんね。東京は降ったら面倒だから降ったらやだな。そうだね。そんな会話をして、梨恵は言った。

わたしは俺さんと別れたくないけど、俺さんが別れた方がわたしのためって言うなら、もう続けられないです。梨恵をみると、梨恵は悲しい顔をしていた。おれは、わかった。ごめんね。今までありがとう。と言った。改札で、じゃあねと言って別れて、梨恵とは終わった。

梨恵は「合縁奇縁」という言葉をよく使う人だった。紹介されて間もない頃、俺さんみたいな人は初めてのタイプなんですけどなんか合いそうです、と言った。付き合ってからも性格が違うのに気があうみたいなことをよく言った。偶然(というほどでもないが)出会った相手と気が合い親しくなったことに梨恵は特別なものを感じていたようだ。

梨恵にはそうだったのかもしれないが、おれにとってはよくわからなかった。おれの好みが梨恵にも好みだったことは梨恵が感じているとおりそうだったけど、梨恵の好みが常にはおれの好みであるわけではなかった。好みじゃなくても特に言わないでやりすごした。そういうのを積み重ねてしまったのがよくなかったんだろう。いいように気を持たせてしまった。

梨恵のことは、今でもうまく消化しきれないでいる。俺が悪かったのだとは思うけど、それを改善する手段をとればよかったと後悔しているわけでもなかった。おれはたしかに1年ほど梨恵の彼氏であったけど、梨恵がおれの彼女であったという感覚がどうしてもないのだ。

おれは結局いつもどおり、彼女ができない男のままでいる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?