shino

阪神タイガースと彼氏のことばかり書く雑誌編集者

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  • 社会人小説記録

  • ゼミや授業での課題

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我が家の天敵・前進守備

物事が悪いほうに進んでいる時は、大抵何をしてもうまくいかない。 むしろ、その状況を打開しようと足掻いたことでさらに事態が悪くなるということは少なくない。まるで、女郎蜘蛛の糸に引っかかった蝶のように。 だからピンチの時はあえて「動かない」ことも重要だと常々思う……が、これが現実問題なかなか難しい。 「まーた前進守備」 エアコンの効いたリビングで彼が呆れたように頭を抱えた。 視線の先にある47インチ液晶テレビからは、いつも通り、プロ野球のナイター中継が流れている。 夏の球

    • 矢野阪神への感謝と弱さ

      我が応援チーム「阪神タイガース」は、クライマックスファイナルステージでヤクルトに3連敗をし、2022年シーズンの幕を閉じた。 暑さが寒さに変わり今年も終わりが近づいていくのを感じる中、応援チームの野球が観られることは素直に嬉しかった。 4年連続で阪神をAクラスに導いてポストシーズンを闘ってくれた矢野監督には「感謝!感謝!」である。 ・奇跡の6連勝で5位から3位への浮上を果たした2019年。 ・ベテラン選手が軒並み引退・退団した2020年。 ・ルーキーイヤーで新たな戦力が加

      • 「俺たちの野球」の意味を理解した日

        プロ野球を観戦していると、年に何度か手が冷たくなる時がある。 きっとプロ野球ファンなら誰でも経験したことがあるはずだ。 昨日はまさに“その日”だった。 九回裏、一死満塁。 横浜DeNAベイスターズの選手たちとファンの声援と熱気は、液晶テレビ越しでも伝わった。 終わった、とは思わなかったけれど、正直「1点覚悟だなあ…」と私は思った。 ただ、1点取られたら阪神に勝ち目がないことも察していた。 通常のペナントゲームもそうだが、延長戦は後攻チームの方が有利だ。なぜなら先攻チームに

        • 午前2時の女たち

          耳の中でパァン、と乾いた破裂音がした。それは普段の私とは全く無縁で、テレビドラマなんかでしか聞かないものだったが、この歌舞伎町という街によく合っていた。ぎらついたネオンなんかより、むしろこっちが本当なのだろう。常に危ない匂いを肌では感じるものの、実際に何かが起こることはないから、いつしかその刺激にさえ慣れた猛者のように振舞っていた。ただ平和ボケしていただけだということも知らずに。  持っていた漫画が無意識に手から離れた。足元でバサバサと紙束が落ちたが、どうでも良かった。右耳

        我が家の天敵・前進守備

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        • 社会人小説記録
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        • ゼミや授業での課題
          12本

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          準備は念入りに

          「あたしさ、ヤったんだよね」  朱華にそう告げられたのは、高校二年生の夏休みだった。確か終わりの方だったと思う。当時の私はインターハイや選抜で毎年成績を残している強豪ソフトボール部に所属していて、日々練習に明け暮れていた。おかげで夏休みらしい夏休みはほとんどなく、彼女の家で宿題を写させてもらうことに楽しみすら覚えていた。  部員の愚痴、顧問の愚痴、最近ハマっているドラマの話……いつもと変わらないはずの日常会話。そこへ放り込まれた何気ない爆弾発言に、私の心臓はドキッと跳ね上がっ

          準備は念入りに

          気の置けない仲人

          「だからね、思うのよ。恋人と賃貸マンションは一緒だって」  ドン、とビールジョッキをテーブルの上に置き、私は鈴鹿に言い放った。彼が悪いわけでは決してないのに、男というだけで今は腹立たしかった。理不尽な敵意を向けられた彼は驚きながらも、可笑しそうに喉奥を震わせた。 「意味分かんない。どういうこと?」 「そのまんまの意味よ。じゃあ逆に訊くけど、鈴鹿はどうして今回のマンションに住むことにしたの?」  テーブルの中央に置かれた大皿からフライドポテトを一本摘まんで尋ねる。突然振られた問

          気の置けない仲人

          知らぬが仏、言わぬが花

           カーテンの引かれた窓ガラスを叩く微かな音が聞こえてくる。また雨が降り出したようだ。俺は小さく息を呑んだ。  落ち着いていた心拍数がゆっくりと、確実に上昇していくのを覚える。内側で煮え滾った熱は行き場を失い、皮膚を生温く湿らせた。そのうち、それは首筋を伝ってTシャツの中へ滴り落ちた。  浅い呼吸を繰り返しながら、俺は必死でキーボードを打ち続けた。そうでもしていないと、迫り来る不安と恐怖に飲み込まれてしまいそうだったからだ。きっと一度でも手を止めてしまったら、俺は椅子の上で固ま

          知らぬが仏、言わぬが花

          私のリョウくん

           私のリョウくんは、世間的に見て影の薄い人間だ。彼と面識がある人の中で、彼の顔をちゃんと覚えている人はそれほど多くないだろう。今だって、かけている黒縁の分厚い眼鏡に印象の全てを奪われてしまっている。どこかのメーカーが作った付属品にさえ負けてしまう男。それがリョウくん。けれど、そんなところもたまらなく愛おしい。 「……つまんない、かな?」 「え?」  何度か瞬きをした。いつの間にか、隣で映画を観ていた彼の横顔がこちらを向いていた。視線を汲むと、透き通った薄茶色の瞳が微かに揺れた

          私のリョウくん

          愉しみ

           ラミネーターの排出口から書店配布用のポップが少しずつ顔を出す。熱で硬化したラミネートフィルムは厚さを帯び、蛍光灯をキラリと反射させた。印刷して余分なところをカットしただけのコピー用紙には到底思えない。端までしっかりと加工されてから、ポップは黒い受け皿の上に落ちた。  私は角を摘まんだ。軽く振る。『この本、売れてます!』という真っ赤なゴシック体がぴらぴらと揺れた。もちろんこれは販促ツールなので、書店に並ぶのはまだ先だ。気泡が入っていないのを確認し、既に出来上がったポップの山の

          愉しみ

          ふたたび

           雲一つない真っ青な空の中心で、冬の太陽がギラギラと輝いている。二月でも温かいとは聞いていたものの、これほどだとは思っていなかった。東京の肌感覚で言うと初秋。歩いているだけで脇や額に汗が滲む。潮風による寒さ危惧して選んだ薄手のタートルネックをやや後悔しながら、私は辺りを見回した。オフシーズンだからか平日だからかはたまたその両方だからか、人影は殆どない。緩やかに蛇行をする白い石畳の通りと、それに沿って左右に立ち並ぶ背丈の低い年季の入った建物には柔らかな午後の陽射しが降り注ぎ、そ

          ふたたび

          ひつようあく

           白く曇った窓ガラスを通じて、夕暮れの景色がふわりふわりと移ろいでいく。平凡な街並みは親元を離れる前と大して変わっていない。このまま眺めていたら座席下のヒーターの熱も相まって眠ってしまいそうだ。久しぶりにマスカラで伸ばした睫毛の重みとコンタクトの乾きに耐え兼ねて瞬きを繰り返しながら、私は車内を見回した。それぞれの長椅子に乗客がまばらに座っている。立っている者は誰もいない。それもそのはず。多くの人は明日からまた諸所の理由で嫌というほどお世話になるのだ。最終日とはいえ正月三が日か

          ひつようあく

          シロかクロか

           大人の世界はグレーだ。 齢二十四歳、社会人になってたった数ヶ月しか経っていない私でさえ、それをひしひしと感じる。学校生活が人生の全てだった高校生の頃は早く大人になりたいと切に願っていたはずなのに。大学生になってアルバイトを始め、酒の味を覚え、他人と肉体的な関係も人並みに嗜んだことで大人の階段を呆気なく登ってしまい、気づいた時にはもう社会という大海原へ放り出されていた。小さな船の一クルーとなった私は形も大きさも様々な他船を目の当たりにすることになる。やや他人事な言い回し

          シロかクロか

          中学受験の、可哀想な、こども

          パァン、と、こめかみの辺りで何かが爆ぜる乾いた音がした。頂点に達したジェットコースターが急降下する時のように、一瞬、時が止まった感覚に陥る。こういうのを、人は臨死体験というらしい。実際に死んでないことを確認するため、咄嗟に瞑った目を薄く開けると、沢山の白いプリント用紙が顔の前を舞って床へ落ちていった。少しずつ視界を広げていく。向こう側に誰かが立っていた。やけに背が高く、全身黒ずくめ、髪の色だけがくるくるとカールした茶髪の男だった。服装とのミスマッチさに着ているものがスーツだと

          中学受験の、可哀想な、こども

          Encounter

           秋というのは、一年の中で最も過ごしやすい陽気だ。私のような出不精さえ心地よい秋風に充てられたいと思わせられてしまう。そしてそれは時に、不思議な出会いをもたらしてくれるのだ。  そのたい焼き屋は東京圏から少し外れた小さな町にあった。普段なら通り過ぎる一つ前の最寄り駅で降りると、錆びた商店街のゲートが出迎えてくれた。平日の午後十一時を回ったところであろうか、青白い煉瓦道には殆ど人がいない。自転車に乗ったスーツの女性が向かいからやってきて、訝しげにねめつけた。  月の光が差し

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          まほう薬

          5歳のまあちゃんの好きなことは、まほう薬を作ることです。まほう薬とはその名とおり、まほうでビョーキやケガを治すだけでなくどんなお願いごとも叶えてくれる、とてもとてもすごいお薬なのです。 「さあ、今日もよくキくお薬を作らなきゃ」  芝生マットを敷いたベランダに座ったまあちゃんは小さな手で器用にスモックの袖をまくります。後ろでは大きな窓が開け放たれ白いレースカーテンがお日さまをあびて長い髪と一緒にふわふわと揺れています。まあちゃんは両方のポッケから材料を取り出しました。歯みが

          まほう薬

          女ごっこ

           小説家になる、というのが幼い頃の僕、綿貫梓の夢だった。過去形になっているのは無論、今の自分がそうなってはいないからである。コンビニのアルバイトで稼いだ都内最低賃金をいくら本に注ぎ込もうとも、ノートにいくら文章を綴ろうとも、いずれは叶うだろうと一縷の希望を抱くほど現実はそう甘くない。お陰で僕の有り金はいつしか酒代に変わるようになっていた。小説家なんて天才か少しばかり運が良かった話題性の凡人にしかなれないのだと思う。そんなわけで、僕は将来の夢をサラリーマンに転換した。ね、素敵で

          女ごっこ