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南極海にて

夏の陽射しが、ゆうらり、ゆうらりと、上空から降り注ぎ、濁った海水に色の層を作り出している。コバルトブルー、エメラルドグリーン、青藍、白群。美しい響きの持つ言葉のどれも、ここには当てはまらない。というより、あまり良くない視界では意味を持たない。水中を震わせる微かな周囲の音と、海水の温もりだけが頼りだった。

ぐおん。急に身体が上向きになった。水圧に負けぬよう、尾を大きくしならせる。光の筋は近づけば近づくほど分散して煌めき、やがて、水面に飛び出した。鼻から噴き出された空気が霧状になって舞った。

 雲一つない真っ青な空を渡り鳥たちが横切って行く。遠くには夏でも溶けることのない氷山がいくつも残っていた。海面に浮かぶ流氷を器用に避けながら、彼は悠々と泳いだ。

 かつて、地球は平面もしくは円盤の形をしていると考えられていたことがある。大地の周りを海が囲み、それらを空によってドーム状に覆われているというものだ。今となっては笑い話になってしまうのだろうが、もしそうだったなら、海の果てには何があったのだろう。滝のように流れる海の水を滑り降りたなら。その先には何かがあるのだろうか、それとも、何も見当たらず宇宙へ放り出されてしまうのだろうか。

 後者なら、ちょっとだけわくわくする。海の藻屑となりかけた私を飲み込んだ彼の一部となってから随分時間が経つので、世の中がどのように変化をしているのかさっぱり見当も付かないが、皮肉にも、彼のおかげで知れたことは多かった。

私の何十倍も大きなザトウクジラ、その彼よりもっと大きな海という存在があり、それ以上に広大な宇宙がある。全てのものは、何かの一部として、きっとそこに在る。

「※※※※※※※※※※※」

 ふいに、聞き慣れない音が聞こえた。もう少しだけ顔を出すと、前方からボートに乗った調査員らしき4人の姿が見えた。彼らは彼に向って大きく手を振った。昔のことが少し過ぎった。彼らに応えたいと思ったが、彼は気にする様子もなく、普段のスピードであっけなく通り去って行った。

 地球が丸くて良かった、とまだ遠い氷山を眺めながら私は思う。なぜなら、今泳いでいるこの地点は始まりと終わりであり、それが無限に続いているということだからだ。

きっとまた、私は彼らに出会えるだろう。

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