できれば幸せになりたいな

人をうまく愛せなくて苦しいという、情けない理由でカウンセリングを受けた。

好きな人ができると、途中で理由をつけて嫌いになって逃げるか、相手を攻撃して嫌われて終わりにするかという2択しかない。気分屋で飽き性な自分のことは棚に上げて、気持ちが変わり、先方の側から“切られる”ことがたまらなく怖いのだ。怖すぎて身を引くならまだしも、何も悪くない相手のことを袋叩きにしてバリンバリンに破壊したくなる。忘れられるくらいなら嫌われたほうがいいとも思っている。私のことを忘れてほしくない、執着してほしいという気持ちが強い。関心を持たれないよりは手をあげられたほうがいい。正直言って狂っている。自分でもその自覚はある。だから、カウンセリングに行ったのだった。

それから、「重たい女は嫌われる」という刷り込みもいつの頃からか染みついている。この間、「私は男の子の前では重たいと思われないようにできるだけ軽やかに接している」と友達にドヤ顔で言ったら、「Twitterも作品も重いから無駄な努力しなくていいよ」と笑われて、それをTwitterで呟いたら過分ないいねがついたことは今でもあまり納得感がない。だけど、きっとみんなが想定している重さと私の重さに違いがあるというならわかる。みんなの想定が100kgくらいだとするならば、抱えている重さはあと0.9トンくらいあると思う。全力で乗ったら、だいたいの男の人はぺしゃんこになるから遠慮している。だけど、ぺしゃんこになった人がいたという記憶は直近結婚していた人だけで、他に思い当たる人はいなかった。だけどその前から「重たい女は嫌われる」と思ってはいた。かと言って、ずっとそうなわけではなく、付き合っていた人に勝気に噛みつきまくって暴れて辟易させていた猛獣のような時期も良かれ悪しかれあったはずだ。

カウンセラーさんが、それはいつ頃からですかと訊ねてくれる。日めくりを高速で遡るように記憶を手繰り寄せる。離婚したことでもなく、その前にふらふらといろいろな男の人と交流していた時期でもない。付き合っていた人にDVを受けた高校生のときや、大学生のときだと戻りすぎで、消去法のように辿り着いた答えは5年前の、まだ会社員として働いていた時期のことだった。DVを受けていたことや会社の上司の誘いを断り切れずにホテルに行ったこと、その後も求められるがままに男の人と寝ていたこと、仕事がうまくいかなくて休職したこと、あるいは直近の離婚なんかはわかりやすいけれど、私が思い出したのはそういう“派手”な原因ではなかった。私が思い出したのは、付き合っていたという事実だけは覚えていたけれど、私の話や作品にはほとんど出てこなかった人。学生時代から会社員時代にかけて付き合っていて、休職するとともに別れた恋人のことだった。

ずっとDVっ気のある、というかDVの恋人とやさしいばかりの人とを繰り返し交互に付き合って、心身ともにボコボコに殴られて疲れた後にやさしいばかりの人のやさしさに浸り、肌がふやけてやわらかくなった頃にまたふらふらと外に出て行き、殴るような人のもとに自ら舞い戻ってはやわらかい皮膚に拳をねじ込まれてまたボコボコになることを高校生の頃から繰り返していた。DVの恋人の前では萎縮し、やさしいばかりの人の前では伸びたパンツのゴムのようにゆるみっぱなしで、そのバランスを長い期間かけて取るために、やじろべえのように極端な選択をしていたのかもしれなかった。ずっと忘れていたというその恋人は、DVでもやさしいばかりの人でもなくて、初めて自分が自分の思ったことを伝えられて、かつ、とても尊敬できる人だった。

彼は芸術学科で、あれを何と呼ぶのか門外漢の私にはわからないけれど、大きな物体の作品をつくっていて、それがとても、本当にとてもカッコよかった。会えばだいたい酔っていて、酒を飲めばその辺りの道ですぐに寝てしまい、心配して探しに行ってタクシーで引き揚げに行ったこともたびたびあって、どうしようもないような人だったけれど、冗談が上手で彼の話に私はいつもカラカラ笑ったし、酒の勢いに任せて喋る作品や表現に関する信念のようなものを聞くのも好きだった。当時表現したい気持ちをくすぶらせて文章を書くことさえ躊躇していた私には眩しくて仕方なかった。

これは書くのがちょっとだけ躊躇われるけれど、私は元々「超」が付くほどステレオタイプな人間で、彼と早々に同棲して結婚したいと思っていた。年は1つ上だけれど浪人していて、大学院まで進んだ彼は私より1年卒業が遅かったのにも関わらず、茨城と東京は離れているから間くらいで家を借りて住みたいと提案したりした。今考えれば、普通に重いと思う。それに加えて、私は会社が合わずに精神を病み、連絡の頻度が増えていったのだから、気持ちが離れるのも当たり前だと思う。だけど、あのときの私はそれがわからなくて、水ぶくれで肥大化した精神の、全体重を彼に乗せた。受け止めてもらえるつもりで弾みをつけて向かっていった先に彼はいなくて、私は自分の重さで自分を粉々にしてしまった。そのことに、カウンセリングを受けた、つい最近まで気づけなかった。

しかし確かに、思えばすべてはそれからだった。自己肯定感が低くて求められれば“断れず”、マニュアルみたいに事を進めては心ない言葉を受けて“しっかり”傷ついた。夜中に呼び出されて事が済んだら、プレイでもないのに半裸のような状態で荷物とともに部屋の外に押し出され、終電もない時間の寒空のもと途方に暮れたこともある。プレイだったらまだマシだった。プレイじゃないから愛がなかった。だけど、今思えばそういう男に寄っていくことも含めて、過去の痛みを忘れるために新しい傷をつくって上書きした自分で選んだ選択かもしれなかった。「好きでもない男と寝て、ひどい扱いを受けて傷つく」というのは誰が見ても傷だとわかる“わかりやすい”傷だから、傷ついていると思うことが許される。と同時に、思い入れのない相手に何を言われても傷の深さは知れている。精神の病気や休職や退職が重なったからと言って、大好きだった恋人と別れたことにこんなにも傷ついている自分が認められなくて、傷つくことができなかったのだった。だから代わりの傷をつけて安心したかったのかもしれなかった。私はリストカットをしたことがないけれど、リストカットをする人は自分の傷を見て傷ついている自分に安心するとも聞く。それがリストカットをする人の心境ならば、私の一連の行為は紛れもなく精神的なリストカットだった。

本気で好きになった人に重たい女や面倒な女だと思われるのが、向こうの側から切り捨てられるのが嫌で、笑みを絶やさず、NOと言わず、自分からは連絡しないように努め始めたのも、その頃からだった。ありのままの自分では絶対に愛されないと確信していた。なぜなら私は重いから。だから徹底してコンビニエンスな女になった。

私はそういう自分を悲観的に思いながらも、自分のアイデンティティや誇りのように思っているようなところもあった。女友達に「それ超都合の良い女じゃ~ん、自分のこともっと大事にしなよ」と私を慮ったような発言が徐々にマウントにすり替わっていくのを眺めながら、2時間近くに渡って延々語られる演説ばりの恋愛持論を、男の人にそうするように「そうだよね~」と言ってヘラヘラ笑いながら聞き、心の中で思い切り舌を出して中指を立てた。彼女は我を滅して男の人に尽くすような外形的な私をあざ笑ったけれど、それは半分本当で、半分はフェイクだ。私は一見、何を言われても嫌な顔をしない都合の良い女のようで、完璧に都合の良い女になることで、相手をどこか支配しようとしている節があった。都合の良い女は捨てられるが、“完璧に”都合の良い女は簡単に捨てられない。殴ってもなじられてもニコニコして呼べばまた来る女は他にいない。だから絶対にまた呼ばれて、何があっても捨てられない。捨てられないことこそが、私の価値だった。そこで代替不可能性を“勝ち取った”つもりだった。実際、彼らは私から離れられなくなった。

離れないけれど、そこに愛情はない。「好きじゃないのに離れられない」といろんな人からはっきり言われた。かなしい気持ちにはならなかった。大好きな人に好かれることなんてないという前提で、だからずっと一緒にいてくれさえすればうれしいなと思った。離れられなくなった相手は私のことを好きでもないのに嫉妬して、気が触れて暴力を振るい、暴力を受けた私は半分でしっかり傷ついて、もう半分でうれしくて笑いながら大破した。目の前の人が自分に執着してくれるのがうれしかった。嫌われることは離れて忘れられてしまうよりもずっとずっとマシだと思った。もっともっと離れないでほしくて相手に何を言えばどこにどう刺さるかを徹底的に計算して、キョトンしながらザックリ刺して、同じようにザックリ刺され返して傷ついて、喜んだ。そんな不毛なことを繰り返して、最後はどちらかが壊れて終わりになった。そういうことを繰り返してきた5年間だった。

そんな風に歪んでしまった原因が、客観的に見ると非常に陳腐でどこにでもあるような恋人との別れにあるとは今もあまり信じたくない。もちろんその恋人が悪いわけではない。だから酷さに正当性のある思い入れのない男の人たちを責めたけれど、私が本当に責めたかったのは恋人だったのだろうと思う。あのとき、私は恋人に私を受け止めてほしかった。ありのままで愛してほしかった。それが叶わなくて傷に蓋をするために上からさらにたくさんの薄い傷をつけて、新しい傷が痛むことにしたかった。自分を滅して完璧に都合の良い女になってでも誰にも離れてほしくなくて、あの手この手で相手を引き留めて、ときどきわざとに丁寧に、狙いを定めて傷つけた。フェアな関係をだとか対話が大事だとか言いながら、めちゃくちゃにジャンクな恋愛をした。恋愛ですらないかもしれなかった。だけど、そのことは、当事者以外の誰にも責められたくはないと思う。きっと恋人のことを思い出さずに済むように必死だった。無我夢中だった。そうするしかなかった。

恋人との別れに私は深く傷ついた。そんなシンプルな事実に気づくまでに随分と遠回りをしてきてしまった。5年の時差を経てやってきた痛みは、海に漂着したタイムカプセルの中の手紙のようにじんわりと身体に染み込んできた。痛かったなぁ、かなしかったなぁ、あの人のこと本当はものすごく好きだったなぁという気持ちが溶け出てくるのを感じてはじめて、今まで心が凍っていたことを知った。カタルシスという言葉がしっくりくる、心地の良い痛みの味わい方だった。でも、痛みを味わったところで、彼が戻ってくるわけでも、今の彼とよりを戻したいわけでもなかった。5年前の痛みは5年前のもので、5年前の彼も私もどこにもいない。叫ぶタイミングを失った痛みだけが遅れてやってきて、居心地が悪そうに過去を語り出す背中をゆっくり撫でてやっている。とは言え、今の自分の何かが救われるわけではなかった。今の自分がどうしたいのかもわからなかった。今あなたは誰かとどうしたいの付き合いたいのというアドバイスの一切を遠ざけて目も耳も塞ぎたかった。恋愛なんてわからない。自分にとっての存在が大きくてセックスしたいなと思う人はみんな好きっていうことなの、恋愛って何なの、好きって何なの、好きと依存の違いは何なの、好きは依存より偉いの、みんなは答えを知ってるの、私だけが知らないの、ずっとずっと考えてきたけれどやっぱりわからない。疲れるから考えたくない。もう何も話したくない。だからもう黙って大きな海を揺蕩わせて、答え合わせはリスケして。

私は大丈夫です強いですという顔をして胸を張って生きていくことは疲れるし、そうしなければ可哀想だと哀れまれたりつけ込まれたりするのももう嫌だ。安心して狂っていたい、弱いままで生きていきたい。ただ、幸せにはなりたい気がした。幸せが何かもわからないけど。

いつのことだったか、友人が「幸せになりたいなぁ」と呟いた。大きく息を吸って吐いたような言い方だったので、「何があなたにとっての幸せなの?」と聞いたら、その人は「なんか、気分的にさ」とあっけらかんと言う。「気分的にさ、不幸せよりは幸せなほうがいいじゃん?できればさ」と言う。

私はその言葉がたまらなく羨ましくて、だけど泣き出しそうだったので小さい声で「それいいね」とだけ言った。幸せになりたいと言うときは、何か明確な目標がなければいけないと思っていた。そんなにぼんやりと幸せになりたいと言っていいんだなと思った。

友達の家を出てからの帰り道、幸せになりたいなと呟いてみたら、幸せと言っている先から声が震えて言葉にできなかった。呼吸を整えて、もう一度言い直す。

「できれば幸せになりたいな」

絞り出した声はやっぱり震えて、くしゃくしゃになった言葉はポトリと地面に落ちて転がった。私はうっかり泣いていた。線路前で待っている私を電車が横切って行った。踏切と電車を走る音以外の一切がかき消された。

すべての思考も未来も保留にして、誰とも何も約束しないで、ただ、幸せになることを祈っていたい。それも高望みしないから。今だって別にそこそこ楽しいんだ。だから、できればでいいから。私のささやかな願いを今ここで話してみてもいいですか。できれば幸せになりたいです。

できれば、幸せになりたいな。

写真:Atsutomo Hino


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佐々木ののか

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家族と性愛

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コメント2件

幸せになりたいです👩‍❤️‍👩

話が変わってしまいますが話題の星本ミサの無料LINE占いやってみました💌
https://hoshimisa.hatenablog.com/entry/2019/05/16/135137
今までの恋愛のこと、当たりすぎててビックリしました^^
今後のアドバイスが参考になったから、聞いといて良かったです😌
https://note.mu/poet_ohno/n/ne3ae5cd92d35
その重さを、私の言葉が支えられるのかは分かりませんが、
それでも、言葉にせずにはいられませんでした
両手で抱えるように、何かを差し出さずには、いられませんでした。

なにかあなたに温かなものを

どうか。

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