ユニークな遺伝子ください

母になる準備はできている。心は相変わらず子どもだけれど、身体のほうは万全。「なんでわかるの?」なんて聞かないでほしい。わたしだってよくわからないけれど、恐らくはこれが本能。「子どもを産め」と身体が叫ぶ。

しかしながら、人間という生物は、幸か不幸かひとりじゃ子どもをつくれないらしい。妊娠する“土”はあるのに、“種”がないみたいなもので、つまりは“種”、男の人の精子が必要だ。しかし、わたしには現状、パートナーがいない。

世の中一般的に言えば、「子どもをつくって育てる」のは“夫婦”で行う仕事らしい。だからなのか、たまに耳にする話に「すごく好きな人がいて、子どもも産みたいんだけど、結婚向きじゃなかったから諦めたんだよね」といったものがある。そういった話を聞くたびに、わたしは思う。

どうして諦めなきゃいけないの?

「ものすごく好きな人がいて、その人の子どもを産みたい」というのは、誰もが手放しで「いいね!」できることだと思うのだけど、「子どもをつくり育てる」ことが結婚に紐づいている人間という動物はそれだけでは終わらない。

女の側からすれば「相手の社会的地位」とか、子どもを育てる「経済力」とか、「生活力」とか「頭の良さ」とか、「顔が良いほうがかわいい子が産まれるかな」とか、「そもそも人と一緒に住める人か」とか、色んな“旦那の素養”を問われてクリアした男だけが自分の遺伝子を残せるみたいな感じが現代の世の中なんだと思う。

その考え自体は悪くない。だって、やっぱり子どもを産んで育てるのは大変だし(わたしは経験がないけど、とんでもない子どもをつくって育てあげた父や母を見てそう思う)、お金も生活力も必要だ。でも、それは果たして“遺伝子の片割れに求める”マストな要件なのだろうか。

これは旦那の素養を重んじて結婚して出産を決めた、全ての女性を否定する意味合いは全くなく言うのだけれども、個人的にはその感覚が不思議というか、やや窮屈な感じがしてしまう。

だって、それは本能に抗っている。いや、もしかすると、「生まれてくる子どもを守る」意味では母性という本能が働いているのかもしれないし、「結婚したい相手」=「子どもを一緒につくりたい相手」であれば話は別だけれども、そうでないならば本能に対して無理をしている。お腹を痛めて、一生をかけて育てる、恐らくは自分以上に大事な存在なのだ。その子が受け継ぐ遺伝子は(少なくとも一度は)全身全霊をかけて愛した男の遺伝子であったほうが良いんじゃないかと思ってしまうわたしは、どこかズレているだろうか。

加えて、わたしが好きになる男はだいたい「旦那の素質ゼロの男」が多い。これは揶揄でも何でもなくて、彼らはとびきりにセクシーだし、クレイジーで最高なのだけど、「才能はあるけど、会社勤めに向かない」のと似たような感じで、「あらゆる意味で最高だけど、旦那には向かない」のだ。

※何度か「旦那の素質100%」みたいな男の子と結婚に向かうよう努力してみたこともあったんだけど、父を彷彿してしまって、ハグすらできなかった。

わたしが恋に落ちるとき、基本的に頭を使っていない。だから相手のフルネームにも年齢にも仕事にも興味がなくて、その代わりに使っているのはまるきり五感で、ちょっと生々しいけれど、恋に落ちる瞬間は子宮のあたりが“疼く”心地がする。

それからこれも、わたしの主観によるところだけど、「出産」と「子育て」は、卑小なわたしが人間という種全体にインパクトを与えられる、ほぼ1世紀タームのビッグミッションなのだから、せっかくならば「ユニークな遺伝子」を受け継ぎたいと思っている。受け継ぎたい遺伝子が「勤勉な遺伝子」なのか「超絶イケメンな遺伝子」なのかは人それぞれ異なるとは思うけれど、多様性を重んじるわたしとしてはできるだけ(いい意味で)クレイジーでユニークな遺伝子を受け継ぎたい。

そんなユニークな遺伝子の持ち主―すなわちわたしが好きになる男―との結婚生活はちょっと考えただけでも、悲しいかな、うまくいきそうな気はしない。だけど、それでもわたしは、好きな男の遺伝子が入った子どもが産みたいのだ。

そうなると、とるべき手段は1つ。“種”だけをもらって育てるのみだ。

これに関して、経済力とか色々な問題が付いて回るけれど、自分だけのお金でどうにかなるのであれば、別に一緒に育ててくれる男の存在はマストな要件ではない。それから、金銭的な部分は自分で何とかするとしても、1人で子育てする必要もないし、一緒に育てる人が「1人の男」である必要もない(※このあたりについては「コズミック・ファミリー」という記事を別途書きますね)。

「子どもがかわいそう」という議論もあるかもしれないけど、「何がかわいそうなのか」というのは子ども自身が決めることであって、「両親揃っているけれど不仲」とか、「お金はあるけど愛がない」とか何を以て不幸と思うかは、生まれてきた子どもに聞いてみないとわからない。(もちろん自分が思う「子どもの幸せ」を実現できるよう、努力はしたほうが良いと思うけど)

色々書いてきてしまったけれど、「夫婦が子どもを産み育てる」という概念が悪だと言っているのではなく、むしろ「夫婦という尊い関係」と「子づくり育て」が同一直線上にあることはわたしにとっても理想だし、正直なところ、すごく、羨ましい。

だけど、わたしの場合、「好きになる男」と「旦那の素質を持った男」がどうしてもイコールにならないし、「好きになる男」、すなわち「ユニークな遺伝子の子ども」を産むことを諦められないのだ。

もちろん色々考えて、旦那の素質のある男と結婚して子育てするのだって最強の正解だけど、自分を押し殺した選択ならば無理しなくてもいいんじゃない?と言いたい。

少なくともわたしは、大好きな男のユニークな遺伝子が入った子どもを産んで育てたい。たとえ、一緒に育ててくれなくても、だ。

だから、わたしにいつかどうしようもなく好きな男ができて、本当にどうしようもなくなったら、その人に「結婚して」とか「付き合って」じゃなくて、こんなプロポーズをしてみようと思う。

あなたのユニークな遺伝子ください。

(2016年9月15日追記)

公開後、木村衣里さん から、生物学的観点からのユニークな情報があったので、追記しておきます。以下、ツイートより引用。

以前取材させてもらった生物学者の方が「元来、婚姻関係は子孫の生存率を上げるためのものであり、そこに愛だとか情だとかは介入しない(意訳)」と教えてくださったのを思い出した。
パートナーと添い遂げる生物とそうでないものとの差は「子どもの生存率」によるところが大きくて、基本的にオスが子育てに介入しなくても子どもが育つ種は、交尾をして相手の遺伝子を受け取った時点で関係解消することが多いのだとか。
人は感情がある生物なのでそう単純な話ではないけれど、女性のみでも夫婦で子育てするのと変わらない生存率なのであれば、遺伝子だけもらってパートナーシップを解消する方向にだんだんシフトしていったとしても、生物学的には不自然ではないということ。

わたし個人の話で言えばかなり動物的だし笑、「社会的に“普通”」とかがよくわからないから、生物学的な裏づけにすごく勇気づけられました。この事実をどう受け取るかは人それぞれだけど、何か人間も動物なんだなって思うと、面白いですね。木村さん、ありがとうございました!

 

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コメント4件

これはある意味旦那募集中の話してですね!
ののかさんはモテルと思いますのでうまく引っかけてください!
かつて大塚寧々が「この人の子供がほしい」という発言で、結婚動機を語っていたのを思い出しました。数年後に相手の詩人とは離婚したようですが、彼女にとっては、はなから想定内の展開だったのかもしれませんね。
わたしも、ユニークな種がほしいです。わたしが今回貰った種は、普通の種でした。でも、わたしも、こどもがほしくてほしくてたまらなかったので、逆にたまたまだけど、種だけもらえた彼に感謝。もちろん、それに付随する嫌なこともたくさんあるけど、それも含めて学びになってるよ。

P.S.ユニークな種がほしいと望めば望むほど、そこには欲が入ってしまって、生まれてくることもへのこちらの思いが不自然になる。重くなる。のは、否めないなと思った。やっぱり、なかなかたくらめないですね!苦笑

自分の可愛いこどもが生まれるのが、今はとりあえず、ひたすら、楽しみです。遺伝子はなんでもだいじょぶかな。育ての親、一緒に育ててくれる大好きな大人たちが周りにいれば、きっと元気にすくすく育つよな☆
エネルギッシュな内容で、興味深く読ませてもらいました。遺伝子がユニークであればあるほど育てるのにエネルギーが要ると思うので、すごい。
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