愛も会社も宗教も“信仰”

胡散臭いタイトルだな、と思っただろうか。

20代も半ばを過ぎて、周りの友達が一気に占いにハマり始めた。パワースポット巡りに凝り始めたり、急に資格を取り始めたりする人もいる。顔を合わせれば「あの子が結婚したんだって、わたしたちヤバいよね」みたいな話。3年経ったら転職しようとか、寿退社でいいやなんて言っていたら、そろそろいろんな”適齢期”を迎えてしまった。中高のときだったら抵抗があった“出会い系”アプリも指一本でダウンロードしているし、「彼氏ほしいなぁ」と呟くも、気づいたら「飲み会で会った男のコ、嫌いじゃないんだよね」と何となく一緒にいちゃって、まるで“進歩”がない。

というか、どこに“進んだ”ら良いかもわからないのだ。でも自分で決めたくないから、誰かに道を指し示してほしい気もする。だから占いにハマる。パワースポットを巡る。資格の勉強をする。つまるところ、当たらなくても、役立たなくてもいい。わたしたちは、信じるものが欲しいだけ。

大人になればなるほど、わたしたちは賢くなっていって、その分信じられるものが減っていく。「きっとそんなことはないはずだ」と考えられる希望的観測、“逃げ道”は確実に減る。

知ることはある意味で、絶望への入り口だ。

真実を1つ拾うたび、世界が少しずつ色あせて見える。鮮やかだと思っていた“まだ見ぬ”世界は、どんどん煤けた既知の世界になっていって、遠くに見えていた地平線は気づけば眼前にまで迫ってくる。

面接時に「御社の星になって見せます!」と目をキラキラさせて入社した社員の3年後は顔もスーツもくたびれはてていて、「上司が会社が」と職場の悪口を肴に酒を飲むようになる。

「運命なの」と言って付き合い始めた恋人とは、しばらくすると終わりが見えていて、「付き合ったときの勢いで結婚しておけばよかったかな、まぁどうせうまくいかなかったよね」とぼやいたりする。

クリスマスが近づいたある日、押し入れで欲しかったおもちゃを見つけたときみたいに、正論を突き付けられたときみたいに、真実を拾い集めて賢くなったわたしたちは現実に息苦しさを覚える。現実なんか信じたくないから、未知の、見えないものに心を託すようになるのだ。

――見えないものに心を託す

それは“信仰”以外の何物でもない。一般に、信仰と言えば、宗教のようなおおよそ「胡散臭い」ものに使われる言葉だ。しかし賢くなってしまって現実を受け入れられないわたしたちはもう、未知なものを信じるより他ないし、日常的に色々なものを信仰しているはずで、恐らくは会社もその1つだ。

宗教と会社は、とても似ている。宗教の“戒律”、会社の“社是”といった1つのmissionに従って行動する。「正しい」かもわからない誰かの決めたノルマや決まりを忠実に守り、達成する。決まった曜日や時間に祈りを捧げ、7日間しかない週に5日、1日8時間以上の時間を捧げる。それらを支えているのは、信仰だ。

まだ会社で働いていたとき、ひどく辛そうに働いている先輩がいた。露骨に辛そうなのに、口では「仕事はやりがいがあって楽しいし、会社のmissionに従うのが正義だ。それがわからないなら、お前がまだ社歴が浅いせいだ、続ければわかる」と口癖のように言っていた。

そんな先輩を見ていて、わたしは底知れぬ不安に襲われた。わたしは“社歴が浅いから”先輩の言う「会社のmission」や、先輩が感じている仕事の楽しさみたいなものが傍で見ていて全く感じられなかったのだ。

「わからないことは何でも聞け」と言われていたから、わたしは聞いた。

先輩みたいに10年間働き続けたら、どんな景色が見えるんですか?
どんな風にやりがいを感じて、仕事に対して楽しい気持ちになれるんですか
教えてください、わたし未来がすごく、不安なんです。

先輩は、激怒した。

生意気だとか、お前にはまだ早いとか、そんなことよりお前は何度言ったら伝票のミスがなくなるんだ、とか恐らくは思いつく限りの言葉を手当たり次第にぶつけてきた。わたしはほんの一瞬驚いて、すぐに「悪いことをしたな」と申し訳ない気持ちになった。

きっと先輩も未来が見えていなくて、不安だったのだ。自分が少しだけでも残しておきたい将来の、未知の“余白”を真っ黒く塗りつぶされたような、そんな気持ちになったんだと思う。(現にその後、「仕事が辛いけれど、家族がいるから辞められない」とこぼしていたという話を他の先輩から聞いた。)だから、必死にまだ見えない「仕事が楽しく思える未来」を“信じて”、毎日口にしていたんだと思う。

日常における“信仰”は、会社や仕事だけでなく恋愛にだって当てはまる。会えない時間に相手が何をしているかなんてわからない。いつ関係性が終わるかもわからない。そもそもこの気持ちが恋愛なのか、恋愛という概念自体が存在するのか、胸を張って答えられる人はどれだけいるのだろうか。

個人的な話で恐縮だが、例えば、わたしは“お付き合い”するのが怖い。始まった関係性はいつか終わってしまうと思っていて、“余命宣告”もなしに、ある日突然に関係性が“死ぬ”ことが耐えられない。だから、どうしてみんな付き合ったり、結婚したりできるんだろうというのが素朴な疑問だった。

(人の考え方や関係性を否定するつもりも脅かすつもりも全くないのだが、かつての先輩のように激怒される可能性もある。ただ、わたしはA.S.A.Pで答えが欲しい。色々聞いて回ってみると、みんな穏やかな調子で答えてくれたので、ホッとした。)

ある人は、「終わると思うけど、その時々で良い関係や思い出を重ねていければそれだけで意味があるんじゃないか」と言った。わたしはまだそこまで割り切れないけど、なるほど、と思った。

一方別の人は、こう言った。

先のことはわからないけど、信じているから

わたしは一瞬、ピンと来なかった。信じていれば関係性が維持できるのだろうか。どんなに信じていたって破綻するときはする。だからわたしは信じていないのに、と思った。

むしろ信じていることで失ったときの絶望も増幅する。ほがらかに見える相手がいつ、手のひらを返して撃ってくるかわからない状況下で、護身用のピストルを捨てて笑顔で手を広げて近寄っていくようなものだ。それで撃たれて死んでも、誰も咎められないではないではないか。

(余談だし、叱られそうなので小声で言うが、恋愛ドラマとかでよく「信じてたのに!」みたいなセリフがある。個人的には「信じていたのはその人の勝手な都合だ」と思ってしまう性質で、もしも信じて裏切られて傷ついた分の“傷つき”は自己防衛の甘さによるところが大きいと思ってしまうので、そういう人がいてもいいけど、あまり共感できない。場合によりけりだけど)

ただ、しばらくしてわたしは思い直した。信じないことには何も始まらないと。

ピストルを持った状態で近づいても、相手はピストルを捨てることなど絶対にない。お互いに警戒心を解かないままに近づくことなどできないだろう。

まずはピストルを捨てて、微笑みながら近づいていかなければならないし、相手が武器を捨てて近づいてきたら“信じて”こちらも武器を捨てなくては、一瞬の抱擁さえもままならない。

もちろん心変わりはあるから、刺されたり撃たれたりしなくとも、ずっと抱擁し続けることはできないかもしれない。あるいは最高の幸福だったと思っていた抱擁が陳腐な作業に成り下がる瞬間も来るかもしれない。信じている人だって、その辺りはみんなきちんと理解している。

それでも、“信じて”いるのだ。

だから胡散臭いと揶揄されようが、占いでも宗教でもスピリチュアルでも資格でも、やっていて意味あるのかなと思う仕事でも、潰れそうな会社の未来も、自分の才能でも、愛する人との関係性も信じられると思ったものは信じてみたらいい。

生憎わたしは傷つくのが怖い臆病者で、信じられるものが少なくて、かと言って割り切って“今を生きること”もできずにいる。それでも、できることなら全てを投げ出して信じたいと思う。だってもう現実に信じられるものがほとんどないのだ。

信じないことには戦えない。

信じていれば、まだ戦える。

ちなみに叶うか叶わないかなんていうのは“神のみぞ知る”話で、その先を案ずるのはわたしたち人間の仕事ではない。

報われようが報われまいが、構わない。

明日も生き抜くために一方的に“信じさせてもらう”だけだ

小さいころ、よその家のトタン小屋に打ち付けられた「信じる者は救われる」というメッセージを思い出す。

胡散臭いと思った。嫌悪感すら覚えた。

だけど、今ならその意味が少し、わかる気がする。

@sasakinonoka



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コメント11件

がくさん コメントありがとうございます!なるほど、刺されること撃たれること前提で付き合うのですね!友人が「絶望しないと身体がもたないよ」と言ってくれたときがあるのですが、希望を持ち続けたい一方で(極端ですが)絶望から生まれる希望もあるなぁと思ったことをがくさんのコメントを見て思い出しました。
トンボさん自転車にのられるんですね!お天気の良い日に風を切りながら走る自転車、気持ち良さそうです^ ^
夏を過ぎると気持ちよいですよ!
最近考えすぎて泣いたり眠れなかったりすることが多かったのですがののかさんの言葉がとてもすっと心にはいってきました。自然と涙がでました。今この瞬間にこの文章をよめて良かったです。今日ノートをはじめて見たのでまだアイコンもないですが、こんな文がよめて良かったです。この溢れる気持ちをののかさんのように文章で表せなくて悲しいですが、本当に本当にとても感動しました。
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