ロンハーマンなんて無理だよ

#服屋三浦が勧めてくれた赤いワンピースが可愛い。

赤いワンピースなんてクローゼットに6着も7着もあるけれど、これは可愛い。$355の値段も気にならない。さすが三浦くん、チョイスが絶妙ドンピシャです、ありがとう。今年こそ買おうと思っていたエアコンの値段も同じくらいだから、エアコンを諦めれば余裕でいける。今年の冬は去年よりも人がひとり減って家の中が寒くなったけど、着る毛布と厚手の靴下とハロゲンヒーターが何とかなる。あの服が欲しい。

ただ、ひとつネックがあるとしたら、取り扱いがロンハーマンだということだ。ロンハーマンは眩しい。ロンハーマンなんて無理。ロンハーマンに行って試着をすることを想像しただけで呼吸困難になる。

私の前職は服飾関係で、会社にはファッションにこだわる先輩たちばかりがいた。古着屋とユニクロ以外で買い物をしたことがない私の前で、知らないブランドの名前が飛び交う。20万円のコートが半額になっていたから買ったとか、ボーナスであのブランドの何とかエディションを買おうか迷っているとかそういう話で盛り上がっていた。

ロンハーマンもそのうちのひとつで、得意先回りの帰りに先輩と一度湘南のほうのお店に立ち寄ったことがある。イケメンでオシャレな先輩が目を輝かせながら店内に入っていくのに続くと、眩しい笑顔で迎えてくれる店員さんと良い香りがなだれこんできて涙目になる。

他のウルトラハイブランドと違って可愛いなと思った服はたくさんあった。ちょっと気になってタグを見ると、3万とか5万とかの値がついていてサッと裏返す。その瞬間、「よかったらご試着もできますので」と店員さんに声をかけられた。そのとき、私はユニクロで買ったジャケットとパンツを着ていた。ロンハーマンに来るなら事前に言ってくれと先輩を恨んだ。死にたいような気持ちだった。

そういうわけでロンハーマンにはとりわけ苦手意識があるけれど(しかもロンハーマンってブランドっていうよりはセレクトショップだよね)、名の知れたお高めのブランドの類全般が私は苦手だ。ブランドというのは何かしらのエッジを効かせているからブランドなのであって誰にでも好かれる代物ではないのだが広く愛されるようなイメージがある。好きでない人にしても「あぁ、あのブランドね」という認知と後ろ盾がある。どんなにいいなと思っても、そのブランドが纏うイメージが有名で崇高であればあるほど、自分に不釣り合いな気がして着ることができない。

だから、あの赤いワンピースを買ったとして、身に着けたとして「どこで買ったの?」と聞かれたときに「ロンハーマン」だなんて恥ずかしくて言えない。

化粧品ならThreeやshu uemuraに憧れがある。だけど買えない。意を決して東急百貨店に買いに行っても尚、結局買えなくて泣いて帰ってきたことが何度もある。実際に似合うか似合わないか以前に、私が意を決して百貨店に出向いたという事実がもう恥ずかしくて死にたいのだ。

身の丈に合っていないような気がして好きだと言えないし、買えない。ロンハーマンも、Threeやshu uemuraもそう。
私には、そういうところがある。

***

いつだったか、もつ焼き屋で飲んでいるとき「最近、いいなと思ってる人いないの?」と友達に聞かれ、レモンサワーを流し込む。押し黙るようにしてグラスを干した私を見て、友達は「どんな人?」と言いながらニヤニヤし始める。

私は「遊びの話ならできるけど、遊んでいる人もいないし、本気のやつは今ちょっと話せない。ここ、もつ焼き屋だから」と言う。もつ焼き屋に失礼だ。でも、私に馴染むくらいには汚くて落ち着くという意味で、もつ焼き屋への敬意をこめての言葉でもある。


これまた失礼な話だが、私に馴染むくらいには汚くて落ち着くもつ焼き屋、で思い出される男の子たちから最近よく連絡が来る。「お盆と年末年始になると急にそういう連絡が来るの、死者の蘇生感があるよね」というようなことを誰かと話した気がするけれど、今もちょうど年末だからそういう星のめぐりなのかもしれない。彼らとは結婚する前にもう会わないことに決めてずっと会っていなかった。

「結婚生活どうよ?うまくいってる?飲まない?」

メッセージを見て、カッとなる。
うまくいっていない確信を持って連絡してきているくせに、何が結婚生活どうよ、だ。
ラッキースケベ野郎、ぶち殺すぞ。

その男の子たちとは都合の良いときに連絡して会って適当に飲んで遊んで解散してまた都合の良いときに連絡して会う、惰性で噛み続けているガムみたいな関係だった。伸びきったパンツのヒモみたいにいつ切れてもおかしくないくらいにはだらだら付き合っていて、お互いにだらしなくしていたし、お互いの性格の悪さや狡さも抱き合わせで付き合っていた。お互いに、本気じゃないから楽だった。もつ焼き屋もよく行った。

めちゃくちゃに酔っ払って、クラブミュージックをかけてホテルのベッドの上で跳ねて手を繋いで踊った。お腹がいっぱいなのにピザを頼んで、一口食べたらそのまま寝てしまい、翌朝ふやけたピザが口の中に残っているのに気づいてゲラゲラ笑った。お互いに好きな人がほかにいて、恋愛相談に乗り合った。だけど、向こうの恋愛がうまくいきそうになると私はどういうわけかムカついて、コーヒー代をせびった。かと言って付き合いたいわけでもなかった。うまく説明できないけれど、そういう間柄だった。

彼らは私にとってのもつ焼き屋みたいだなと思う。一緒にいると落ち着く。なぜなら安くて汚くて身の丈に合っていると思うから。でも、おばあちゃんになってもジャンクなもつ焼きを食べ続けているイメージはない。それに、翌日になるとすでにけっこう胃もたれする。無邪気にハシャぐのは楽しいけど、次の日以降に負債を抱える。ババアぶるには若すぎるが、若者ではない。体調管理には気を配りたいお年頃だ。

メッセージに「うまくいってないっていうか、」と打ちかけて、やっぱり消して「仲良しだよ。飲み行きたいけど、私のダンナ厳しいからなぁ(笑)」と返信した。それ以上は突っ込まれず、またねと言ってやりとりは終わった。クズだがやっぱり優しい奴だと思った。

パンツのゴムがまた切れたなと思った。
でも最初から、パンツのゴムだもんな。

***

話はもつ焼き屋での友達とのやりとりに戻る。

おかわりのレモンサワーに口をつける頃になってもまだ、友達は「どんな人?どんな人?」と聞いてくる。

酔いが回っていい調子になった私は、グラスをテーブルに叩きつけるようにして置き、半ばヤケになって叫ぶ。

「ロンハーマンみたいな人だよ!」

「は?」という顔をする友達をしり目に、私はあの赤いワンピースを着た自分を想像してみた。金魚の尾ひれみたいな大ぶりのフリルに厚手で真っ赤なワンピース。

身の丈に合わないかもしれないなぁと思うし、欲しいって言うのは恥ずかしい。やっぱりちょっと高いし、ロンハーマンだし。



あのワンピース、欲しいなぁと思う。
でも、ロンハーマンか、と思う。

春になって取り扱いがなくなる前には買いに行きたいなぁと思う。
でも、ロンハーマンか、と思う。


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