恋というより神だった

「パンクやノイズが好きそうですね」

音楽好きな人と話していたとき、そんなことを言われてハッとした。

3年前に好きだったパフォーマーは元々パンクやノイズの音楽をつくっている人だった。音楽ではあまり芽が伸びなかったのだろうか、パフォーマーに転身した瞬間に才能が開花して名を馳せるようになって今ではすっかりパフォーマンスの人だが、彼の出自は圧倒的に音楽で、一緒にライブハウスに遊びに行ったとき、いつも以上に彼の表情がいきいきしていたことを、彼の息遣いや温度を一瞬たりとも取りこぼすまいとしていた私は見逃さなかった。だからこそ、彼とは音楽の話を一切しなかったし彼の音楽を聴かなかった。何となくプライドを傷つけるんじゃないかと思って怖かった。

先ほど〔好きだった〕などと、彼について随分と平たい言葉で語ってしまったけれど、そんな平易な言葉で片づけられるほど当時の私の感情は美しいものではなく、はっきり言って狂っていた。持てる限りの感情を、時間を、身体を、お金を、彼のために捧げた。一緒にいられないなら遺伝子をくださいとまで詰め寄り、インターネットを見ない彼には絶対に届かないところで、彼を想いながら文章を書き続けた。文章を書くのはガス抜き。24時間365日彼が占拠する脳内はともすると破裂しそうで、仕事をしているとき以外の時間はのたうち回って壁に頭を打ち付けて平静を保った。しかし、どうして自分がそこまで彼に夢中になるのかがわからなかった。そのわからなさが、私をさらに駆り立てた。

結局彼は私の対極にあるような人と結婚してしまって、以来音信不通になった。離れていった人のことをいつまでも思い続けるのはつらいので、みんな死んだことにしている。彼も同様に、私の中では死んだ人になった。彼と行った場所や一緒にいた季節など、折に触れて彼を思い出すことがあるけれど、それでもやっぱりどうしてあんなにも彼に惹かれて狂っていたのかは、私の中で釈然としないのだった。

最近になって音楽を聴き始めた。話すと驚かれるのだけれど、私は音楽を聴く習慣がなく、昨年最も売れたアーティストのひとりである言われる米津玄師も、あいみょんの存在もつい2ヵ月前まで知らなかった。しかも、私の友人はとりわけカルチャーに明るく、飲みの場で音楽やフェスの話が上ると、何となく居づらくて席を立ってしまう。自分がそうだからかもしれないが、音楽を全く聴かない人間は何となく非文化的で非常識な気がする。そういう自分が嫌で、私がソウルシスターとして慕う友人が好きだという音楽をいくつか聴いてみた。稲妻が、身体を貫いた。それは懐かしい感覚だった。

音楽に明るくない私は、友人たちを頼り、片っ端から音楽に触れ、好きだと思うものを探していった。好きな音楽と好きな音楽の共通点があるのかないのかは知らないけれど、自分が好きなものの輪郭が強固になっていく気がした。そうして、この間、音楽に明るい人と好きな音楽について話をしているとき「パンクやノイズが好きそうですね」と言われて、ハッとした。3年前に好きだったパフォーマーは元々パンクやノイズの音楽をつくっている人だった。

彼のことがどうしてあんなに好きだったのか、わからなかった。彼に「好きです」と言ったとき「お前の好きは俺に対してじゃない」と彼はきっぱり否定した。頭がおかしくなるほどに好きなのに、どうしてこれが恋でなく、ましてやあなたへのものでないと言い切れるのかと拳で彼の胸を殴った。当時は、今となっては、今となってもわからない。けれど、もしかすると、私が彼を好きだったのは、彼自身以上に彼の中を流れる音楽だったのかもしれないなと思う。

だとしたら、あのときの私の気持ちは成就したも同然だと思った。人は死んだり会えなくなったりするけれど、音楽はずっと手元に残るから安心して熱狂できる。安心して狂える。信じられる。

心地よい音楽が血管を通り、全身に行き渡り、身体という器を満たしていく。トランスできる電磁波。これは彼を好きだったときの感覚。彼に向けられていた感情が無形のものに捧げられるなんて思いもしなかった。死んだはずの恋が音楽になって息を吹き返す。私が狂っていたのは彼ではなく彼の中を流れる音楽、そのスタンスは恋というより信仰あるいは神だった。


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佐々木ののか

文筆家。メインテーマは「家族と性愛」コラムや小説のお仕事お待ちしてますmail:sasaki.nonoka@gmail.comTwitter:@sasakinonoka
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