セックスを探してる

セックスを探してる

セックスができなくなった。

激しい嫌悪感を抱くようになった、というニュアンスに近いかもしれない。セックスについて考えると、憎しみと殺意が湧いてくる。

今までそんなことは一度もなかった。

だけど、原因は“最近のこと”じゃない。過去のある出来事が関係している。

最近通い始めたアート学校の課題で、わたしはパフォーマンスをすることになった。自分の関心のある「社会問題」をもとに自由な表現をしてください、といった課題。わたしは当時話題に上っていた「女性の年齢への社会通念」をテーマに据えて、卵子に見立てた生卵を頭の上で割るというパフォーマンスをした。

結果は、酷評。ただ、初めてのパフォーマンスで正直なところ右も左もわからない。先生の講評の意味すらとれず、放課後に改めて個人的に詳しく説明してもらった。

先生は改めて説明をしてくれて、しかし不勉強なわたしはわかったりわからなかったりしたのだけれど、それでも丁寧に説明してくれる先生のことをありがたいなと思った。

先生の説明がひとしきり終わり、お礼を言おうとしたとき、先生は付け加えるようにしてこう言った。

「あと、僕は女性性を武器にしたような表現が好きじゃないんだ。それから“社会問題”として、それをテーマに選ぶ必要性もわからない」

頭を鈍器で殴られたような衝撃を感じ、思わず目を見開いた。息が止まって動悸がしてくる。沸騰する憎しみのような感情。なぜだかわからない。なぜだかわからないけど、わたしはいてもたってもいられなくなって、お礼を言ってやっとの思いでその場を離れた。ショックだった。でも何でこんなにショックなんだろう。「女性性」という言葉が引っかかって、人格否定すらされた気持ちになった。何か自分にとってものすごく大事なものを踏みにじられたような気持ち。確かに厳しくはあったけれど、あくまで作品に対しての講評なのに、どうして。

その日帰ると、わたしは手あたり次第に気の置けない友人に電話をかけて泣いた。自分の作品を酷評されただけでここまで落ち込むのだとしたら、なんて情けないんだ。悲しくて泣いているうち、その日は疲れて眠ってしまった。

次の朝、起きてみると自分の身体に変化が起きていた。立てないのだ。元々ヘルニア持ちではあるのだが、ここ数年痛みはない。重いものを持ったわけでもないのになぜだろうと思いながら、コルセットを巻いて打ち合わせに行った。

食事量も圧倒的に増えた。1日1食も食べればいいほうだったわたしが、1日5食どんぶり飯を食べるようになった。お腹が空いていなくても詰め込まなくては気が済まない。「気持ち悪いな」と思いながら食べてしまう。

そのうちに、片耳が聞こえにくくなった。明らかにストレスがかかったときに出る症状だった。でも、講評が厳しかったくらいで? わたしは他の理由を考え始めた。

同時期、わたしは“男性”のことで悩んでいた。たとえば食事に行ったとき、気づけば“お持ち帰り”前提の空気感になっている。最初からお見合いアプリや合コンのように恋愛を前提にしている関係でもない。むしろ、ご飯に行くことになった経緯も、

「困っているでしょう、話を聞いてあげる」

「仕事のことを教えてあげる」

といった「親切」なものがほとんどだ。

抱えている悩みを洗いざらい話してアドバイスをもらい、「本当にありがとうございました」と笑顔で言おうとして顔を上げると気づけばホテルの前、といったこともザラにあって、そのたびに強い絶望を覚える。

あぁ、またか

過去に何度もあった。何度もあったのに、簡単に人を信じてしまうわたしのほうにも落ち度がないとは言い切れない。だけど最初に「いやらしい気持ちはないから変な心配はしないで」などと前置きをされたら、警戒しすぎるのも何だか失礼な気がしてしまう。(ただ、どちらが悪いかというのは今回の本題ではないので割愛する)

そして困ったことに、わたしは昔からどういうわけか、男性に対して強くものを言えない。だから断れるときは断るけれど、断れないときは「嫌だな」と思いながら応じてしまっていた。

たまに断れたときにも地獄が待っていて、後日、嫌味なメールが延々届く。SNS上で攻撃される。「お前には才能がない」「食えるのも今だけだ」「断ったことを後悔するぞ」

男の人に強く出られると、善悪の判断がつかないままに相手の言い分を飲み込んだり、謝ったりしてしまうのも、昔からの性分だった。

だけどどうして、わたしはいつもこんな風になってしまうんだろう。

やっぱりわたしが悪いんじゃないか。

そんな悩みを抱えていた矢先のパフォーマンス、酷評、そして数々のストレス症状。

あまり思い出したくないなと思いながら、わたしはパフォーマンスのステイトメントを読み返した。

そのうち、冒頭のあるフレーズに目が止まる。

“生れ落ちてみたらわたしは女で、胸と穴があるタイプの人間だった”

自分で書いた文章なのに、どういうわけか胸がざわついた。そうして、既視感のある映像がすさまじいスピードで頭の中を駆け巡る。めまいがする。忘れていた、思い出した。思い出してしまった。立ち止まる。その場にうずくまって頭を抱える。

わたしは、10年越しに「パンドラの箱」を開けてしまった。


思春期のわたしは当時、彼氏がいた。顔がすごくタイプで優しくて、頭が良く自慢の彼氏だった。大好きだった。

だけど付き合ってしばらくして、彼の様子が変わり始める。

クラスメイトに「おはよう」と言うと「男としゃべるな」と言われ、デートに化粧をして行くと「そうやって他の男の気を惹くのか」と怒られる。学園祭で少し露出のある衣装を着ると、「寄るな、汚いメス豚が」と真顔で罵られた。

わたしは彼が好きだったから、なるべく彼の言われたとおりにしようと思った。そのうちにわかってくれると思った。でも、日を追うごとに彼の要求はエスカレートしていった。

ある日、彼に「セックスしよう」と言われたことがあった。わたしは受け入れたかったのだけど、その日はあいにく生理が来ていたので、その旨を伝えて「また今度にしよう」と言った。すると、彼はこう言った。

「お前には“胸と穴”しか価値がないのに、セックスできなかったら何が残るんだよ」

目の前が真っ暗になった。

すべての感情が死んだのがわかった。

真顔で冷徹な言葉を吐いてから、彼は中身の入ったペットボトルをわたしに投げつけた。ペットボトルは当たらなかったから痛くなかった。感情が死んだから心も痛まなかった。その代わり、私は呪いにかけられた。

わたしは胸と穴しか価値のない女

大好きなはずの彼と身体を重ねている間、気持ちよくも痛くもなかった。“呪文”が頭の中を何度も反響するだけで。

わたしは胸と穴しか価値のない女

わたしは胸と穴しか価値のない女

そうして数週間後、「お前みたいな頭の悪い女とは付き合えない」と言われて、わたしはフラれた。その翌日、違う女の子と手を繋いで帰っている姿を見た。生きた心地がしなかった。

思春期の記憶は、ほとんどない。

彼と別れた後も色々な人と付き合ったけれど、支配欲の強い男に惹かれがちだった。自分のような、とるに足らない人間は、男に尽くしてこそ存在意義が見いだせる、と本気で思っていた。

社会人になって当時付き合っていた彼氏と別れて以降は、“そういう男”に出くわす率が増した。最初はみんな優しい言葉をかけてくるけれど、その優しさは結果的に“支配”やセックスに着地した。そうして、以降、我がもの顔でわたしを“所有”した。付き合ってもいないのに“彼氏然”として。愛もないのに。

こういうことがあるたびにわたしは“仕方のないこと”と諦めるか、あるいは嬉々として事態を受け入れた。だってわたしには価値がないのだ。身体を求められることでしか自分の価値を見出せない。男の人に求められ、応じることでしか価値を見出すことができなかった。

「誘われたけどヤリたくなかったら断った」と言う女友達が眩しく見えると同時に「よほど自分に自信があるんだな」と思った。「わたしもしっかりしなくちゃなぁ」とヘラヘラしながら、内心「いいなぁ」と思った。自分には断る権利などないと思っていた。今思えば、好きでもない男に求められるたびに感情が死んでいたのだ。最中の記憶が飛ぶことも多々あった。だから受け入れられた。16歳のあの日みたいに。

だけど先日「呪い」に気づいて以降、そんなのはやっぱりおかしいと思った。嫌だと思った。あのときのことも、あのときのことも全部断ってよかったんだと思った。そう思うと、どうして自分の中に好きでもない男を受け入れてしまったのかという後悔と絶望に襲われた。

もちろんすべての男性がこうじゃないということはわかっているし、無理にされたわけでもないので誘ってきた男性たちを責めるつもりもない。ただ、やっぱりわたしがしてきたセックスの多くには、「言葉巧みに騙す」とか「支配する」とか「断ったら嫌がらせを受ける」とかいう負のイメージがこびりついてしまっている。そして、それらを断れなかった愚かな自分のイメージも。

ただ、セックスそれ自体は尊いのだということをわたしは知っている。わたしにとって、好きな人とするセックスは「言葉で伝え合えないことを伝え合おうとする行為」だ。

しかし怖くなってしまった。できなくなってしまった。もう誰とのセックスも想像できない。それがたとえ好きな人が相手だったとしても。

これは一過性のものなのかもしれない。

だけど、もしかしたら一生できないかもしれない。

もし本当に一生できないのだとしたら、わたしは新しい“セックス”を探さなければいけない。だって好きな人に近づきたい。できることなら好きな人と“セックス”したい。身体を重ねることはできないけれど、それでも愛する人と交わり、少しでも相手に近づきたい。でも、セックスするときに感じる、言葉にできないあの感覚を再現する方法を他に見つけることなんてできるんだろうか。

撫でる、輪郭を辿る、あなたがここにいる、温度、あたたかい、ここは冷えている、触覚は、

やわい、

視線が焼く、あなたが見ている、息が弾む、生きている、生きている、

それは一瞬の死、

瞼の裏を白く染める閃光、混濁する愛と打擲、溶けていく好きと嫌い、意識の境目、

あぁ、

飲み込みたい、抱きしめたい、そのまま破裂しろ、殴ってやりたい、受け止めるから受け止めて、もっと奥まで知りたい、触れたい、全部をよこせ、今すぐよこせ、あなたを、あなただ、言葉を投げ出した、あなたがそこにいるという事実、辿ってきた軌跡、今何を考えている、あなたもわかるでしょわかる、全部覚えておきたい、再生は無理、知ってる、

一つになりたい、一つになりたい、いやもう一つでしょとか違う、頭ごと同期したい、もう何でもいい、あなたになりたい、わたしになってよ、

好きも嫌いも惰性も嘘も奢る気持ちも醜い嫉妬も弱い心も全部流しこんで飲み込むから飲み込んでよ、飲み込め、喉の奥、胃、腸、もっと奥まで

わたしはただ、ひたすらに、

あなたを、理解したい。


2016.12.1 一部改変しました

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コメント3件

男の芸人さんがシモのネタを言っても笑いを取れるのに、女がやったらゲヒンな感じに取られる空気がもう『ちっくしょ~男ってズルいなぁいいなぁ男になりてぇ』と思います。笑

ののかさんといつか一緒にオサケを飲みたいなぁと、画面のこちら側で思いました(*´-`)
遅くなりましてすみません!そうそう、少なからずそういうのありますよね。わたしも男性的なものへの憧れがあるのでよくわかります。わたしとお酒を飲んだら大変ですよ笑 周到な心の準備を以て来てください笑
私は嫌なことはNOと言うし私の事を人間扱いしない人とは一切関わらないので、あなたのnoteを読んでビックリしました。
どうぞ自分の心と体を大切に。
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