あなたの作るコンテンツは今日も誰かの日常を救う

わたしは毎日原稿を書いて生活している。執筆業を始めるのに資本はいらない。わたしの場合は出版社での下積みをしたわけでもない。それでも、色々な記事や本、映画などを見て、自分なりに研究を重ねながら、教えてもらいながら、毎日記事を書いている。

文章を書くのは、楽しい。少なくとも苦しくない。もちろん流れるように書く、とまではいかないまでも、仕事をしている時間は、わたしにとって何にも代えがたい心穏やかな時間だ。

だけど、時々不安になることがある。自分の手を離れた原稿を誰が受け取っているのか、ほとんどの場合わからない。表記以外に書くことに“絶対的な正しさ”のあるルールも少ないし、自分の目の前で読んでくれているわけでもないから、反応もわからない。WebだとURLを引用してコメントを添えてSNSでシェアしてくれることもあるけど、大抵は反応がないから、PV数などの“数字”に頼るしかない。当たり前だが、定量的な評価はわかっても、定性的な評価は測れない。そのことが時折、わたしたち書き手を不安にさせる。

数字を追いかけ始めると、胸がぎゅうっとなる。書いていて緊張する。焦る。そもそも、衣食住にまつわるものと違って、世の中に記事がなくたって生きていける。ニュース記事ならまだしも、わたしがよく書いているような“面白記事”や、“インタビュー記事”は言ってしまえば嗜好品だ。

――わたしが書いているものは、果たして世の中の役に立っているのだろうか。

最近もそんな感じで不安に思っていたのだが、わたしはある出来事を思い出した。

昔、ほんの少しだけ警察の人と付き合っていたことがある。その人は(うまくいっているときは)優しい人だったけど、デート中も常にキョロキョロと回りを見渡していた。そして、「あいつはシートベルトをしていない」とプライベートでも不正に目を光らせる一方で、「誰が見ているかわからないから」と、ちょっとでも咎められそうな行いは絶対にしなかった。

「せっかくのお休みくらい気を休めたら?」とわたしが言っても、「警察学校に入った瞬間から、俺の心は仕事に捧げたから、感情とかそういうのないの。だから疲れないの」と言って、頑なだった。

悪いなと思いつつ、「生きるの、苦しくないの?」と聞いたけど、「もう慣れたし、全然余裕だよ。上司に嫌がらせされたり、スピード違反の取り締まりで違反者に怒鳴られたりして、最初の1年は頭ハゲたけどね」と言って、笑った。そういう彼の髪の毛は、ハゲてこそいなかったが、まだ若いのに雪でも降り積もったかのように、ところどころが真っ白だった。

警察官の勤務は不規則で、そのときの彼の勤務体系は、朝に出勤したら翌朝まで24時間勤務し、丸24時間休んで、また出勤する、というのが基本のスタイル。その頃、連日入り浸っていたわたしは彼の家で寝て、彼の帰りを待つことも多かった。

ある日のこと、ガチャッと鍵が開く音がして玄関まで迎えに行くと、生気のない彼がぼーっと突っ立っていた。

「どうしたの? 体調でも悪い?」

そう聞くと、

「ううん、違うんだ。でもちょっとしばらく放っておいて」

そう言って、朝ごはんも食べず、シャワーも浴びず、ソファに横たわった彼はスマホを出して、わたしの横でアダルトビデオを見始めた。わたしに触れるでもなく、自分で自分に触れることもなく、ただただ黙々と、雑誌をめくるように色んなAVを見ていた。

困惑するわたしに、彼は、

「ごめんね。こうやって何も考えずにAVを見てたらさ、何かが溶けていく感じがするんだ」

と言った。わたしと目は合わせず、画面の中で交わる男女を見つめているようだったけど、どこかもっと遠くを見ているような感じもした。

30分ほど見ていただろうか。スマホを置くと、今度はリモコンを手にとり、録り溜めていたのだろうお笑い番組を見出した。そして、ありえないくらい、笑った。笑いすぎて涙を流していた。わたしも一緒に見ていたけど、クスッともこないような内容だった。それでも彼は腹筋が壊れると言いながら、笑って、泣いていた。壊れてしまうのは腹筋じゃなくて、彼なんじゃないかなと思った。

少し怖くなって、決壊してしまいそうな彼の身体にそっと手を添えた。それにも気づかず、彼は小1時間ほどそうしていて、CMになると「テレビがないと生きていけないよね」とボソっと溢した。暗室に一人置いていかれたときのような、心細い時間が流れた。

ひとしきり笑って泣いて気が済んだのか、急にむくっと起き上がった彼は「待たせてごめんね。どっかドライブでも行く?」と言った。笑っていた。いつも通りの、彼の笑顔だった。

あのとき、わたしは笑ったり泣いたりしている彼を壊れてしまいそうだと思った。でも今思えば狂ったようにも思えたあの時間、彼は自分を必死に取り戻そうとしていたんだと思う。自分の感情を表に出すことが許されない管理された環境で過ごしてきて、自分で自分の感情を表に出す方法を忘れてしまったんだろう。

本来ならばAVは見て興奮して楽しむためのものだし(わかんない、人それぞれだけど)、テレビ番組はし消費的な笑いを楽しむものと思っていた。でも彼は、それらを見ることを自分の感情を引き出していたんじゃないかなと思う。一過性の快楽や笑いだけでももちろん価値はあるけれど、それ以上に彼があの日見たコンテンツたちは彼の日常を救ったのだ。

彼と付き合っていたのはライターも駆け出しの頃。仕事をもらってこなすのが精いっぱいだったけど、数字のことを気にするようになったということは、わたしもだいぶ慣れて余裕ができてきたのかもしれない。

ただ、色々試みてはいるけれど正直なところ、わたしはどんな記事がウケるのかとか、確実に数字をとる方法を知らない。拡散されることは多くの人の目に留まるということだから影響力はあるし、“良い記事”の1つの指標ではある。それに数値以外にわたしたちは目に見える評価の軸を持たない。だから、数字に囚われて苦しくなる。

でも、思うのだ。かつての彼が、あらゆるコンテンツを見て、自分を取り戻していたように、どこかの誰かの癒しや支えになっているんじゃないかということを。

文章じゃなくても、コンテンツ作りでなくてもそうかもしれない。わたしたちが生み出すモノやコトはきっと誰かの役に立っている。見えないところで、意図せぬ形で。

誰かが癒される可能性があるなら、わたしは書くことをやめないでいようと思う。今日も誰かの希望を紡ぐつもりで、自分自身を励ますつもりで、わたしは今日もキーボードに指を走らせる。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

最後までお読みいただき、ありがとうございました いただいたお金は好きな文章を書く時間に充てさせていただきます 今後とも応援のほど、よろしくお願いいたします!

感涙です…
83

言葉・文章・書くこと

1つのマガジンに含まれています

コメント2件

ののかさんの正直な葛藤も垣間見ることができた分、より一層響きました!僕もののかさんのように「著名ライター」の方々と比べれば反応は微々たるものです。もちろん"数字"も大事ですし分かりやすい指標ではありますが、自分が発信する事が誰かを励ましたり勇気を与えてたり気分転換にもなるんじゃないかという"可能性"を自分自身が信じることで、自らに存在意義という装備をまとい、自分を守り、エネルギー源にしてる部分があります。ののかさんの発信に勇気をもらえた人間がここにいますよ!と伝えるのとあわせて、スッと伝わる文章に嫉妬ですっ!!。・゚・(ノД`)・゚・。笑
ODKさんありがとうございます!著名ライターだなんて、そんなそんな……!他人に自分の存在意義をゆだねるのってあんまりよくないのかなとも思いつつ、読んでくださる方に支えられてるっていうのは絶対にありますよね!いつも、ありがとうございます!今後ともよろしくお願いいたしますm(__)m(嫉妬、うれしい……!笑)
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。