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飲み干す毒 焼けた喉


私の友人には夜の仕事をしている人が多い。

老若男女、年齢問わず。スナックから風俗まで、友人たちが選んだ仕事は様々。セックスが好きだから、と選んだ人や、ちやほやされたいから、と選んだ仕事や。夜の街に舞い揺れ落ちる多くの言葉を教えてくれたのは、いつだって友人たちだった。


言葉とはなにか。

前にも書いたが、人は人を〝言葉で殺せる〟。無意識にでも意識的にでも。好きな人に「可愛くない」と言われたら、可愛くなくなってしまう。親に「馬鹿」と言われたら、馬鹿になってしまう。ほんの少しの傷は段々と広がって、いつの間にか膿んで爛れてしまう。それを必死で隠して、何度も何度も自分で癒して。血は止まっても痕が消えない。そしてまた、同じ傷が生まれていく。

延々と続く痛みに耐えきれなくなったら、どうするだろう。膿んで爛れて腫れて、隠しきれない傷が増えたら、どうすればいいのだろう。長袖でも隠れない、多くの傷痕。それらに耐えきれなくなったら、どうするだろう。誤魔化しきれない傷の奥深くには、誰かの言葉が呪いのように巣食っている。取り出せない癌のように。修復できない粉々になった心。


言葉とは。

私にとって言葉は、大切なものであり宝物。どんな金銀財宝も適わない、永遠の生命。頭に浮かぶ文字も、書き綴る言葉も、発する声も。それら全て組み合わせて、文章にしていく。言葉が浮かばず、停滞することは私にとって何よりの恐怖だ。真っ暗な闇の中、海に突き落とされるような、自分の身を切り刻まれるような。息もできない恐怖。私にとって言葉は、自分を生かす最大の武器であり盾。いつだってそう。


バットエンドは好きじゃない。

そうあるべきジャンルや作品ならば、バットエンドで構わないし、そんな陰鬱で凄惨な終わり方も決して嫌いではない。けれど、一番好きなのはいつだって未来が見える終わり方。恋人同士は一緒にいて欲しいし、脇役だって死んで欲しくない。どろどろとしたホラーもいいけれど、さっぱりと終わる恋愛だっていい。

どうしても、悲しい終わりに耐えきれない。主人公が必死に戦い頑張っても、大切な誰かが死んでしまうのであれば、何ひとつ意味がない。どうしても、自分を投影してしまう。私だったら共に死んだ方がマシだ。たった一人の大切な誰かと引き換えに、二百人が助かっても意味がないのだ。そんな世界なら滅びてしまえ。迷いなく私は武器を棄てるだろう。



流れるタイムライン。

眠れない人が暮らす街。何もかも受け入れすぎて、破裂しそうな心を必死で抑えて「誰か助けて」をオブラートに包み、〝死にたい〟と呟く真夜中。埋まっていく、沈んでいく。叫んでも嘆いても喚いても、届かない言葉たち。そうして諦めていく。言葉を発することも、助けを求めることも。眠れない人が暮らす街を、私はいつも眺めている。

助けたいとか救いたいとか。そんな簡単なことじゃない。救いたくても救えなかった人も、病魔に冒され遺恨を遺した魂も、数えきれない。最期の時まで微笑んでいた人。助けたいとか救いたいとか。そんな簡単な言葉じゃなくて、もっと相応しい言葉が欲しかった。遠いあなたまで届くような、沈んだ言葉を砕くような、そんな言葉が欲しかった。


言葉に絶望し、描いた絵を破り捨てる。

何度も何度も、それを繰り返して。言葉を紡ぐ、絵を描く。あなたが生きる未来を、咲かせる花を、砕く世界を。何ひとつ諦めきれない愚か者が私だ。逃げて逃げて逃げて。最期に立ち向かうことが出来れば、勝ち。どんなに醜くても、嗤われようと、蔑まれようとも。

毒を吐いて、飲み込んで。それを言葉に変えていく。上品でも下品でも、言葉にできないよりずっといい。灰色に濡れた街も降り続く雨も、失くした指輪も捨てられぬ宝物も。全て言葉にしなければ、何ひとつ掬えない。


「是非とも不幸になってくれ。」

吐き捨てるように囁かれた言葉は、何ひとつ怖くなかった。私の心に届かなかった。反射的に私の口から出た言葉は〝お元気で〟。交わらぬ視線も言葉も、空虚に舞い消えた。


心無い言葉も、鋭く突き立てられた刃も。

あなたに届かないように。私はいつもそれを願う。名も知らぬ少女、どこかの青年、優しい人。あなたが生きているなら、それだけでいい。


「人生なんてそんなものよ。」

薄暗い店内で、妙齢の女性が煙草をふかす。酒と煙草と男に、コンビニのライター。それだけあれば充分と唄う彼女が選んだ夜の世界。私はそんな世界が永遠であって欲しいと思う。からんからん、と鳴る氷に、注がれたウォッカ。目を瞑って飲み干して、笑う彼女に安堵する。


わたしの好きな、夜の世界。

言葉が舞い、揺れて落ちる。

あなたに届きますように。

焼けた喉に涙を流して。




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