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海の底 砂の城


自分の居場所が、解らなくなることがある。


丁寧に丁寧に作り上げた砂の城。細かいところまで拘って、配置して、余分なものを削って。丁寧に丁寧に作り上げた砂のお城。それが一瞬で波に攫われてしまう。決して激しくはない波、高くもない波なのに、どうして? もう一度、0から作り上げることが、どんなに難しいか。呆然と座り込む。ゆるり、引いていく波、帰れない砂の城。

自分の部屋が落ち着くのは、そこに安心があると理解しているから。〝安心して眠れる場所〟。私が人生で一番、大切だと思っている処。生きていく上で、なくてはならないもの。微睡みも、浅い夢も、深い眠りも。決して悪意で害されることがない場所。広くなくていい、狭くていい。息が出来たら、ただ安心して眠れたらそれでいい。


眠れない夜を 愛せるか、愛せないか。

浅い眠りにすら拒絶され、沈んでいく沼。ドロドロと脚を引き摺り込む、得体の知れない恐怖と不安。本当は綺麗な海の底へ沈みたい。どこまでも透明で先まで見渡せる、深い深い青。そこでただ揺蕩うことができたら、幸せな夢を見られるのに。そんなことを繰り返し考える。泥に沈む恐怖に抗うための武器が欲しかった。

聞こえる足音に耳を塞いで、目を閉じる。光のない狭い部屋。光を拒絶したのは私だったのだろうか? もう覚えていない、思い出せない。記憶が恐怖に塗れる夜。それでも月が好きだった。誰のことも平等に照らすくせに、なにひとつ満たさない月。見上げる空に月がない日は、涙が溢れて止まらなかった。確かにそこにいるのに。


目に見えるものだけ信じて、他を全て拒絶して。

そうすることでしか守れない心があった。愛も夢も真実も。目に見えないならなにひとつ要らなかった。目を閉じて、耳を塞いで。ただただ夜を待ち続ける。守る価値もないくせに、守る人もいないくせに。それでもただただ、夜が月が見たかった。夜明けの白々しさも、朝日の欺瞞さも、なにひとつ愛せるはずがなかった。

捨てるべき言葉も、拾うべき声も。なにひとつ諦め切れないくせに、求め続けることができなかった。陰鬱な心を引き摺って、ボロボロになるまで磨いて、それでも落ちない酷い汚れ。爪を立てても落ちないなら、いっそ削いでしまおうか。半分もあればいいだろう、寧ろ生きやすくなるよきっと。そんな声がどこかで私の身体を誘うのに。それができなかったのは、私の弱さか強かさか。それすら、考えたくもなかった。



月が見たい、出来れば〝誰か〟と。

ずっと手を繋いでいてくれる人、柔らかな微笑みをくれる人。私の傷など何ひとつ知らなくていいから、ただ隣にいてほしい。月を見上げ、夜を愛し、共に眠ってくれる人。愛するために愛して、私の心を掬い上げてくれる人。思えばずっと、そんな〝誰か〟を望んでいる。ずっとずっと、多分ずっと昔から。


「もし見つからなかったらさ、散らかしたもの全て片付けて、そこら辺で野垂れ死ねばいいよ。」


誰かが笑う。もっともっとシンプルに考える。舞落ちて積もった雪を、丁寧に払うように。その下にある春を探すように。それでいいんだよ、と誰かが笑う。それは彼か彼女か君か私か。冷たくなった手を何度も何度も暖めて、飽きることなく春を探す人。見つかるだろうか、探せるだろうか、募る不安を拭う人。

美しい景色を、真っ暗な夜空を、淋しい花を、忘れられた世界を。なにひとつ零さずに心にしまい込んで。誰も泣かないように、誰も淋しくないように。そしていつか出逢える〝誰か〟に、ひとつ残らず見せてあげたい。私の世界を、私の言葉をただ愛でてくれる人。夜空の月のような人。そんな誰かに出逢えたら、それだけで充分、生きていける。


私の居場所は何処だろう。

あなたの居場所は何処ですか。


探し暮れる夜が明ける前に、教えて欲しい。言葉で、声で、文字で。ひとつ残らず伝えて欲しい。必ず逢いに行くから。どうかあなたも私を探して。


丁寧に作り上げた砂の城が、攫われてしまう前に。




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