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移り変わり 色付くものへ


女心が解らないと男が言えば、男心の方が解らないと女が返す。

何十年も前から続く様式美のようなやり取りに、私はいつも感心してしまう。結局のところ、お互い知りたがってばかりいるのだ。愛する人の本心を、好きな人の本音を。心を支配するには言葉が足りなくて、身体を支配するには余りにも簡単すぎて。あやつり人形になりたいわけじゃない男女が、それでも一緒になろうと共に過ごそうと努力している。滑稽だけど無様ではない。様式美。

私の友人は30歳年上の男性と結婚した。いや、正式には事実婚をした。友人の御両親から許可は下りず、参ったなぁ とか細い声で呟いた。なにが悪かったのか、誰が悪かったのか。恋をして愛になり、共に居たいと願う者同士。出逢ったことが間違いだと言うのなら、正解の道を示して欲しかった。呆れるほどに惚れ込んだのは友人の方で、残りの人生を彼の為に捧げるのだと笑った。それがどれほどの罪だというのだろう。御両親の気持ちが解らないわけではない。でも、間違いではないと私は強く頷いた。


女心と男心。

強かさを愛嬌で隠して生きる女と、弱さを矜持で隠して戦う男。出逢って恋に落ちる男女もいれば、友になる、憎しみ合う、すれ違う男女もいる。最良の結果を望むのに、二人だけの世界には居られない歯痒さ。誰が悪いわけでもないから、お互いを慰めることしかできない。そうしなければ淋しさで死んでしまう、離れてしまう。だからなんとか共に生きる為に、妥協して妥協して。繰り返すうちに解らなくなる。そんな二人を見ることが辛かった。

泣く為に恋をするわけでも、傷付ける為に愛するわけでもない。ただ〝理解できない想い〟が多すぎただけなのだろう。それが愛する娘であっても、憎まれてでも護ろうとしたのだろう。その想いは誰にも否定できない。それが痛いほど解るから、友人も声を押し殺し泣くしかなかった。押し付けたいわけじゃない、憎しみ合いたいわけじゃない。ただ〝解ろうとしてほしかった〟。最良の結果を望むのに、余りにも開きすぎた心の溝は、未だに埋められずに深まっていくばかりだ。


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それでも、お互い諦めたわけではなくて。

友人も御両親も、陰ながらお互いがどうしているか探りあっている。許すべきタイミングを、理解してもらうタイミングを伺っている。だから私は少しだけ遠くから見ているだけ。それが今の最良の結果だと思うから。愛された記憶は消えず、愛した記憶は永遠だ。親子とは、子供とは、親とは、そういうものだと思う。諦めずに向き合っていれば、いつか歩み寄れる日が来るかもしれない。その〝かもしれない〟を諦めなければ。

人は忘れていく生き物だ。悲しいかな、それはどうあっても直らない欠陥のようなものに思えてならない。初めて逆上がりが出来た日を、初めて海で遊んだ日を、初めて交わした言葉を、忘れていく。けれど辛い思い出だけが残るわけではない。あなたを私を形作る、曖昧で柔らかな優しい記憶。楽しかったことや嬉しかったことは、心の枠を形作って、段々と心を強くしているはずだ。悲しい記憶が、悔しい記憶が、失恋の痛みが、ずっと心に残るのは、囚われてしまうほど誠実に向き合った証なのだと思う。


清々しいほどの綺麗事、美化された言葉。

それでも構わない。不確かだからこそ心は揺れて、驚くほど簡単に崩れ去る。だからこそ、なにか心を生かす〝綺麗なもの〟が必要なのだ。それが私にとっては言葉だった。明日には逢えないかもしれない、もしかしたら出逢えていなかったかもしれない。悲しい〝かもしれない〟を繰り返し考えるよりも、今の感情をそのままに伝えた方が、私には幸せに思えた。

可愛い、好き、優しい、かっこいい、素敵、ありがとう、嬉しい。そんな声にしたら文字に起こしたら簡単な言葉が、私にはとても大切で。自分に素直になれないのなら、せめて好きな誰かには素直でいようと、そう思わせてくれる出来事が私の心の糧になっている。言葉を諦めたくなかった。ほんの一瞬でも、一時でも。たった一人でいいから、誰かに届く言葉が欲しかった。


もうすぐ三年になる。

友人も彼も、日々を楽しく過ごしていて。御両親もたまに、電話で友人の近況を聞いてくる。大丈夫、きっともうすぐ溝が埋まる。

結局、女も男も単純で。複雑に見えるものにだけ目を向けすぎているのかもしれない。そこに立場が加われば、尚更、本心も本音も隠れてしまう。仕事とプライベートを分けるように、人は人を分けている。自分にしか出来ないことを必ず人は持っていて、あなたにしか伝えられない誰かへの感情というものも、確かに存在する。それを上手く言葉に出来ないから、複雑な感情に追いやられてしまう。

ただ、一言でいいよ。

あなたの口から、声になる、その言葉を待ってる人がいる。それだけは忘れないように。











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