恋愛茶屋 2月21日午前11時

そのお店は、山深く水のきれいな川のそば、けれど東京都内にある。国道沿いにあるけれど、行くにはどこからも遠い場所にある。

―わたしね、頭の後ろに目が付いているんですよ。

寒そうにやって来て、注文したジャスミン茶を飲んで落ち着いた様子になったその彼女は、ほがらかな声でそう話し始めた。

―ちょうど頭の真後ろにあります。髪の毛をかぶせているとまずわからないですけどね。満員電車とか間近で見られるところでは閉じてますけど、普段は開けててもわかりませんね。いまも開けてます。

―わたしの父にもあるんです。小さい頃は何とも思ってなかったんですけど、幼稚園に上がる前の月に、父と母がかしこまって説明し始めたんですよ。
「お母さんにはないように、後ろに目があるひとの方が少ないんだ」って。
もうびっくりですよ、少ないどころじゃないですよね。

―それから小学校、中学校と上がるたびに、自分はひとと違う、友達にも言えない、このことが知られたらどんな目にあうんだろう。。。もうどんどん内気になっていきましたね。学校では目立たないよう、けどいじめのターゲットにはならない程度に。ほんとうに大変でした。

―それから大学に入って、はじめて彼氏ができました。のんびり屋でいつもニコニコしていて、変なひとにからまれそうになったら、すぐに逃げる、そういう勇気のあるひとです。
でも、わたしのもうひとつの目のことを知ったらどうするんだろう。やっぱり嫌がられるよね。いっしょにいたいから言わなければいい。でも、このひとには知ってほしい。。。ひとりの時はいつも考え込んでました。

―ある日、半年前から決めていた日に、練習したとおりに伝えました。
「わたしには、頭の後ろに目があるの。信じてもらえないかもしれないけど」
落ち着いた声ではっきりと言いました。
彼は最初きょとんとして、その後考えるように目を上に向けていましたけど、
「そうなんだ。うん。わかったよ」
ニコニコして目を合わせて言ってくれました。

―卒業してからもずっといっしょにいます。最近になって訊いてみたんです。どうしてあの時受け入れてくれたの?って。なんて答えたと思います?
「いやさあ、ほんとに目があると思わなかったんだよね。例え話をしてるんだなって思ったんだ」

「好きになったきっかけでもあるけど、後ろから来る人のために道を空けたり、ドアが閉まらないように手を添えたりしてたよね。そういう気遣いができることを言いたかったのかな?って。俺、バカだから、すごく真剣に話してきたから、深い意味があるに違いない!と思ったんだ。そしたらそのまんまの意味だったなんてなあ」

―わたしにとっては一大決心ですよ。練習して練習してその日を迎えて伝えたのに!。。。しばらくしてから彼に目を見せたんですけど、呆然としてたわけですよ。わたしも聞くと見るとじゃ違うものね、ってひとり納得しちゃってたんですけどね。

―まあ、後ろから来るひとへの気配りはお手のものですけどね。ほら、お客さんが来ましたよ。

店主が目を向けると、その客はドアを開けようとするところだった。彼女の姿を見て笑顔になっていた。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

1

うみかめ

恋愛茶屋

小説です。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。