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恋愛茶屋 1月2日午後3時

そのお店は、山深く水のきれいな川のそば、けれど東京都内にある。
国道沿いにあるけれど、行くにはどこからも遠い場所にある。

―あ!カレーがある!!
店主がドアの方を見ると、ヘルメットをかぶったままのスギタくんが立っていました。
―。。。本日はお休みですよ。
―けど、ドアに鍵かかってなかったっすよ。
入り口前の掃き掃除をしてから閉めてなかったことを、店主は思い出しました。

―これ今日食えるんすか?
―お試しで作ったものです。
―じゃあ、マスターしか食わないんでしょ?俺にも食わせてくださいよ!
店主がどう返事しようか考えていると、
―いま実家から帰ってきたばっかなんすよ。アパートに荷物置いてからまた来ますから!あとでもちとかりんごとか持ってきますから!
スギタくんはヘルメットを取らないまま、ダンボールやバッグを荷台にくくりつけたスクーターに乗って去っていきました。

年末最後の営業の日のことでした。
―あの時はありがとうございました。
―結局、親父は夏を越せませんでした。自分の誕生日の日に亡くなったんです。いろんなひとにそれは天寿を全うしたって言われましたね。
―おれが不安になってたから、親父は気をつかってくれたのかも、なんてねえ。
―おふくろもすでに覚悟はできてたみたいで、いまは元気にしてます。解放感もあるんでしょうかね。女は強いですね。
そう言って笑いながら、その40代の優しげな男のひとは、ジンジャーミルクティーを飲みました。

―あの春先の時は味なんてよくわかってなかったですけど、おいしい紅茶ですね。
―後からキツネやタヌキに化かされたんじゃないかと思いましたよ。山の中の店でお茶を飲んで、カレーをごちそうになって、話しを聞いてもらってなんてね。
―こうしてお礼を言いに来られてよかったです。あの時のカレーはほんとうにおいしかったなあ。。。あんなカレーを食べたのははじめてでした。今日食べられなくて残念です。
いつになく柔らかな表情の店主は、近所のひと達からおすそ分けされた野菜で、適当に作ったカレーということは黙っていました。
店の外は寒くなっていましたが、風は吹いていませんでした。

また誰かに必要になるかもしれない、そんなことを思って店主は年明けからカレーをメニューに加えることにしました。
カレーというにはちょっと違うような、それでいておいしそうな匂いが、店内に満ちていきました。

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