とぼけた春の風の匂いにあてられたせいだ

先日、母と二人で、久々に旅行に出かけた。
母はこの日、なんの小言も言わず、ただただ楽しんでいて、ただただ私に感謝を述べるだけだった。(普段一緒に暮らしていないからこそだと思うけど)

いろんな話をした。
改めて、母が、人間的に整った「良い人」の部類に入るんだということがわかった。身内の色眼鏡というわけではなく、たぶん、客観的にみてもそうなんだ(と思われる)。
そしてそんな母のもとに生まれたわたしは、少なくとも、感謝しなくちゃいけないんだろう。
そしてわたしは「この人を悲しませちゃいけない」という義務を負っているのかな、と感じた。
そのためには早いとこ孫の一人や二人、作ってやらなきゃいけないのか、それが定めなのか?そうじゃなきゃわたしはクズなのか?できるなら産まれたくなかったと願っているのに?じゃあ死んだ父は…とかなんとか、アホみたいにぐるぐる考えていた。

きっと、こんな感傷的な気分になってしまったのは、旅行中に車窓から見えた満開の桜やコブシ、ハナモモたちが、あまりにも綺麗で完璧すぎたせいだ。
不完全なわたしが惨めで憎らしくて、堪らなかったからだ。

明くる日の通勤中、バスからふとビルを見上げたときに、右目からツゥーーーーーと涙が出た。ドラマチックでリアリティに欠けていて、主演女優賞のひとつやふたつ取れんじゃないかってくらいの出来過ぎた涙だ。胸糞悪い。


あぁ、春のせいだ。たぶん、嫌いなんだと思う。

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