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暴力のDNA 16歳で父を22歳で母を殺害 N.K

見るに堪えない惨状

最初に目撃した近所の人は「飛び降り自殺だと思った」そうである。
2008年5月23日新宿区北新宿のマンションの駐輪場で血溜まりの中で息絶えている女性が発見されたが、顔の判別がつかないほどの状況で服装から女性とだけはわかる…と言えば大体の想像はつくだろうか。
警察が調べた所、頭蓋骨損傷に顔は形が変わるほど殴打され首にも絞められた跡があった。
一体どれだけの殺意があればここまで出来るのか…
遺体の状況もだが、翌日に逮捕されたのが、殺された女性(57)の次男(22)だったことでマスコミには格好のネタ(事件)となったが警察からは取材ストップとなり大きく報道されることはなかった。
理由はこの次男には統合失調症での通院歴があり、何と16歳の時に実父を殺害した過去があったのだ。

16歳で父を殺害

次男はN.Kという。N.Kの父(55)は北海道で配管設備会社を経営し子供は四人いたがN.Kは次男。
父は典型的な職人タイプで怒ると大声を出し怖い。近所の人にも聞こえるように怒鳴る。そして酒を飲むと家族に暴力をふるう。
これが原因で両親は離婚し、冒頭で殺された母とN.Kは九州に逃げるように移り住んだ。
ようやく生活が落ち着いた頃にN.Kは高校を中退し、単身、北海道に戻ったのだ。
2001年10月21日夜8時すぎにスコップを片手に実父を自宅前で待ち伏せし、玄関先で出てきた父親の顔をスコップで数え切れないほど強打し、発見された時は顔が判別が出来ないほどの状態で首も千切れそうだった。
父と同居し事件時に2階にいた長男が物音を聞いて警察に通報し、駆けつけた警察官に次男は逮捕された。
「父親が怒鳴ったり暴力をふるう姿が脳裏に焼き付き苦しい。父親を殺せば苦しさから開放されると思った
N.Kはこの生い立ちが理由で家裁の裁判官に「矯正は可能」と判断され、この事件で逆送されずに少年院送致の保護処分が決定した。

暴力のDNA

N.Kは1年足らずで少年院を退院し、その2ヶ月後に母親への脅迫などでもう一度で少年院に戻っている。
その後は介護の仕事をしている母親と都内を転々としながら暮らしていたが、この頃から母親に手を上げるようになっていた。
退去後のある大家の話で襖や壁に包丁を突き立てた跡があった話も出ている。
この事から母親は統合失調症でN.Kを入院させたりもしたが、これが原因の一つで母への殺意が芽生えた…
N.Kは遊園地でアルバイトをして収入を得ていたが、母親はN.Kを一人暮らしさせるべく、家賃二万六千円のアパートを契約し、息子の暴力から身を隠すように姿を消した。
冒頭の新宿のマンションは長女の住居であり、待ち伏せをしていた所を母親が現れたので凶行におよんだ。
北海道の長男の住居(父殺害の現場)の近辺をウロウロしていた姿も目撃されており、母の居場所をどうしても知りたかったことがうかがえる。

裁判

2009年4月23日 東京地裁 
弁護側は殺意無しの傷害致死と統合失調症による心神耗弱を主張したが、精神鑑定(一部の鑑定でN.Kが拒否)では完全責任能力が認められ、犯行時は馬乗りになりN.Kが疲れて手が上がらなくなるまで殴り続けた事などから求刑通りの無期懲役判決が言い渡された。
動機に関してはN.K本人が真実を語らなかったが、3月2日の初公判では検察、弁護側とも「母に突き放されての孤立感が殺意につながった」とした。父殺害に関してもそうだが、母親に対する殺意の強さに異常性が見える。筆者は山地悠紀夫を思い出した。
統合失調症には自分が甘えてる相手が受け止めきれなくなると、見境なく攻撃的になる依存性攻撃があるという(当時の新潮記事内の精神医学小田教授の見解)
新宿での母殺害の前にN.Kは酒を飲んでいる。
あの日、自分が「殺してやりたい」とまで思った暴力的な父と同じ姿がそこにあったのではないだろうか…

※控訴の有無は不明だがその後の記事が見つからないのでそのまま確定したと思われる。
【新潮08.6.12】【道新01.10.22】【毎日08.5.24】
【産経09.3.3】【毎日09.4.24】【判例秘書】

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