受動的な旅

旅をしようと思ったわたしがちょっぴり恥ずかしさを覚えるのは、旅先で出会ったものに心が感化されるのではないかという期待と、ひょっとしたら目を奪われるものに出会えるといった所望が受動的な行為であることに気づいたからなのかもしれない。旅というものは能動的でないといけないのではないだろうか?沢木耕太郎の深夜特急が受動的な物語であったのなら、あそこまでバックパッカーのバイブル化はしてないはずだ。自分から動き自分で道を切り開く。それこそが「旅」であり、それこそが醍醐味ではなかろうか。そんなことを考えているくらいなら、適当に宿をとってまずは行動してみなさいという意見もありそうだが、旅先で突然ああこれは旅ではない何かだなぁと思ってしまった時の自分を想像してみると、急に手汗が滲み、呼吸が荒くなり、眼孔が開き、周りをきょろきょろしてしまうに違いないと思える。それはいささか滑稽な話で、それならば行かないほうがいいのではなかろうか。ああ、なぜもっと簡単に考えられないのだろうか。能動的でも受動的でも旅じゃなくてもいいじゃないか、わたしが楽しいと感じるのならば。プライドなんて捨ててしまえ。昨日のうちにリュックの中には何枚かのtシャツと下着と洗面用具は入れておいた。この準備を無駄にするわけにはいかないだろう、さあ、進め! 腰をあげリュックを背負い、勢いよく向かった扉の先はざあざあ降りのにわか雨であった。非常に落ち着いた柔らかな気持ちで僕はかばんを元の場所に戻した。

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読んでくださってありがとうございます。いろんな本とか、音楽とか、経験とか今までずっと考えていてことを、外に向けて発信しようと思い日々noteしています。何か読んでくださった方に少しでも変化が起きたのならそれほど嬉しいことはありません。

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さとう

日々思ったこと、感じたこと、気づいたことを自分の内に秘めておくんじゃなくて、文字にして外に表現しようと思い始めてみました。読んでくださった方が一つでも、どんなに小さいものでも、何かが変化したと思っていただいたのならそれほど嬉しいことはありません。よろしくお願いします!
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