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墓参りの一部始終をただダラダラと書いたもの

仏花を買う時、毎回「仏花」の読み方が思い出せずに「これ下さい」と言っている気がする。今年は百合が入っている、少し高めの仏花にした。

晴れた海で撮りたい、というお客さんの要望に「じゃあ晴れそうな日に呼んで」と言っており、呼ばれたのが丁度おばの命日であった。

海は鎌倉を予定していて、おばの墓も鎌倉にある。呼ばれたとしか思えない。これで無視したら枕元に立たれそうな気がして、撮影後に墓参りに行くことにした。交通費が浮いたことを考えると、百合の入った仏花くらい買わないと申し訳ない気がした。

仏花と共に買った線香は77円で、久々に物価に対して「安」と思った。買ってから線香屋が近くにあったことを思い出し、来年はそこで選んで買おうかと思ったが、来年も反射的にここで線香を買う自分の姿が想像できた。マッチも一緒に買わなくて良いのかと聞かれ、線香以外も燃やしてしまいそうな気がして辞退した。おばも二度は焼かれたくあるまい。

コンビニでライターだけを買う。毎年ライターを家に忘れ、毎年線香用のライターの購入を諦めて、毎年普通のライターを買い、毎年どうでもいいライターを家に増やしている。

バスで鎌倉霊園へと向かう。ほぼ観光客で埋め尽くされるバスの中で、同じように仏花を持つ乗客がいると仲間だなぁ、と勝手に思う。鎌倉霊園は終点なので、うっかり寝ても大丈夫だろう、と少しだけ目をつぶることにした。目に沁みるほどの晴天。

バスを降り、桜の下を進む。すっかり葉桜になってはいるが、道路に散りばめられた花びらには心が踊る。墓参りの度に、この人気のない桜並木が見れるのが実は楽しみだ。血縁だから許される言い方だと思うが、いい季節に亡くなったなぁ、なんて思いながら歩いていると、殺風景だったはずの管理事務所が引くほど立派になっていて、一瞬脳内が「銭」になる。トイレを借りる為に入ってみるが、ブラウンに統一された館内の雰囲気は厳かが極まっており、自動ドアが開くことすらセレモニー感が強く、ドアが閉まった後の静寂さは、まるで自分が納骨されたかのようだった。怖い。足早に出て、おばの墓へ向かう。

おばの墓には、多少枯れた花が供えられていた。きっと小さいおばだろう。我が家には親戚をサイズ感で呼ぶ癖がある。墓で眠っているのは大きいおばで、その妹のおばが小さいおばである。その小さいおばの妹が私の母であるが、さすがに母にはサイズ感を用いて表現することはない。

とりあえず草むしりを始める。とりあえずとは言っても、墓参りのおよそ90%が草むしりで、墓参りと書いて草むしりと読みたいくらい、墓参りは草むしりだ。とりあえずも何もない。初夏と言っても過言ではない気温。日陰のない霊園で、体力バトルのゴングが鳴る。

草むしりをする度、以前勤めていた会社で玄関掃除を任された際、散った桜の花びらをそのままにしていたら怒られたことを思い出す。私の中で桜の花びらはゴミではなかったため、放っておいたのだが、上司は「桜もゴミだ」と言い放った。好きになれない人だった。

そんな私なので、こうして草むしりをしながら「別にこのままでも良くない?」と思っていたりする。一応むしっているのは、小さいおばがその辺に対してうるさいからだ。小さいおばは日本語を話すことはできるのだが、リスニング能力に欠けていて、私は小さいおばの前に立つとただの耳になることを余儀なくされる。

私の手によって抜かれている草には、紫の小さな花が咲いていて、抜く度に「すまんなぁ」と思った。何度も「これ抜かなきゃダメか?」「このままで良くない?」と大きいおばに語りかける。

「おばちゃんもさぁ、玉砂利だけ見ててもつまらんだろ?花でも咲いてた方が面白いじゃん。てか私これから仏花供えるんだよ?その花は良くて、この花はいけない理由は何よ?花を抜いてさ、切り取った花を供えるんだよ?意味分からなくない?」

下がる体力ゲージに文句が止まらない。

「たんぽぽはそのままでいい?たんぽぽね、根っこが強くて抜けないんだわ。たんぽぽくらいは一緒に暮らしたらいいよ。見てみ、おばちゃんの墓だけだよ、たんぽぽ生やしてんの。隣の人、なんか赤い花咲いてるよ。すげえじゃん、墓になっても人それぞれなんだねぇ。つー訳でこのままにしまーす」

たんぽぽだけを残して、強制的に草むしりを終える。

仏花を入れ替え、線香に火をつける。ライターのチャイルドロックを毎年恨めしく思う。固い、痛い、熱いを経て、線香が煙を上げ始める。線香の煙は、滔々として綺麗だ。

墓に手を合わせ、目を閉じる。何かを話そうとするが、結局浮かぶのはいつも一言だけになる。

「ごめん」

自分勝手で、自分に酔ってて、自己満足でしかない言葉だと思う。恥ずかしさや居た堪れなさに目を開け、立ち上がる。

線香の煙が空に吸われるように立ち上っている。線香ってなんの意味があるんだろうな、と思う。少なくとも私のように「今更だけど何かしてあげたい」と思っている人間のために存在している訳じゃないのは確かだろう。

またくるわ、と呟いて、たんぽぽだけになった墓を後にする。今年も日焼け止めを忘れた。赤くなった腕。

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