150年の民営化を解消し、公営水道の再構築するニース(フランス)

この原稿は筆者が編集した「Our Public Water Future」(2015年4月)のフランス語版の一章であるOlivier Petitjean 氏による「Nice: building a public water company after 150 years of private management」を一部解説を加えた上で抄訳したものである。

2013年3月、フランスの第5番目の都市であるニースの市議会はその周辺の地方自治体とともに、公営水道に戻す決議をした。ニース都市圏(Metropolis Nice Côte d'Azur, 人口53万人)は49の市町村自治体で成り立ち、人口の70%がニース市(35万人)に住む。フランスでは民営水道が主流であり常にその是非を問う論争がある。パリ市などの象徴的な水道サービスの再公営化だけでなく近年多くの自治体が再公営化を果たしているとはいえ、保守政党が政権を握るニース市の決定は多くを驚かせた。特にヴェオリアの経営陣は「頭に冷水をかけられた」と発表したほどだ。フランス最大手のグローバル企業ヴェオリアは1864年にニース市水道が設立された当初から、上水道の運営を担ってきた。下水道サービスは常に公営である。つまりニースの上水道は約150年の間、常に民営であった。最新のヴェオリアとの契約書は1952年に結ばれ、改正を加えながら何度か再更新された。

2013年6月に新しく公営水道公社Eau d’Azur が設立された。2014年9月にはニース市に先立って、海辺の自治体であるボーリュー、カップ=ダイユ、エズ、ビルフランシュがEau d’Azur に加わった。ニース市が加わったのは2015年2月である。ニース都市圏に属する自治体で公営を維持してきたものは2015年1月にEau d’Azur に加わった。現在、49の市町村自治体のうち33が公営水道公社Eau d’Azur に統合され、人口の80%がEau d’Azur のサービスを受けるに至っている。

詳細を見ると、ニース市の再公営化はそれほど驚きではないことがわかる。市議会は過去何度もヴェオリアの水道運営のパフォーマンスの外部監査を行っている。その成果として2009年から2013年は連続して水道料金の値下げ交渉に成功した。ニース都市圏自治体のサンタンドレ、ファリコン、トリニテはヴェオリアとの契約を再更新せず、2008年に先駆けて再公営化をしている。また近年、ニース市議会は一旦は民営化した市内公共交通システム、学校給食サービス、スイミングプール、ジャズフェスティバル、農産品市場を再公営化させた。

フランスでは水道サービスの再公営化は、左派政権が牽引することが多いと思われているが、ニース市と周辺自治体を見ると政治的な立場に関わらず再公営化を選択していると言える。再公営化を果たした他の自治体とはやや違い、ニースの再公営化の主要な役割を担った政治家たち(ニース市副市長、ニース都市圏議長、Eau d’Azur 議長、上下水道・エネルギー委員会議長)は、再公営化の決定は「政治的な選択」であるとしているものの、民営か公営かの一般的な論争に明確な立場を示していない。彼らの公式な発表は常に民間企業の役割について、公営企業とともに歩む存在をして言及している。

ニース都市圏
ニースが再公営化に踏み切った最大の理由は、ニース都市圏全体の「領域内の連帯」を可能にするためである。2010年の法改正により、フランスの主要都市は都市圏 (metropolitan area/métropole)を形成し、公共サービス提供の統一、広域化が可能となった。ニース・コート・ダジュール都市圏(以下ニース都市圏)は2012年1月に設立されたフランスで最初の都市圏である。ニース都市圏は南アルプスの最南部のメルカントゥール国立公園からニース市を含めた地中海沿いの自治体を含む、非常に多様な地理的な特徴を持つ。冬のアルプスのスキーリゾートから、ニース市などの地中海のシーリゾートを含む。その間には比較的高い標高の村々が点在し、地理的には80%が山間地域であ。アルプスに発して南流し地中海に注ぐバール川の2つの支流がニース都市圏の水源である。つまり都市圏は水域と地理的に一致している。このような独特な地理条件の下で、ニースの都市部と山間部の町、村には歴史的に強いつながりがある。歴史的に都市部と山間部の行き来はバール川の支流沿いであり、水域と重なるニース都市圏が広域化と再公営化を同時に進行させているのは、興味深い。

ニース都市圏議会によると、再公営化に舵を切った最大の理由は、上記のような規模も地理も多様性に富んだ地域で民営水道では対応しきれないというものだ。かつてニース都市圏内の市町村自治体がそれぞれ民間企業の契約を結んでいたが、民間企業がニース都市圏全体の連帯に貢献することは望めないし、ニース都市圏自治体間の人的、財的資源を調整、共有、蓄積することはできない。民間企業が広域的に水道サービスを提供することは、社会的にも文化的にも受け入れない事情もあった。山間部の自治体の中には地元密着の公営水道への思い入れがある。公営企業Eau d’Azur による広域的な水道サービスでさえ、「街の人たち」がやってきて水道を現代化し、効率化のための水道メーターを導入するといった変化に懐疑的な住民がたくさん存在する。このような人々にとって「民営化」は論外の選択肢である。

水道価格と投資計画
広域化にも関係するが、再公営化のもう一つの動機は、域内の水道サービスにおいて公的なコントロールを強めようする政治的な意思で、これは水道サービス価格にも関係する。市議会は、民間企業が水道サービスの利潤を株主に還元するのとは対称に、公営水道公社による利潤を水道インフラの維持、発展、水道サービスの向上に当てたいと考えた。事実ニース都市圏はいくつかの深刻な課題を抱えている。一つは水道の安定供給だ。世界有数のリゾート地であるニースは夏期には人口が倍増するのだ。夏の降水量が少ない時期のリスクを減らすために、水道公社は水道管の漏水率を下げること、水源の保全を柱とした政策を立てた。高い漏水率は山間部で特に問題で、場所によっては水道管が100年を越えている。従って、投資プログラムは、各世帯の水道メーターの導入、鉛の水道管の撤去、山間部の村の下水道処理施設の新設や近代化に向けられた。公営水道公社は上記の課題を解決するための水道システム近代化に着手したのだ。

ニース市が再公営化した際、市長は象徴的な意味も込めて水道料金の値下げを発表したが、結果的には一定規模の水道システムへの再投資を可能とするために、料金は据え置きとした。とはいえ、新しい水道料金体系が導入されたため、水道使用量が一番少ない2つの料金体系(年間使用量がそれぞれ60と120立方メートル)の世帯は料金が約30%低下した。一方で、大型ユーザー(ホテルや世帯別水道メーターを持たない集合住宅:ニース都市圏で12%がこのカテゴリーに属する)の料金は少し上がった。水道料金収入は民営化時から変わっていないわけだが、水道システムへの投資は民営化時と比べて2倍になったのである。水道公社は過去5年間で105億ユーロを投資した。年間投資額は平均して21億ユーロである。公営企業Eau d’Azur の当面の課題はニース都市圏でサービスの質を均等にするべく標準化を図ることである。
当然のことながら山間地域へのサービス提供は都市部よりも困難である。しかしながら時に困難な課題は新しいアイディアを生み出す。海抜220メートル地点にある浄水場に送水に水力発電タービンを導入した。公営企業は原水を摂取する場所に水力発電所を建設することも計画している。これらの措置によって、Eau d’Azur はエネルギー供給量が使用量を上回ることを目指している。

公営への移行はスムーズに行ったのか?
ニースの再公営化はフランスの他の都市と比べて比較的スムーズであったと言える。市議会は議会の場で民営化の是非については議論しないことを選んだ。またパリ市の経験に学び、かつてのサービス供給企業ヴェオリアとは移行期間として2016年までの一時的契約を結んだ。一番の課題は水道利用者マネジメントのソフトウェアであるが、これについてはヴェオリアと2年間の契約を結ぶことによってヴェオリアの中央購入部のデータにアクセスする権利を得た。この契約で公営企業Eau d’Azur は優先的な価格でデータにアクセスできただけでなく、数百に及ぶであろう公共入札の過程を省略できた。Eau d’Azurの経営陣によるとヴェオリアは再公営化の過程を邪魔することもなく追従的であった。市議会が決定した以上他になす術なしとの判断とも思えるが、一時的な契約が終了したあとも、Eau d’Azur はヴェオリアに一部サービスをアウトソースしてくれるかもしれないとの期待があるのかもしれない。ヴェオリアの期待に反し、Eau d’Azurは2017年以降、100%公営を貫く予定である。

民間企業から公営公社への従業員の移行は困難、抵抗、複雑さを伴うことが常であるが、ニースについていえば比較的平穏に行われた。再公営化は否応なく雇用保証、条件、環境、新しい組織での仕事内容において不確かさを被雇用者にもたらすので、被雇用者の抵抗に合うことが多々ある。民間企業から公営企業への被雇用者の移行を規定する明確な法律が存在しないことも、被雇用者の不安を増幅する背景にある。ニース市議会は再公営化の過程の一番はじめから従業員とコミュニケーションを取ることで、不確かさや情報の欠如に起因する対立を避けることができた。民間企業から公営企業への移行において、労使間の団体交渉のテーブルを最初から作った。また平行して労働者代表団と2年間に渡り週に一度の会議を行うことで、労働者代表団が新設される公営企業Eau d’Azur の組織決定に関与できた。当時ヴェオリアはリストラの一環として労働者解雇を行っており、この環境はヴェオリアの従業員の公営企業Eau d’Azur への移行を容易にした。

現在ニース都市圏の16の市町村自治体は、契約満了期限に至っていないため民営契約を保持している。Eau d’Azur供給地域に囲まれたいくつかの自治体は2017年の民間契約満了時にEau d’Azur に加入すると予測される。ところがいくつかの海岸沿いの自治体は、水源を異にし水道システムも別個のため、これらの自治体がEau d’Azur に参加するかはまったく未知数である。

公営水道事業体間の協力と連帯
ニースの再公営化が興味深いのは、このプロセスにおいて近年再公営化した公営水道事業体との間で、情報の共有や協力関係が進行しているからだ。2010年に設立されたパリ市の水道公社Eau de Paris はニースの水道公社Eau d’Azur のモデルとなった。ニースはパリで何がうまく行き、何がうまく行かなかったのか、学ぶことができた。具体的にニースがパリから学んだことに一つは、水道公社が市議会と長期的なパフォーマンス契約を結ぶという手法だ。これはサービス向上だけでなく公社の透明性や説明責任を明確にする。またパリ市がそうしたようにEau d’Azur も水道水を質の高い飲料水として、ペットボトル水に対抗する「ブランド」化を図った。事実、ニース都市圏はアルプスの山々の水は川にそそぎ、幸い水源を汚染する近代農業や産業は限られているため、質の高い水道水を低価格で提供できるのだ。

一方で、Eau d’Azur はパリの Eau de Parisに比べて市民の参画や参加型統治には力を入れていない。広域水道のため、各市町村長や議会間の調整や結束に力が入っているようだ。再公営化を果たした都市レンヌやモンペリエは市民、住民の運動が市議会を動かしたが、ニースについてはそういった市民運動はなく、いわば市議会の政治的な決定であった。とはいえ、Eau d’Azur の意思決定機構である理事会にはニース大学の専門家、消費者協会の代表、労働者代表が参加している。

ニースの再公営化の成功、特に被雇用者のスムーズな移行と統合は、モンペリエなど他の都市からの注目を集めている。近年設立されたフランス公営水道事業者協会(France Eau Publique) は、公営水道事業者間の情報共有や支援において重要な役割を果たし始めている。Eau d’Azur も即座にフランス公営水道事業者協会に加盟した。グレンノーブル、ニース、パリ、モンペリエは、民間事業体とはっきりと一線を画し、また伝統的な公営企業よりも野心的な新世代公営水道企業としてフランス公営水道事業者協会の中でリーダーシップを発揮している。

Eau d’Azur のリーダーたちは、公営水道事業体間の協力を体系的に進めたいと思っている。例えば資源の共同購入は購入価格を下げることができるかもしれないし、水道利用者マネジメントのソフトウェアなどサービス提供の重要なツールを共同共有する可能性を探っている。公営水道事業体が民間企業に依存することなく独自のソフトウェアを開発、購入するため費用は膨大で、共同共有はその道を開くだろう。フランス公営水道事業者協会はこのような可能性を実現する重要な場として機能しはじめた。民営水道の歴史、蓄積、資産、影響が甚大なフランスで、公営水道事業体は協力と連帯によって次世代の公共水道サービスの実践する。いみじくも協力と連帯は公的セクターの基本的な倫理であり、競争と市場原理に貫かれた民間水道事業体との最大の違いであり強みなのである。


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