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本はオワコンなのか① 本の価格は安すぎる?

「本を読めば、人生が変わる」
「読書は、人生を変える」

とよく言われる。

あなたにとって、人生を変えるほどの影響を受けた本はどんなものだろうか?
本は、あなたの人生に何を与えてくれただろうか?

私は、決して本をたくさん読んできたわけではないけれど、本に救われることは多かった。

私と本の物語は、小学生時代に遡る。毎日が退屈で堪らなかった私を救ってくれたのは、地図帳と国語辞典、たくさんの漫画・物語だった。

そして、家族の問題や自分自身のアイデンティティに悩む大学時代に私の心の救いだったのは、いろいろな小説たち(当時は、吉本ばななと三島由紀夫が好きだった)。
そして、その後に出会った「インテグラル理論」関連の著作は、良くもわるくも、私の人生を大きく方向づけてくれた。

とはいえ、相変わらず生きづらさを抱えていた20代。
「やることなすことうまくいかない」と感じる日々に私を叱咤激励してくれたのは、ヴィクトール・フランクルが著書でのこしてくれた言葉だった。

手痛い失恋をしては、宮本輝の『錦繍』になぐさめられ、

母の急逝に際しては、エリザベス・キューブラロスの著作で立ち直った。
一連の著作をきっかけに「命を終えること」について、自分なりの物語を探究するきっかけを得たような気がしている。この探究は、たぶん死ぬまで続くだろう。

あなたにとっての「人生を変えた一冊」は?
どんなふうに本を関わってきましたか?

これを見た方、コソッとnoteやSNSで書いてみていただけたら嬉しいです。
(読みに行かせてください^^)

……という話に加えて、少し考えてみてほしいことがあるのです。

あなたの人生を変えた一冊は、いくらだっただろうか?

たとえば私の場合、大学時代に読んでいた小説は文庫本だったから数百円。
だいたい生ビール1杯分。

ケン・ウィルバーの著作は少し高いとはいえ、それでも3000円弱。
ニット1枚よりも安いかもしれない。

こうやって考えると、つくづく思うのです。

本、安すぎじゃない?

人生を変えるほどのインパクトを残してくれたものが、数百円〜3000円弱。

生ビールは、当然、飲んだら消えるし、
3000円弱のニットだと1シーズンで着捨てることだってあるだろう。

でも、本に書かれていた言葉は、今でも私たちのなかに残っている。
数十年の時を超えて、私たちの日々の言動のなかに智慧が息づいている。

本の耐用年数、すごくない!?と思うのです。

そう感じるのは、私が業界の中に長くいたからだろうか。
(ぜひみなさんのご意見を聞きたいです)

* * * * *

……というのは、以前から感じていたことだけど、
ここのところ、よりいっそう強く感じている。

「出版社をつくる」と宣言して2ヶ月。

着々と準備を進めてはいるのだけど、
「うーん、悩ましい……」
そう感じることがある。

その一つが、これだ。

本の価格が安すぎる!

たとえば、私が長年つくっていたビジネス書は「社会科学」関連の書籍に分類されるのだけど、社会科学関連の書籍の単価の推移は、以下のとおりだ。

出典:総務省統計局ホームページ 日本の統計2023-第26章 文化
「書籍新刊点数と平均価格」

1冊1600円程度。
なんと! 今、私が販売しているオーガニックヘナのほうが高いのです(ヘナの価格は、税込1980円)。

シンプルに
「売上げ=単価×数量」
という公式に当てはめると、出版社がベストセラーを狙う気持ちがよくわかる。

単価が低いのだから、部数をあげなければ、経営は成り立たない

たとえば1000万円の売上げをあげるためには、1700円の本を6000部ほど販売する必要がある。

とはいえ、1タイトルだけで何とかしようにも限界がある。

今、多くの出版社では初版部数が3000〜5000部程度で、初版を売り切ることができるものは1〜2割程度と言われる。

その結果、たくさんの種類の本を出すことで部数が伸びる可能性を高くし、経営を成り立たせようとする

これが、多くの出版社が取り組んでいることだ。

このスタイルは合理的で、正しいとは思うものの、私はそこに付いていけないと思うようになった。
詳しくは後日まとめるけれど、いちばんの問題は「資源」について。
エコロジカルな持続可能性を考えたとき、たとえ「数量」で稼ぐ必要があるとしても、無尽蔵に資源を使うことはできない。何より、コストだってかかってくる。

そうした問題があるなかで
「本の価格は、このままでいいだろうか?」
と、本に近いところにいる立場として、思わずにはいられない。

もちろん、価格が安いことには意義がある。
無理なく負担なく読める価格にすることで、機会の平等は確保することにつながるだろう。

とはいえ、それは先に挙げた「数量」によるカバーに加えて、「つくる側」の努力によって成り立っている。

「本を書くことは、社会貢献のようなものです。本を書くことで儲けようなんて思ったら、著者なんてできませんから」

以前、ある著者がこんなことを話していた。
そう、はっきり言うと、本はコスパが悪いのだ。

1冊の本を生み出すためには、かなり高度な知的な営みが必要となる。
でも、その結果として得られるリターンは、とても少ない。

著者が受け取る印税は、価格の10%程度。
1700円の本であれば、1冊売って170円。「夢の印税生活」なんてのは、ごく一部の限られた人の話なのです。

じゃあ、出版社がたくさん稼いでいるかというと、そんなことはない。

倒産件数自体は減っているけれど、

深刻な出版不況に打開策は見当たらない。抜本的な改善ができずに経営体力が疲弊した中小・零細規模の出版業者の倒産は、「出版は文化」の時代の終焉を示している。

というわけで。

こうしたファクトベースで考えていくと、出版よりも他の仕事に時間を費やしたほうがメリットが大きいのだ。

もちろん、著者にとっては、中長期的に考えると「本がもとで仕事が増えていく」という効果は期待できる。でも、それはかなり不確定要素が高いし、そこに至るまでの動線をデザインする力も試される。
そもそもが情報が溢れる時代。「本を出す→集客できる」とは、単純にはいかないだろう。

自分の考えが、時代を超えて、「形」として残っていく(ものとしての「本」の耐用年数は100年を超える)。空間を超えて読み継がれて、誰かの人生に大きな影響を与え、たすける可能性を秘めている。

本には、それだけの魅力がある。

とはいえ、それでも、本を生み出すことが、単なる「社会貢献」になってしまっては、本を生み出す側に回る人はごく一部に限られてしまう。
(シンプルにいえば、目下の日銭を稼ぐ必要がない人のものになってしまうかもしれない)。

さて、どうするかーー

というのが、目下の私の悩みです。

そして、一つの素朴な問いが「本の価格、安すぎじゃない?」なのだけど、どう思いますか?

悩みすぎて知恵熱が出そうなので、いったん思っていることを吐き出してみた。

だけど、書きながら「いや、本は高いでしょ」という反論の声が内側から湧いてきた(苦笑)。

本って、本当にオワコンなのだろうか。
これから何回かに分けて考えてみたい。

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