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槌の音

『節分』といえば昔から1番寒い日だと思い続けていた。子供時代を、亀岡盆地の山裾で過ごしたせいかもしれない。
愛宕おろしのからっ風が、ピューピューと唸りながら駆け抜ける。深い霧が吹き飛ばされたあとに顔を出す太陽は弱々しく、子供らの影も作らない。
 
節分の日の夕方にする厄払いの儀式は子供の役目であった。藁を束ねて縄を巻きバットの様に仕上げた槌を地面に叩きつけながら家いえを回る。その屋の厄を追い払うのだ。

『鬼はー外、福はーうち。亥の子のぼたもち祝いましょ。あっ、そーれっ!一つ、二つ、三つ、、、』
針を刺す様な冷たさの中に槌打つ子らの声が響き渡った。
『ご苦労さんやなぁ。ありがとうね』
竹の皮に包んだささやかな労いものをもらって廻っていく。
包みの中には、おはぎやさつまいも、砂糖醤油で焼き上げたかき餅などが入っていた。

夕食後、豆まきをすますと大人も子どもも広場に集まる。大焚き火に藁槌を燃やし、一年の息災を願うのが慣わしであった。

火は漆黒の闇の中で赤々燃え、輪になった人々を照らし出す。労いもののおやつを分け合い、皆で食べる。笑い、語らいしての楽しいひと時は、この時期特有の寒さとともに今も心に残っている。


去年の秋のことである。
『今年のハロウィンはスパイダーマンになって行きたいの。コスチューム作ってぇー』

東京に住む一年生の孫はそんな電話をしてきた。
ハロウィンは、十月三十日。
子どもらは思い思いに仮装して夕方から近所の家々を訪ねていくのだそうだ。
『ハッピーハロウィン!』
『ようこそ、ハッピー、ハロウィン』
大人たちはクッキーやキャンディーの入ったバスケットを用意して待ち、仮装した小さな訪問者に分け与えたくれるのだという。
『もらったものはみんなで分け合い、夜、家族と一緒に"お茶"するの、たのしいよ』と言う。


その日はカトリックの諸聖人を讃える日の前夜祭らしい。今やクリスマスが宗教と無関係に冬のイベントとして定着しつつある。ハロウィンもまた、商業ベースの波に乗りながら広がりを見せ始めているようだ。
時代の変化とともに形こそ違え、子供の心に残る楽しいイベントは今も変わりなくあるようだ。


(故里の節分はどうなっているのだろう?子供たちの打つ槌の音は、絶えて久しいのだろうなぁ、、、)心に漂う郷愁のなかで、
『たのしいよ』の一言が妙に嬉しい。

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