太陽にほえろ!とベートーヴェン田園
たしか中学生のころ。
なぜか強烈かつ鮮烈に覚えている場面があって。
それは懐かしの大ヒットTVドラマ「太陽にほえろ!」の中の一場面である(冷静に考えるとかなり変な題名だw)。
筋は忘れた。
その一場面しか覚えていない。
石原裕次郎(ボス)率いる捜査一係の面々が「誘拐犯からの電話が録音されたテープ」を聴いている場面である。
いつもの七曲署捜査第一係。
あのオフィスのあのボスの机の周りに、クセが強い刑事たちが集まっている。
そこで誘拐犯からのテープを何度も再生し、犯人がどこから電話をかけているかをみんなで推理していく。
犯人の声の背後にカチャカチャと音がする。
どうやら犯人は喫茶店の公衆電話から掛けているな。
そのとき、石原裕次郎演ずるボスが、犯人の声のうしろにかすかに音楽が流れていることに気がつくのである。
「これは・・・ベートーヴェンの田園だ。
電話をかけてきた時刻に『田園』をかけていた喫茶店をしらみつぶしに当たれ」
「はい!」
か、か、かっちょええ〜〜!
当時中学生で、クラシックにまだ疎かったボクは、「かすかにきこえてきた音だけで、ベートーヴェンの『田園』ってわかるボスのかっこよさ」に、なんじゃこりゃああああ、と、惚れたのである。
なんというか、その『大人の教養』に憧れたのだ。
うーわっ、かっちょええ!
教養があるって、すっげーかっちょええ!
なんか、こんな大人になりたい!
なりたいなりたいなりたい!
いま考えれば、『田園』のメロディ(特に第一楽章)は実にわかりやすく、超初級編と言ってもいいものである。ドラマでもたぶんそこが流れたのだと思う。
でも、そんなの聞いたことなかった中学生だったボクには、ボスはひたすらかっこよく見えたわけである。
ボクもああなりたいと心から思った。
ちょっと聞いて「あ、これはモーツァルトの交響曲○番ですね」とか「あぁマーラーの○番の第二楽章だね〜」とか、キザに言ってみたくて仕方なかった。
・・・薄いw
薄っぺらすぎるw
でもまぁ、若者のモチベーションなんて、そんなもんである。
「ちょっとした見栄」とか「かっこつけ」が、成長の糧になる。
だからその後のボクの「聴き方」は「有名曲から聴いていく」というものになった。
よくあるじゃないですか。
クラシックの有名曲のハイライトだけ集めたような(そしてそれを聞いたことがない楽団が演奏している)レコード。
そういうのを買ってきて、何度か聴いて有名フレーズを覚える、という、薄〜い聴き方から入っていったのであるw
ただ、それは結果的には悪くなかったと思う。
その後、有名な曲はだいたいわかるようになり、そのうち作曲家別に聴くことを覚え、大好きな交響曲や室内楽ができ、だんだんと指揮者やオケによって印象が違うことを知り、聴き比べをし、好きな指揮者ができ、と、少しずつクラシックという深い森に入っていった。
いま思うと、あの入り方は悪くなかった。
というか、ボクという人間に向いていた入り方だったのだろう。
結果的にクラシックの魅力を知る人生を歩めた。
というか、書いていて思ったんだけど。
もしかしたら、この「太陽にほえろ!」の一場面こそが、ボクの教養主義のスタートラインだったのかもしれないな。
知っていることはかっちょええこと。
知っていることを日常生活の中で応用できることはものすごくかっちょええこと。
それが氷山の一角みたいにチラリと見える瞬間ほどかっちょええことはないこと。
あの一場面のかっちょよさに「なんじゃこりゃああああ」と松田優作ばりに打ち震えたあの衝撃が、その後ボクの中に、ある種の「呪い」として残り続けた気がする。
この「呪い」は、その後のボクの生き方をずいぶんと縛り付けたと思う。
クラシックに限らず、音楽全般を教養として知ろうとした。
本も、ベストセラーを読んで楽しむという読み方ではなくて、「まず読んでおかないといけない本から読もう」というスタンスで古典から読みまくった。
映画も、いま流行っている映画より優先的に「絶対に観ておかないといけない古典」とかからこまめに観ていった。
そしていま、そうやってリベラルアーツ系をいろいろ知っていく中で、美術方面の知識が足りないと実感しているので、しこしこ毎日勉強している。
そういう、いわゆる「教養があることはかっちょええこと」と自分に呪いをかけたことで、いろんなことを広範に知ることを楽しむ生き方になったのだと思う。
そして、あれから45年くらいか、結果的にとても楽しく生きてこられた。
・・・すごいな、「太陽にほえろ!」w
そして、「制作」ってすごいな。
あの、きっと脚本書いたり映像制作したりした人たちも覚えていないような小さな場面が、ヒトの人生に大きく影響を与える。
俳優以外の方は名前もわからないけど、あの時、かっちょええ場面を撮ってくれた方々、本当にありがとう。
教養人生、楽しいっす。
古めの喫茶店(ただし禁煙)で文章を書くのが好きです。いただいたサポートは美味しいコーヒー代に使わせていただき、ゆっくりと文章を練りたいと思います。ありがとうございます。