無垢のいろ

薬缶の音はひっきりなしに
耳を苛立たせる

出立が近づいているせいだ

黒い厚底の靴に紐を通し
足を通し踏み鳴らし
目を閉じる


風が叩く 窓向こう
音無く降り落ちる無垢のいろ


熱く生臭くせりあがる息に
白い景色の中で脈打つ鼓動に
おれはけして
無垢な存在などには成りえないと

蝮の裔に産まれ落ちた
子どもなのだと


涙で贖えるものは何もない
涙に代わるものが 何もないように


後いくつの欲望を揃えれば
人間らしい幸福を願えるだろうか

後いくつの欲望を叶えれば
引き攣る傷跡を鎮められるだろうか


そうだおれは
春の土のように凍てついて
雪解けのように泥濘んでは
踏みしだくようにきみを汚す

警笛を鳴らしてくれ
じきに悪魔が迎えに来る

警笛を鳴らしてくれ
じきに人間だったことを
悔やむようになる


死神がおれを創り変えるまで
この胸に手を当てていてくれ

おれが死神のこめかみを撃ち抜くまで
人間だったことを忘れさせてくれ

聡明な言葉など凡て打ち砕いてくれ
無知を恥じずにいられるように


きみの頬の匂いを
まるで獣のように憶えている

首筋に指先に瞼の上に
ただ溢れて消える感情を
脹脛の間で暖められた足先を


かじかんだ指の内側から
刺すように焦れるように
どくどくと覚醒を促す痛みが
いつまでもおれを引き留める

叫び出す声は怒号で掻き消してくれ
涙でなにを贖おうとしたのか
骨ごと穿たれた罪人の断末魔を


窓を叩く風の音は
扉を叩き じきに
おれを呼び出す声に重なるだろう

この窓の外では
降り落ちるものだけが
変わらず無垢なんだ

きみの涙の跡に鼻先を添わせた
犬のように

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