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らぬき言葉

ら抜き言葉はダメみたいな話があります。
文法的に間違っているという指摘です。

一言でいうと「五段活用」の間違い。
ただ、間違いを誘発する原因に「可能表現と尊敬表現かの区別を付けるため」と推測することもできます。

「見られる」が正しいとされていますが、これを見て、「あれ?【見られる】だと尊敬っぽい感じがするなあ」と感じて、「じゃあ、出来ると同じで【見れる】だ!」と表現した結果というわけです。

正しく文法を理解していなくても、自分能力をつかって相手に考えをつたえようとおもう意志がそこにはあります。
「語彙だよ語彙!」というツッコミは、かなり上から目線でまとはずれかもしれません。もっとも、正誤に限定する主張には反論しようがないわけですが。

個人的には「どっちでもいいや」という感じです。
人生を決定するような文法正誤テストは、今後受ける機会はなさそうです。正しい文法を使えば想いが正しく伝わるわけでもありません。まあ、どれもありきたりの理由で恐縮です。

「見られる」「食べられる」に、尊敬のニュアンスを感じ取れるセンスって、良いなと思います。
「【食べられる】には何となく尊敬ぽいニュアンスに聞こえるなぁ。あーでも文法的には正解なんだ。書くべきか。いやここは正しくいこう!」とか、うだうだ考えずに「食べれるでいいじゃん?」と言える潔さが羨ましい。

正しさというのは、「多くの人に有力と思われた、とある根拠に基づく1つの意見」でしかありません。
「文法的に正しいから」以外の理由で選ぶ言葉にも、意味はあると思う次第です。

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