こくごのじかん! 2

8
 調子良く書いていたら、大体三分の一くらいのところまで終わった。それもこれも、何事もなくプロット通りに進んでくれたの話だが。
 だがまあ三日で書き終わらせるところの三分の一をということは今日の分は終わったとも取れる。
 一応順調だろうと思い、顔を上げ時刻を確認すると時計の針は七と八の間を指していた。
「やば……もうすぐ夕食か……」
 この宿では夕食に限らず、食事は大食堂で行う。まあ、大食堂とはいうものの大きさはさっき見たところ学校の教室1.2倍くらいのものだが。
さっきのおばさんの話によると出てくるものの配膳は各自で行わなければならないらしく、今日の当番は——。
「僕じゃね……? 」
 さっき引いたクジの結果に思いを馳せる。
 いやいや、そんな筈はない……よね。
 引いたくじにしっかりと「1日目」って書かれてたけど、あれは1日目という名の2日目のはずだ。
 やれやれ、僕としたことが。
 フッ、全くしょうがない奴だなー僕っていう人間は。
 こうなったらもう、頭をスッキリさせるために冷水シャワーでも浴びてくるしかないか。


「……で、夕食の時間を守らず、みんなが頂きますを待っている中、一人冷水を頭から浴びて、その上、水風呂に特攻して見事に風邪をひいたどこかの大馬鹿者さん? 言い訳はある? 」
 猫宮部長の吹雪にもまさる冷たい視線が降り注ぐ。
 ここは元々部長たちの部屋、つまり現僕の部屋。
 部屋の真ん中に布団が敷いてあり、そこで僕は倒れ込んでいる。
「ゴホッ、ゴホッ……ありません」
部長がため息をついた。
「なんというか、ここまで芸術的なまでの怒涛の不幸ラッシュは正直に言って誰も予想できないわね……むしろ奇跡と言えなくもないわね」
「それほどで……ゴホッ! 」
「褒めてないから。ほら、身体起こして」
「はいさ。了解しましたよー」
 ん?
 でもどうして起きる必要があるのだろうか?
「部長、僕起きる必要……っ! 」
 突然だった。
 部長の顔が僕の顔に近づいて、遂に息が掛かかる距離にまでなった!
(なっ、何やってんですか猫宮部長! )
「しっ! じっとする! 」
そして更に、部長の顔が近づいて——。

 ——額と額がぶつかった。

「うん。熱あるわね……ってあんたどんどん上がってってない? 」
 こんな至近距離に部長の顔あって顔が火照らない奴なんているもんか!
 そんな奴いたら来い!
 僕がぶっ飛ばしてやる!
「ん、三十七度八分……いや、五分ぐらいかな? うーん……いやでもな……七分くらいの気もしないでも——」
「あっあの、もういいですか……猫宮さん? 」
「動かない! もうちょっとだから」
「は、はいっ! 」
 そんなこんなでブツブツ呟くこと3分。
 やっとのことで僕は解放された。
「まっ、大体こんなもんでしょ」
 正直に言ってかなり頭が混乱して、その3分の間で呟いてた事一つも覚えていない。
 ただ分かるのはそのアバウトな結論に達するのに3分も人は時間をかけないということだけだ。
脳に栄養が足りてないのか、はたまた合宿という非日常にあてられたのか。
 まっ、まあ別に?
 ドキドキさせて貰ったというかしたとか?
そういう事を含めて考えたら別に悪いだけの物だけでもなかったというか何というか、はいごめんなさい、発言が危ない人ですね、どうもすみません。
「あれ、どうしたの納垣? 顔赤いけど……? 悪化した? 」
「……いやっ、そのっ、それは……って部長の方こそいきなり何するんですか! 」
「えっ、体温測っただけだけどって……あっ! 」
するとみるみるうちに、顔が赤くなった。
「ごっ、ごめんなさい。いつも家で熱出た時にやってたからつい……。別に他意はない……から……」
 横を向いて俯き頬が赤らんでいる。
 普通の人は逆なんだよな……順序が。
 やるとしても恥ずかしがりつつも上目遣いに(ここ重要)体温測っていいか聞いて照れながらも額と額を合わせて雑談するのが王道ってものでは?
 ところがどっこい、顔と顔を近づけて話したのは体温の話だけ。
 それも数分の差を見極めるためだけで、結果出てきた答えはすんごいアバウト。
 ある意味こうなった事こそ奇跡な気がする。
「もっ、もういいわ、取り敢えず今日のところは寝てていいから、早く体を治しなさい」
「部長……」
 そうか、僕は間違っていたのか。
 部長は本当は優しくて、他人を思いやれる人だったんだ。
 冷血漢で部員を苦しめるだけの予定を組む、ただの極悪非道人かと思ってたけど、それは僕の早とちりで思い違いだったんだ!
 猫宮部長、一生ついて行きます!
「残り2日で全部終わらせるためにもね」
覚悟しとけよ、と目の奥が言っていている。
「もう行くから! じゃっ、じゃあね……! 」
 しかし、勢いよく扉を開けようとするも、開くはずがない。
 入ってくるときに部長自身が鍵閉めたのを忘れてしまったのか、虚しくもドアノブをガチャガチャ回そうとしてる。
「なっ、何よこれ! 開かないじゃないの! え、え、え、ドア壊れちゃったの⁉︎ どうしよう⁉︎ わたし、ドア壊しちゃった! 」
 え……?
 気づいてないの?
 実は、意外と照れてたり……?
 それでもって、テンパってたり……?
「部長……それ、ゴホッ! 」
 助言を出そうとしたが、丁度その時にむせて少し喋れそうにない。
「納垣は今いいから! えっと、まずどこに電話すれば……そうだ、沙凉にって、携帯部屋に置いてきてた! どっ、どっどっ、どうしよう⁉︎ 壁叩いて救難信号送る⁉︎ あれっ! SOSのモールス信号ってテテンケ、テテンケ、テテンケテ、テンだっけ……って馬鹿! それだとまるで祭りの太鼓じゃないの! 」
 おお……華麗なる一人突っ込みだ。
 このまま変なテンションの部長を見ていたい気もするけど、むせたのも治ったし、いい加減部長も可哀想になってきたから、そろそろ真実を伝えるとしよう。
「部長それ、鍵掛かってるだけですよ」
「へっ? 」
 ジタバタが急に止まり、ゆっくりドアノブのロックを除きこむと火山が噴火しそうな程顔を真っ赤にして駆け足で出て行った。
「おっ……おっ、お邪魔しまふたーーー! 」
 最後に噛むことをしっかりと忘れずに。

 ばたりと部長が出てったきり閉ざされた部屋は耳がキーンとなるほど静かだった。
 もしかしたら部長たちが僕に気を使って静かにしてくれているのかもしれない。
 思えば合宿が始まってから、初めて一人になったかもしれない。
 いや、二回目か。さっきまで一人で書いてたわけだし。
 とは言ってもさっきはさっきで集中して書いてたもんだから、そこまで静寂に気にはならなかったが……。
 それ以前にまだ1日とたってはいない。
 それでも何だか——。
「何だか……妙な気分だよな」
 思えばあのメンバーで泊まりで合宿に来ているのだ。
 修学旅行は中学の時にも小学生の時にも行ったから、別段これが初めてという訳ではないが、過去の記憶を思い出せば出すほど、秩序というものが何なのかと思い知らされるような……。
 まあ、もちろん今も今でそこそこ楽しいし、秩序が少しばかりなくなる代わりに少し自由が許されたのも事実。
 そう考えると、今の状況もデメリットばかりでもないのだと思える。
「まあ……ゴホッ、ゴホッ、今はそんな事よりも早く寝て身体を治すのが先決か」
 その前に少し部屋が暑いのでエアコンをつけようかと考えたが、風邪を引いてる時にエアコンもどうなのだろうかと思い至り、窓を開けておくことに留めた。
 まあ、換気も必要だわな。
 のっそりと重たい体をダラダラ動かして窓が横に約3センチほど開いた瞬間。
「イャァァァァァァァァーーーーーわーーーーーーー‼︎‼︎ 」
「うわぁぁ! 」
 驚いて思わず勢いよく尻餅をついてしまった。
 もしかして窓の外は露天風呂だったのか!
 それもそれも、声からして女の人の声だったということは……!
 どうしよう……ここはちゃんと誠意と謝意を示すために相手の目を見て頭を下げた方がいいだろうか?
 いや?
 別に窓の外の景色見たいわけじゃないけど?
 ほら、不可抗力みたいな?
 いや、待てよ。
 よくよく思い出してみればこの宿、露天風呂ねぇじゃねぇか……。
 じゃあさっきの悲鳴は一体何なんだ?
 もしかして、殺人フラグでもたったか……。
 その答えが出る前に、廊下の方からドタドタと騒がしい音が聞こえる。
 全く……。
 やれやれだぜ。こんな夜に大きな音を立てるなんて露天風呂を除くより非常識だぜ。こんな事をする奴の気が知れな——。
 ドンドン!
「………………………………」
 頼むから待ってくれ。
 その間に頭の中を整理するから。
 うん、えーと、取り敢えずだけど今わかったこと。
 嫌な予感の3秒前、3、2、1、———
 ドンドンドドン! ガチャガチャ!
「なんで開かないのよ、納垣(という名の役立たず)! 」
「緊急事態よ、納垣(という名のトロい奴)! 」
「…………早くして納垣(という名の鈍い奴め、状況察してさっさと開けやがれ)! 」
 まあ、そりゃさっき自力で這いつくばって鍵閉めたからな。
 って、おい。
 問題はそこじゃないだろ。
 聞こえてないようにディスってんじゃねぇ。それに最後のやつは普通に罵倒してるだけだろ。
「さっき言ってた『明日までゆっくり寝てていいから』って言葉はどこに行ったんですか……ゴホッ? 」
 はっ! いかんいかん……僕としたことが。
 今ドアをなんやかんやしてる人たちと僕は一切関係が無いことにしたんだった。
 縁を切ったんだったな。
 たった今。
 僕たちの関係は現在進行形でもなければ未来形でもない。過去形のものだ。
   もしくは現在完了。
 そうだそうだ、きっとそうに違いない。
 多分外の人たちは部屋を間違えているんだよな。
「ゴホッ、ゴホッ…………失礼ですあなた様方のお部屋はお隣とお隣のお隣だったような気がしますが、部屋番号(と気)は確かでいらっしゃいますでしょうか? 」
 するとしばらくガサゴソと何かをしてると思ったら。
「…………ここに蝶番があります! 」
「オーケー、じゃあ最悪そこをやればいいのね」
 おい、軽々しくドアを破壊しようとしてんじゃねぇ。
 てか、フツーに無視された……。
 言っておいてなんだけど結構、心に響くな、これ……。
 やっぱりさっきのは大きな独り言でした、テヘペロ。
 なんつって。
 ガチャガチャ……ガチャ!
「あっ、開いた! 」
 おい、扉……。
 そこはもっと頑張れよ。
 というかトイレだけウォシュレットまで文明開花させといて、やっぱりもっと先にセキュリティ強化するとこあるだろ……。
 すると、入ってくるなり部屋の電気をつけて、皆んな示し合わせでもしたみたいに青ざめた表情で部屋の隅に固まった。
「これは一体何の騒ぎですか。赤の他人さん方? お化けでも出ました……ゴホッ……か? 」
 これもし、本当の赤の他人だったらコイツらとんでもないことにしでかしてるぞ。
 正気か?
 それになんか遠い目をして、畳の目の数を数えてるけど……。
「もしもーし、聞こえてますかー? 」
 そして聞こえていたら願わくば一刻も早くこの部屋から悪霊退散(幽霊だけに)して欲しいのだが。
「あれは——そんじゃそこいらの幽霊より……恐ろしいものなのよ」
 いや、今のあなたの顔の方がよっぽど怖いですよ、立花先輩?
 白い肌から益々血の気が引いて少し青みががっているのがここからでもよく分かる。
「はあ、一体全体何があったんだ真白って———⁉︎ 」
「……440、441、442、443、44——4⁉︎ …………これはもしや……私はもうだめだよ言うの? …………天はこの迷える羊を見放しなさったとでもいうの! 」
 …………。
 一つだけ言っていいかな?
 メッチャ面白い。
 ただもうちょっとこの寸劇を眺めていたいけど雰囲気でただ事ではないことを察したし、皆んなが黙々と畳の目を数えている絵面も不気味だからもうそろそろ何が起きたか知ってもいい頃だろう。
「部長、猫宮部長! 一体何があったのか説明して下さいよ」
「——そう、アレは今日みたいな蒸し暑い熱帯夜のことだった」
「…………私たちは先輩の部屋で楽しくトランプをしていたの」
「その時よ、悲劇が起きたのは——」
 ゴクリ。
 なんか変な冷や汗も出てきたし、背筋に悪寒がする。
 まさか———アレか⁉︎
「「「そう、ゴキブリよ……」」」
 ……………………
 …………
 ……
 まただけど一つ言っていいか……。

   それ、今日のことなんだぜ。

「寝る」
 あまりの下らなさに呆れてこのまま寝てしまおうかと思った。
「あっ、何その態度! こんなに怖い思いしたってのに! 」
「そうよそうよ、納垣はあんな地獄を千倍にしても生ぬるい経験を味わってないからそんなこと言えるのよ! 」
「…………私たちの千倍苦しめ」
 いや、お前ら側から見れば風邪ひいて倒れてる病人の部屋に三人推し入ってきた無粋な連中だからな!
 原稿サボってトランプしてるからだ!
 それと最後の一人は僕に何をさせる気だ!
「何言ってるのよ、(はっ、恥ずかしい思いをしてまで……)看病してあげたのに……」
「そうよ、元はといえば貴方の自業自得ね———って、ん? 初奈? なんか途中心の声が聞こえた気がしたんだけど……? 」
「なっ、何でもないからっ! 」
「はあ。そう……なの? 」
 必死に迫る部長に立花先輩がたじろいだ。
 中々珍しい光景だな——って、殺気を今さっき(殺気なだけに)感じたぞ……。
「…………その責任を私たちになすりつけるなんて、やる事がゴミ以下」
「うぐっ、事実なだけに反論できない……」
 あの……さっきから思ってたんだけど真白一人だけ口悪くない……?
「そういうことだから、この部屋少しの間、永久に占領するから」
この人、日本語の意味わかってらっしゃるだろうか?
 もし僕たちが無事にこの合宿を終えて帰れたとしたら、日本語検定を受けさせてみよう。
 それもこれも、命が持ったらの話だけど。
 でも、確かあれ一級レベルになると日本人でも解けないらしい。
 日本語、ムズカシィーネ!
「はぁ、事情は分かりましたけどそれならそれで  
真白の部屋に行けばいいじゃないですか? わざわざ病人のいる所に押しかけなくても……ゴホッ! あれ? そういえば言葉の姿が見えないですけど一緒じゃないんですか? 」
「それなのよね……問題は」
「どういうことですか立花先輩? 」
「言葉ちゃんね、真白ちゃんが私達の部屋にいるときに先にお風呂に入りに行ってまだ帰ってきてないのよ。入る前に声かけてきたからそれは分かってるのよ。それでコッチの部屋に来る前、一応ドアを確認したんだけど、案の定しっかり閉まってたから——」
「だからといって僕の方のドアを壊していいとは限りませんけどね……ゴホッ」
「そんな事はもういいでしょ! それにちゃんと元通りになったって事は、これは壊れたの部類に入らないのよ! 」
「それでこの場はどうすれば良いんですか……? 」
「そんなの決まってるじゃない」


「「「ここに泊まるのよ‼︎ 」」」


9
 もともとの僕の部屋は二人部屋だから、もうこの人数入ってる時点でここが僕の部屋ではなかった事が証明される。
 よって題意を満たす。
 Q.E.D.。
 別に証明されたからってどうこうなる訳では無いけど。
 つまり今僕たちが居るのは五人部屋ということで、布団はちゃんと五枚揃っている。
 それが意味することは……。
「デデン! 第一回チキチキ文芸部お泊まり会ーっ! 」
「いえ〜」
「…………いっ、いえー……」
「ほらどうしたの、真白ちゃんもっと沙凉を見習って元気と声を出して! 」
「……イェーイ」
「よろしい」
「全っ然『よろしい』、じゃねぇ! 」
 おい、なんでそこそんなに胸張ってタイトルコール出来るんだ?
 頭のネジがダース単位で抜けてるのか?
 するといきなり『恐怖⁉︎ 顔面蒼白女の謎に迫る! 』みたいな顔に豹変した部長が低い声で言う。
「ねえ——私たちは平和な世界で落ち着いて寝れて、あなたは罪なき迷える子羊を救える……これってウィンウィンじゃない? 」
 とこがだよ。
 これじゃあ神の名において侵略してるだけのただの野蛮人だよ。
 てか、野蛮人もびっくりだよ。
 ただ流石にそんな言葉を直接言える訳もないく、どうしたらこの想いが伝わってくれるだろうか?
 そうか、言っちゃいけないところを省けばいいのか。
「部長って野蛮人なんですね」
 ん?
 あれ?
 これってもしかしてのもしかしてだけど。
 省略する部分、間違えてね?
 いや、いや、そんなまさかは存在しないはずさ……!
 もしかしたら僕の耳がおかしいだけなのかもしれないな。
 もう、万が一の万が一で僕がうっかり言ってしまう可能性もなきにしもあらずって感じだけど、そんなミスを僕が侵すはずがないのは、誰であろう、この僕が良く知っている。
 暗記科目のケアレスミスだけで最大15問も間違えたこの僕が言うんだからこれはもう説得力の塊でしかない……筈なんだけど。
 なんでだろう……。
 部長が無言の圧力で右手に鋼辞苑を左手に六法全書を構えている……。
 これから僕……どうなっちゃうの!
「安心して納垣——」
 満面の(作り)笑みでこちらにゆっくりと確実に近づいてくる!
「——テメェがなるのはミンチだよー。ウフッ♡」
 やべえ。
 フツーにやべえ。
 それとあと一つ。
 最後の晩餐が抜きって、悲しくね?


(ザオリク……! あっ、なんか生き返った。部長、納垣復活したわよ)
 ん?
 なんか異世界の方に飛ばされて、世界に破壊と滅亡をもたらすとされる邪悪なる化身『ネコミーヤ』を倒す旅に出ていたような……?
 その途中で息絶えたような?
(ふぅー。まだ意識が曖昧みたい。この調子だとなんか壮大な冒険譚を語ってくれそうだけど……内容が内容だけに聞かせられないわね……この傷の上に更にアレをまた食らったら——)
(なんか言ったー、沙凉? )
(なんか言ってないから安心して頂戴)
 はっ!
 世界は……救われたのだろうか⁉︎
 僕はなりふり構わずに飛び起きた。
「おおっと、危ないわね。いきなり身体起こさないでよ」
「あなたは……たしかドS神官のサスーズですか⁉︎ 勝ったのですか、あの血で血を洗う戦いを! 世界は救われたのですね……よかった」
「落ち着きなさい」
 パシッと頭を叩かれたが、それもまた一興。これが戦が終わったことによる心の余裕か。
「それにしてもサスーズ、あなたが他人の傷を手放しで治すなんて珍しいこともあるものですね。いつもは傷ついた仲間にでさえ土下座させて靴を舐めなければ最低限の処置すらしてくれいあなたが。これも勝者の余裕ですか。ハッハッハ! 」
「………………もっと強く叩くべき」
 あれ?
 その聞き覚えのある声。
 やけにツンケンした台詞。
 えっ……嘘だろ……!
「その声は——マシュロンちゃん! 蘇ったのか! 」
「…………? 」
 彼女は戸惑ったように自分の事かと確認するかの様に自分の顔に指を向けたが、そんなのはどうでもいい!
 その小さな背格好!
 独特の喋り方!
 間違いなくマシュロンちゃんだ!
 強いて言うなら……背がまた縮んだか?
「…………何言ってるのコイツ? 私は真し——! 」
 言葉の途中だった。
 だが、もう我慢できない……!
 猛スピードで近づいては手を掴んでブンブン振り回した。
「……えっ? え、え、え、え、え? えっ、え、え? えーーーーーーー⁉︎ ……い、い、い、い、一体、何が起きてるの⁉︎ 」
「良かったぁぁぁぁぁぁーーーー‼︎ 生きてたのかよ! だったら、そうって早く言ってくれよな! 僕たちメチャクチャ心配したんだからな! お前、始まりの村で川に流されたっきりどこ行ってたんだよ〜、お前って奴は! びっくりしたんだからな川遊びするって言うから付いてやって、少し目を離した隙に水深3センチのところで流されやがってコノヤロ〜! 」
「グワングワン……グワングワン——」
「あっ、あのー、盛り上がってるところ悪いけど……手、振りすぎで真白ちゃん、目を回してるのよ……」
「てか、水深3センチでよく流させるよな! お前の体重どんだけ軽いの!
てか、それ以前に前より身長縮んだ? 」
次の瞬間、僕は壁に叩きつけられていた。
「縮んでなんかないっ! 」


 パン、パン、スパーン!
「…………おい起きろ、小僧……」
 強烈な頬の痛みで覚醒した。
 あれ、僕何やってんだっけ?
「えっとー……質問いいかな、真白? 」
「……何」
「何で僕は真白に壁に張り倒されて、更に真白にビンタされた挙句に、真白から顎をグイッと、うへにもひあへはへはふんは(上に持ち上げられてるんだ)? 」
「……無かった事にするつもり? 」
「いや、それ以前に何があったか覚えてない……ってちょ、タンマタンマ! ホントだからマジで信じてお願い! だから圧かけるように徐々に近づいてこないで、ねっ? 」
 だめだ。
 聞き入れそうにない。
 こうなったら奥の手を使うしか……!
「……覚悟して死ぬことね」
 魔の手ならぬ真の手が忍び寄り、僕のこめかみを破壊する前に、僕は一か八かの大勝負に出た。
「———好きなお菓子買ってあげるから! 」
 真白の手がピタッ、と止まった。
 どうやら頭の中で天秤にかけているらしい。
 お願いだ。
 頼む!
 神よ、哀れなこの子羊めに、一筋の光を!
「……って、私は連れ去られる幼稚園児か‼︎ 」
スパコーン!、と放たれた(小さな)拳は見事に  
 僕の鳩尾に入った。


10
 あの後、殴られたにもかかわらず、僕が好きなお菓子を買うことで話はついた。
 なんだか、理不尽な目に遭っている気もするが……あの心の底から嬉しそうなホクホク顔の真白も珍しい。
 まあ、たまにはいいか……な?
 それ以前に、壁に叩きつけられてた経緯がよくわからないけれど。
 人生は諦めた者勝ちということを早くも知ってしまった僕の薄汚れた心ではもうどうしようもできない。
 素直に引き下がるとしよう。
 そうしてる間にもほら、なんか始まってるし。
「ババン! さて、お泊り大会とは言っても何をするのでしょうか! はい、沙凉! 」
「怖い話ね」
「もちろん! 次、真白ちゃんいってみよ〜」
「……えっと、枕投げ? 」
「いいわねー、じゃあここまでいい流れだから最後、この調子で納垣よろしく! 」
「寝る」
「そうそう、それそれ……って、ん? あれ、今なんて? 」
「だから寝るって言ってるんですよ。修学旅行でも早寝早起きは基本でしょ? 」
すると急に三人が宇宙人でも見るかのような目で見てきた。
「もしかしてだけど、納垣って友達いないの? それとも、自分で友達と思ってる人は実は友達じゃなかったり? 」
「修学旅行で徹夜は常識よ? 寝る奴なんて初めて見た……」
「…………そんなんだから頭の発達が良くない」  
 おい。
 何故、寝るだけでここまで言われなくちゃならないんだ?
 人間の三代欲求って知ってるか?
「おいおい、特に最後の奴。寝ない方が発育に言っとくけど悪いからな」
 それにしても意外だ。
 真白が意外と宵っ張りなのは少しイメージがつかない。
 どちらかといえば8時には眠くなって9時には絶対に寝付いてて、翌朝7時ぐらいに起きてきそうな見た目なのに。
「……おいこら、誰の見た目が小学校低学年だ」
寝転んでいたところ、胸ぐらを掴まれ強制的に起こされ、腕を前後にグワングワン。
「なんでお前俺の心の中読んでるの⁉︎
てか、なんで読めてるの⁉︎ 」
 ってか、まだそこまで思ってもない。
 最近この娘が怖すぎる。
 特に発言が。
 日本三大幽霊、貞子、伽倻子、真白……。
 ……………………
 …………
 ……
 合ってるかも。
「誰が貞子よ! 」
「誰が伽倻子なのかしら? 」
「お前ら心の中を読むんだったらもっとしっかり最後まで読みやがれ! 」
 なんで一部あってて、一部深読みし過ぎるのか、これは今世紀最大の謎なのかもしれない。
部長と沙凉さんも一緒になって両サイドから肩をポンと叩かれた。
「覚悟、して頂戴♡」
「どこにも逃さないわよ」
 その時——。
 バタン!
「ミナサン、ナニシテルンデスカ? 」
振り返ると……そこには——。
ぼとりと洗面用具を入れた袋を落とし、この世から一片の希望もなくなってしまったかのような、ただただ無機質な無表情の——桜木言葉さんがいた……。
「納垣クン……破廉恥ナコトシタライケマセンヨネ……」
「一体なんで、この状況で僕のみを指して断罪するのか……っておい! お前ら、何ごとも無かったかのように、トランプで遊び始めるな! 」
 すると山札を切って配り終わった部長が顔を上げ答えた。
 仕事早いなコイツ。
「なによ、合宿の夜と言えばトランプに決まってるじゃない。不満? もしかしてバトルシープ派なの? 」
「そうそう、二人に分かれて駒を置いていって陣地を広げた方の勝ちって言うあのバトフシープ——って違うから! 僕が言いたいのはそれじゃないから! てか、そんなマイナーなゲームよく知ってんな! 」
 ガシッと肩を掴まれた。
「納垣くん……事情をまだ聞いてませんよ」
 前門の部長、後門の言葉。
 八方塞がりもいいところだ。
 いや、四面楚歌か?


「はあ、状況はわかりましたけど……」
 かくかくしかじか、今までに起こった出来事を神に祈るように吐き出したところ伝わってくれたようだ。
 やっぱり話のわかる言葉さんはあいつらとは格が違うな。
「良かったよ、話が分かってくれて。これで僕の身の潔白は証明されたと思っていいんだよな? 」
 というかそもそも何の潔白なのか。
 言葉の目にはアレがイチャコラしてるようにでも見えたのだろうか?
「うーん……そうですね。聞いた限りでは確かに無罪なんですけど……」
 いや、そこ悩むところじゃないから。
 というか悩まれた結果有罪とかなっても困るだけだし。
(ですがやっぱり、有罪にしてあれやこれやをするのもいい気がしますし、……どうしましょう⁉︎ )
 何か今、不穏な空気を感じた。
「あの……言葉さ——」
「———-やっぱり変えます! 」
 あーあ。
 察した。
「やっぱり有罪です! 」
 高らかに宣言された。
 言っとくけど、そんなめでたいことじゃないからね、コレ。
「なので貴方に罰を課します! 」
 果たしてその罪とはなんなのか。


「——私も、混ぜて下さい」


 首を少し傾げて満面かつ本物の笑いで言ってのけた。
 ……………………
 …………
 ……
 可愛すぎだろ。


 そんな罰なら何百回でもやってやろうと、むしろこっちが乗り気だったのは言うまでもない。
 もちろん最低限の慎みは守ったつもりだけど。
 ようやく——というか、いつもならこれが普通なのだが、これで全員集合した。
 これからが本番ってやつだろう。
「じゃあ、言葉も来たことだし仕切り直してもう一回、今度は全員で合いの手よろしく! ……行くよ! 」
 皆んなが頷く。

「チキチキ、朝まで徹夜何日続けられる? 文集作成合戦〜! 」

「へ? 」
「は? 」
「……ん? 」
「えっ? 」
 皆んなが皆、目を点にしている。
 そうかそうか、僕は勘違いしていたのか。
 つまりアレなわけだ。
「みんな合いの手入れてよ、せっかく盛り上がったんだからさ」
「初奈……それって本気なの……? 」
「当然とーちゃん、100パーセントこの通り本気」
 つまり、今回は合宿ではなく、修行の時間という訳か。

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