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本をつくる: 職人が手でつくる谷川俊太郎詩集

「紙の本」に対する、あこがれ。

私は、子供の頃から「本」に対する憧れが強かった。図書館にあった豪華な装丁の本は「お宝」のように見えた。大人になったら、天井まで届くような高く広い本棚を壁一面に設置して、好きな本をずらりと並べよう。その前に寝転がって、よし今日はあの棚の本を一気に読んでみるか、などと考えて過ごそう。そんなことを夢想する「よくわからない」子供だった。

ここ数年、少しずつ古書を買うようになったのも、子供のころの読書体験からきているものだと思う。買ってきた本を机の上に置き、古い本の香りを感じながら、この書体はいいなあ、などとページをめくる。いい年齢の大人が、ニヤニヤしながら古い本を眺めている様子は確かにアレだと思うのだけど、遠出をする度に古本屋に立ち寄ってしまう。おいしいものを食べるより、パンとコーヒーで済ませて本を買ってしまう。

そんな私には、紙選びから始め、フォントを吟味し、きっちりと組み、活版印刷でイメージ通りの本を作るという夢がある。図書室を設計し、本好きの人が集まる場を作りたいという夢もある。いや「夢」と書くと、だいぶ遠く実現への可能性が低くなるような印象になるので「目標」と書き直そう。今は無理かもしれないが、近い将来にはきっと作るのだ。そう僕は、本を読むことと同じくらいに、本を手にすることが好きなのだと思う。

本をつくる: 職人が手でつくる谷川俊太郎詩集

本書は、詩人の谷川俊太郎氏の本を「文字からつくり、活版印刷し、手作業で製本する」という企画を解説した本である。

一篇の詩のために書体設計士が文字をつくり、詩人が言葉を紡ぎ、それを組版工が組んで活版印刷し、製本職人が手作業で仕上げる。そんな、人の手による本づくりの過程を追いかけた記録である。(はじめにより一部抜粋)

本書の中で、初代設計士の鳥海氏が、試作した3種類の文字を持って谷川さんにプレゼンする場面がある。私は、まるで自分がプレゼンに挑んでいる時のような緊張感で「谷川さんはどのような基準で、文字を選ぶのだろう」と考えながら読み進めた。谷川さんの答えは、意外なものだった。

僕は詩人ですから、詩を書くところまでが仕事。それをどんな書体を使ってどんな装丁の本にするかは、いつも編集者やデザイナーに委ねています。(三つの試作より一部抜粋)
しかし、あえてどの文字が好みかと聞かれればC案です。(同上)

私は、谷川さんが「もう少しここが太い方がいい。この部分は、こうした方がいいのでは?」と、細やかに自分の意見を述べられるのではないか、と想像していた。しかし実際は「ここからはデザイナーの仕事」と相手に委ねてしまう。しかし、ただ突き放すのではなく「好み」という言葉で意思を伝えている。

このやりとりの場面を読めただけでも、この本を手に取って良かった、と私は思った。繊細な、そして、きびしくも信頼感でつながる世界を、少しだけ覗かせていただけたような気分になったのだった。

そして、ここから「組版・活版印刷」「製本」と作業が進行していく。職人のみなさんが一冊の本に経験と知識を集中させていく、貴重な過程を追っていくことができるので、興味を持たれた方はぜひ読んでいただきたい。おすすめです。ちなみに私は、本書を読んで「本」が、ますます好きになった。そして自分に与えられた仕事を「しっかりやろう。がんばろう」と、気を引き締めたのでした。


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