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空っぽの四角い冷蔵庫

大学生の頃の話。大学に合格した僕は、春から一人暮らしを始めることになった。それまで実家で生活をしていて、食事も洗濯も生活にかかわる事は家族任せだった自分が、何の準備もせずに一人暮らしを始めたわけで(もちろん、それを望んだのは僕自身であるわけだけど)今考えると、なかなか乱暴な話だと思う。

その時住んでいたワンルームマンションには、小さな四角形の簡易的な冷蔵庫が備え付けられていた。冷蔵庫の中には当然何も入っていない。空っぽの冷蔵庫を見ていると何となく寂しくなってくるので、とりあえず近所のスーパーに買い物に行って詰め込むことにした。

まず最初にカゴに入れたのは、牛乳とパンとマーガリンと卵。そしてインスタントコーヒーだった。朝にパンを焼いて卵焼きを作ってカフェオレを飲めば、なんとか格好がつくような気がしたからだ。

一人暮らしの始まり、を告げる音

つぎに、何か体に良さそうなものを買っておこうと考えた。なじみのないスーパーの店内をぎこちなく一周してから、ヨーグルトを買うことにした。ヨーグルトなら気軽に食べられるし、これから食生活が乱れがちになるという確信があったので、腸のためにも用意しておこうと考えたのだった。

野菜も食べた方がいい、ということは理解していたが、ヨーグルトでビフィズス菌とかいうヤツを摂取しておけば、野菜を食べなくても大丈夫のような気がしたので一石二鳥だと思った。実際は野菜とビフィズス菌は別のものなのだが、そう思い込んでいたのである。

「若さというものは、勘違いと思い込みで形成されている」という格言があるが……、いや存在しない。今僕が勝手に作った言葉なのだが、つまりそういうことだと思う。勘違いで、なぜかうまいこと乗り越えてしまうのが不可思議でもあり人生の妙なのではないかと思う。

買い物を済ませスーパーから戻った僕は、「それ」らを冷蔵庫の中に入れた。小さな四角形の空間に生活の気配が漂った。スイッチをONの位置に回した。ブーンという静かな音がした。一人暮らしの時間が始まったような気がした。

習慣が定番となり、ささやかなルールになる

あれから二十年ほどの時間が過ぎた。今でも僕は、仕事が深夜まで続き、小腹が空いた時にはヨーグルトを食べる。バナナを小さく切ったものに、ヨーグルトをのせ、その上にブルーベリーかマンゴーのジャムをかけて食べる。どんなに夜の深い時間だったとしても、この組み合わせならば罪悪感を感じない。むしろ「健康にいいことをしているのだ」という気分にすらなる。

たぶんこの習慣と定番メニューは、これからもずっと続いていくと思う。バナナが他の果物になり、マンゴーが他のジャムに変化し、時にはシンプルにオリーブオイルを垂らしてみたりしながら(←おいしいですよ)ちょっとした工夫を続けていくことだろう。深夜にヨーグルト+αは、思い入れがたくさん詰まった、自分だけの「人生をたのしむ、ささやかなルール」なのかもしれない。


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