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「ファミリーナ」6場

#6 山田荘の日曜日夜9時

     織部・美奈子・仙道で話。春奈、早戸と横山は台所で物色してい
     る。坂本、階段からこっそり盗み聞き

仙道  「しかし美奈子ちゃんが結婚かあ。早いもんだなぁ」
美奈子 「まだ許してもらえてないんですねどね」
仙道  「そうか。結婚したら親父さん、どうするつもりなんだ」
美奈子 「できれば一緒に住んでもらおうと思ってるんです」
仙道  「どこに?ここはどうするの?」
美奈子 「…まだそこまでは」
織部  「今はそれどころじゃねえってことぐらい分からないのか」
仙道  「でも美奈子ちゃんがそう望んでいること親父さんは絶対嬉しいは
     ずだ。心配しないで」
織部  「お前また勝手なことすると怒られるぞ」
仙道  「時間って言うのは決して巻き戻らない、前へしか進んでいかない
     んですよ。あの壊れた時計をこれからも後生大事にしてればいい
     って、そう思ってるんですか?空手だってそうです」
織部  「…それはお前が成功したから言えるんだ」
仙道  「違う…それは違うな…」
織部  「……」
美奈子 「何の話ですか」
仙道  「いや、ごめん。実はここを取り壊してね…」
坂本  「取り壊し?うわわわ――――。(階段を下りたら壊れて)やっち
     ゃった…」
美奈子 「もう!!坂もッちゃん」
織部  「大丈夫か」
坂本  「いや。僕が悪いわけじゃないんでございますよ。偶発的な事故と
     いうか…宝くじ!宝くじに当たったみたいなもんなんですよ。だ
     って僕じゃなくても絶対穴開けてましたもん」
備瀬  「それって自己弁護?」
坂本  「すいません。あっ!血、出てる!血!」
仙道  「大丈夫だよ。ここは直さなくて大丈夫」
坂本  「お知り合いですか?」
仙道  「まあそんな感じ」
坂本  「あれ?僕、どっかで会ったことあるような気がするんですけ
     ど…」
仙道  「そうかなあ。はじめましてだと思うよ」

     織部、仙道の写真と記事が載った週刊誌を坂本に見せる

坂本  「あ!!え!!うそ!!仙道社長ですか?」
仙道  「ええ。まあ」
備瀬  「誰?」
坂本  「エーッ!知らないんですか?ダメだなあ、この人はあの有名なラ
     イブチェアーの社長の仙道…社長ですよ」
備瀬  「え?あのIT企業の?」
早戸  「ライブチェアー?」
美奈子 「前にここに住んでたのよ」
備瀬  「ええ?ここの卒業生なんすか?すっげー!!」
仙道  「203に住んでたんだよ」
早戸  「203!!金持ちが何の用だ」
坂本  「そうだ!どうも。坂本です。今私たちは住む場所を失うかもしれ  
     ないという危機に瀕しています…」
プラワン「は??」
坂本  「だから落っこちたんです」
マキ  「(二階から)ああ!!」
春奈  「あら?マキちゃんは降りられないんじゃない?」

     と二階へ上がっていく

マキ  「どうすんのよ!!穴開いてるじゃない!!」
坂本  「すいません。すぐ直しますから」
マキ  「その前に降ろしてよ」

     横山と坂本でマキを抱えて降ろしてやる。その後ろを春奈が降り
     てきて

春奈  「ここももう随分経つからね。仕方ないよね」
仙道  「改めましてこんばんは。ちょうど皆さんも居る事だし、発表しま
     しょう!お座り下さい。実はここを改築する方向で話が進んでい
     るんです」
美奈子 「改築ですか?」
織部  「おい!まだ決まってないだろう」
仙道  「そう言う事なんです。見ての通りこの家は大分傷んでます。そこ
     で我がライブチェアがここ山田荘の改築を全面バックアップする
     ことになったんです。だからそこは、直さなくて結構です」
早戸  「勝手な事言ってんじゃねぇよ!!」
備瀬  「今、住人達の問題だから…ごめん」
早戸  「そうですよね」
仙道  「僕はね、親父さんに恩返しがしたいだけなんですよ、僕がここま
     で来れたのは、ここがあったから、ここで親父さんに会ったから
     なんです」
織部  「そんなことで親父さんが喜ぶと思ってるのか」
仙道  「誰だって汚いところに住むよりもキレイなところに住みたいと思
     うでしょ。鄙びた下宿暮らしもいいけれど、テレビモニター付き
     インターホン、各部屋に風呂トイレ完備、オートロック付きのエ
     ントランスでのマンションライフはいかがですか?」
坂本  「いや、そんなとこ住めませんから」
仙道  「ところが!今ならゴージャスマンションライフがあなた方の手に
     入るんです」
住民  「ええ?どういうこと?」
仙道  「こういうのはどうです」

     音楽 ジャパネットたかた

仙道  「プラズマテレビ。高速インターネット。DVDレコーダー。シス
     テムキッチン。床暖房。今ならさらにペルシャ絨毯も付けちゃ
     う」
坂本  「でも…家賃も上がるんじゃないですか?それがなあ…」
早戸  「そうそう。それが一番心配」
備瀬  「お前は心配いらねえだろ」
仙道  「家賃?今まで通り変わらないよ。だって費用は全額我がライブチ
     ェア―が持つんだから!なあ、美奈ちゃん」
美奈子 「全額…ええ。誰も困らないなら…」
仙道  「そうだよね。リフォームにあたって何かリクエストある?」
備瀬  「じゃあエアコンは?」
仙道  「付けましょう」
坂本  「ウォシュレット」
仙道  「……付けましょう」
マキ  「防音設備とかは?」
仙道  「それは最初からついてますよ」
織部  「さっきの話はここを改築して二世帯住宅にするって事なのか」
仙道  「いいえ。ビルヂングです。そうだ!美奈ちゃん、そこに親父さん
     と一緒に住めばいい」
美奈子 「二世帯住宅…」
織部  「1Fはコンビニ、2Fはラウンジ、3Fは本屋、4Fはツタヤ、
     5Fはプールにジム!そうだな、名前はザ・山田ビルヂングでど
     うです?」
美奈子 「でもそんなに何から何まで…」
仙道  「大丈夫。会社の税金対策みたいなもんだ」
美奈子 「税金対策・・・よろしくお願いします」 
坂本  「そうだね。そうなればまだしばらくここに居られるし、いいねそ
     れ」
仙道  「そうだよ」
備瀬  「仙道さん、よろしくお願いします」
みんな 「よろしくおねがいします!」
仙道  「分かりました。よし、あとはあの頑固親父を説得するだけだな。
     じゃまた来ます」
早戸  「僕達も行きます。御麿待たせてんで」
仙道  「じゃ乗ってきなよ」
備瀬  「でも歩いて10分のとこなんで」
御麿  「(来て)そちたちは何時間待たせるというの!!(以下アドリ
     ブ)」

     と出ていく仙道、プラスワン、御麿

美奈子 「あ、坂本っちゃん。階段、お父さんが帰ってくるまでに直しとい
     てね」
坂本  「いや、でも、仙道さんが…」
美奈子 「危ないよねぇ。」

     下手、部屋に戻る

坂本  「うへえ。勉強したいのに…改築するんだからいいじゃん」

     坂本、工具を取りに上手の物置に行く。織部は週刊誌に目を落と
     す。春奈、ソファに座る。マキはそわそわとしている。

織部  「一緒じゃなかったのか?」
マキ  「…放っといてください。あなたに楽しみにされなくても結構です
     から」
織部  「あ、そう。そりゃすまなかった」
     
     健一が帰ってきて、台所まで行く

健一  「――――――――」
マキ  「あ、お帰りなさい」
健一  「(水を飲む)」
マキ  「……」
健一  「外、すげえ寒かったよ。こんな衣装で行ったからもう寒くて寒く
     て」
マキ  「コート着ていけば良かったのにね」
健一  「午前中暖かかったから油断したよな」
マキ  「じゃあ今日はさ、寒いから鍋にしようか?」
健一  「…そうだな…」
マキ  「鍋、何がいい?キムチ?モツ?あ、しゃぶしゃぶでもいいよね、
     奮発しちゃってさ!!」
健一  「……」
マキ  「じゃ、思い切ってすき焼きは?寒いから行こ!」
健一  「……」
マキ  「……」
健一  「俺、音楽やめる」
マキ  「え?ちょっと待ってよ、健ちゃん。どうしたの」
健一  「レベルが違うんだよ。デビュー目指してる連中ってのはな、すげ
     えんだよ。俺なんかじゃ全然ダメなんだよ!相手にもされなかっ
     たんだよ」
マキ  「じゃマキはどうなっちゃうの?」
健一  「知らねえよ(泣く)」
マキ  「……」

     坂本、上手より工具持って戻ってくる。織部、週刊誌を机に叩き
     つける

坂本  「(工具をひっくり返す)」
織部  「泣くんじゃない!!」
健一  「!!!!!!!!」
織部  「わがままな男だ」
健一  「んだと?」
織部  「欲しいものが手に入らないから駄々をこねるだけか」
健一  「俺は…できねえことをいつまでも欲しがったりしねえ」
織部  「潔い奴だ、そう言えば気が済むのか」
健一  「……」
織部  「君は俺と同じだ」
健一  「……」
織部  「欲しくて欲しくて、あげく欲しいものの大きさに自信を失った」
健一  「……」
織部  「ポップスじゃダメだ。ロックだ。ロックミュージシャンしか考え
     られない」
健一  「そうだよ」
織部  「君はメシを食ってるな。働きもしないのに」
健一  「……」
織部  「君のロックには生活がない。つまりは生きていない。崇高なる夢
     を追うためには犠牲が必要だ、だがその生け贄さえも自己の中心
     から吐き出されるべきものなのではないのか」
健一  「……」
織部  「俺はエロ小説を書きたいわけじゃない。君になぞればポップスで
     飯を食ってるようなもんだ」
健一  「……」
織部  「オーディションに落ちた自分を変えたいなら、今の自分を変えて
     みたらどうだ」
健一  「だからマキと別れるっていってるんだ」
織部  「今まで助けてもらったマキちゃんを今度は助けてやったらどう
     だ。そうでなきゃ、本当のロックを語る資格はない。ま、私が言
     える立場でもないんだが」

     健一、出て行く

マキ  「健ちゃん」

     マキ、出て行く。織部、週刊誌に目を落とし

坂本  「やっぱり変わってますね、織部さん。嫌いな人に熱く語ったりし
     て」
織部  「嫌いだと思ったことはないな」

     坂本、釘打ちを始めようとする。そこへ来る平助と真由美

平助  「あ、こんばんは。無事、真由美さんをお届けにあがりました」
真由美 「無事です」
平助  「……(織部を追い払う)」
真由美 「……?」

     春奈、下手へ退場。スケベ顔で織部上手退場

真由美 「…おやすみなさい」
坂本  「別に邪魔するつもりはないですから(釘を打つ)」
平助  「………また、海、誘ってもいい?」

     海の音

真由美 「うん。でも明日から忙しくなっちゃうから次の休みに」
平助  「次の休み、か…俺も仕事しちゃおうかな…」

     坂本の釘打ちで邪魔が入る

真由美 「あ。平助さん、あんな所にカニさんがー」
平助  「カニさんは、確率変動」
真由美 「あ、ヒトデさんも」
平助  「星っていう字は日が生まれるって書くんだよ」

     流れ星

平助  「オヤジギャグでーす」

     平助、真由美にキスしようとする。坂本、直し終わって

坂本  「いいですね、平助さんは呑気で」
平助  「え?なに?どうした?」
坂本  「パパが倒れたらしいんですよ」
平助  「え?どうしたの?いきなりヘビーすぎない?」
坂本  「実家、文房具屋なんです。次の試験が僕の最後の試験になりそう
     なんです」
平助  「…そうか。じゃあ坂本っちゃん、頑張らなくちゃな」
坂本  「はい。直りましたんで、どうぞ。おやすみなさい(はけ)」
平助  「おやすみ…頑張って…じゃあ、俺、、また明日来るわ」
真由美 「おやすみなさい」
平助  「おやすみ(と去る)」

     真由美、見送って嬉しそうに二階にはける。
     下手からパックをした春奈登場。時計を持ってきてテーブルに置   
     く。

春奈  「(愛の賛歌を歌いながら時計を取り)真っ二つだねえ」

     春奈、ソファに座る。と、玄関の戸が開く

御磨  「はい。こんばんは」

     御磨に背負われた一徹。しみじみ歌を歌っている

春奈  「御磨師匠!!あらあらありがとうございます」
御磨  「着きましたよ、一徹はん。相当気分がよろしいようですなあ…そ  
     れにしても一徹はんは歌がへったくそであるぞなもし。まあよろ
     しい」

     ソファに寝かせて

一徹  「師匠。すまねえな」
御磨  「今宵の月はかぐや姫。人の心は移ろえど、別れを泣かずに済まそ
     うなどと、思うが人の悲しさかな」

     チョーン

御麿  「頑張れ、親父」

     御磨、かっこよく行こうとする

春奈  「ホントにありがとうございました。おやすみなさい」
御麿  「おやすみなさい。あんたも変わらないわねえ」
春奈  「えっ!!」

     御磨かっこよく去る。春奈、ソファで歌っている一徹を見ながら

春奈  「…心配させてばかりなんだから、もう」
一徹  「(歌うのをやめて)…」
春奈  「…」
一徹  「――――――春奈」
春奈  「はい」
一徹  「俺、美奈子に手を上げちゃった…」
春奈  「…」
一徹  「…」
春奈  「一徹さんらしくない」
一徹  「美奈子に幸せになってもらいてえ」
春奈  「充分幸せに見えるけど」
一徹  「俺は…今度こそ本当のひとりぼっちになっちまうな―――――」
春奈  「お父さん」
一徹  「あーあ」
春奈  「大丈夫。あなたは生きてる。みんなに囲まれて、みんなの夢を一
     緒に追いかけているじゃない。あら?寝ちゃった?」

     むっくり起きて

一徹  「お前は幸せそうにしてたな、何が楽しかったんだか……俺なんか
     に連れ添って…苦労ばっかりでよ……」
春奈  「……」
一徹  「……」
春奈  「……」
一徹  「元気になったらおいしいもん食いたいって…」
春奈  「……」
一徹  「……なんで先に逝っちまったんだ」
春奈  「(愛されていることを感じて)」
一徹  「(時計に向かって)……買ってやればよかったなあ…時計のことだ
     よ…」
春奈  「そうですね」
一徹  「俺、後悔してるんだぞ…」
春奈  「そう」
一徹  「春奈…お前があんなこと言うからだぞ…」
春奈  「え?何か言ったっけ?」
一徹  「……ゴリラかよ」
春奈  「ゴリラ?」
一徹  「…商店街通る度に時計屋の前でこの時計見ては『あ、似てる!
     あ、似てる!』なんて言われてガハガハ笑われたら…買えるもの
     も買えないだろ。この俺が買えますか、つーの」
春奈  「だってそっくりなんだから仕方ないじゃない」
一徹  「似てんのかな」
春奈  「だからそっくりだって…」
一徹  「…見ろ。時計はここにあるぞー…はあ」
春奈  「分かってます…」
一徹  「…美奈子はよ、口うるせえとことか、ホントにお前に似てきた
     よ。ったく誰が育てたと思ってやがんだ」
春奈  「(ニコニコしている)」
一徹  「美奈子が連れてきた男、どうなんだあれは?」
春奈  「…いんじゃない?…」
一徹  「あいつは足元しか見えてねえ」
春奈  「夢を見る力を持ってない大人だって多いじゃないですか。だから
     子供たちの見ることのできる夢もどんどん小さくなってしまって
     る」
一徹  「俺はね、若い連中にはさ、もっと大っきな夢を見て生きて欲しい
     んだよなあ・・・あーあ」
春奈  「…風邪引きますよ…」

     一徹、眠ってしまう。春奈、ドテラをかけてやる
     上手より織部が来て、コーヒーを淹れる。春奈、退場。一徹、目
     を覚ます

一徹  「……ありがとな、これ(ドテラ)」
織部  「それ親父さんのですよね?」
一徹  「あ、そうか。そうだな、自分でかけたのかな」
織部  「寝惚けるにはちょっと早いですね」
一徹  「うるせえな」

     織部、一徹の分もコーヒーを淹れる

一徹  「あのバカどうだった」
織部  「推して知るべしってとこですかね」
一徹  「そうか…(コーヒーを受取り)すまんな」
織部  「ああ…」

     沈黙

織部  「ここにいる連中すべてが同じなのかも知れないですね」
一徹  「……」
織部  「生きる目的がなければ生きる価値がない。生きる目的を持てば生
     きること自体が辛くなる」
一徹  「そのどちらにも行けないお前はどうなんだ?」
織部  「……」
一徹  「いい加減それぐらい決めろ」
織部  「親父さん、あんたは石ころになったつもりだろうがそうはいきま
     せんよ」
一徹  「石ころ…」
織部  「残念なことにあんたは生きてる。生きてかなきゃいけません」

     犬の遠吠え

一徹  「…静かな夜だな」
織部  「…そうですね」
一徹  「……」

     暗転

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