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簡単に言語化しないプライドを持つ。小野美由紀さんのクリエイティブ・ライティング講座と手書きの文章

作家の小野美由紀さんのクリエイティブ・ライティング講座に参加した。

今年に入って、小野さんにお目にかかる機会があり、彼女が書く文章の中で踊る言葉たちを見て衝撃を受けたのだ。

こんな文章が書ける人がいるものなのかと思ったし、本の中で活字がこれほどまでに気持ちよさそうに泳げるのかということにも衝撃を受けた。

彼女の文章に出会ったことは、私にとっては、絶望ではなく希望だった。

この20年間、いや、ちゃんとまじめに向き合ってからはこの数年、書きたくても書けない、たどりつけなかった道は多分、この人のような向き合い方で書くやりかたの先にあるんだろうなって思ったから。

小野さんの文章は、「身体」とつながっている。

小野さんがそこに置く楽器は弾くことができるし、小野さんがそこに置く扉は本当に開くことができる。

その事は、読んでいるとすぐにわかるのだけれども、どのようにして、あの物語の中に置かれた言葉なのかは、うまく想像できなかった。
小野さんが、あの大作をすべて手書きで書いている、と聞いた時に、ああ、それも多分理由の一つだと思った。

そんな小野さんの、身体を使って書くクリエイティブ・ライティング講座があるという。

これは願ってもいないチャンスだと思って参加申し込みをした。

名古屋の長善寺。
写真を撮るのは忘れました。なので、解散後の写真を一枚。


広い本堂で裸足になって身体を動かすことから1日のプログラムが始まる。

考えてみれば当たり前のことなのかもしれないけれど、書くという行為はどこまでいっても個の作業だ。
だから、テーマや文体は人から教われるものでもないし、自分で気づいたことしか人は書けない。

だからだと思うのだけれど

小野さんの講座には、小野さんから教えてもらう時間、つまりティーチインがひとつもなかった。
私たちを待っていたのは、人を批判しない、自分を批判しないことを約束して臨むワークだった。

私たちは、小野さんと、そしてダンサーの青剣さんが目の前に広げてくれた世界で、飛んだり跳ねたり沈んだりした。
絵や音やダンスや粘土やらから何本もの小品を次々書いた。それらはすべて手書きだった。


自分がどんなトリガーで文章を捕まえることができるのかとか
自分の文章の残念ながら(幸運ながら)逃れられない(天から与えられた)特徴が何なのかに気づく旅とか
どれもが内発的で、能動的だった。

私は物心がついてはじめて、読者のいない文章を書いた。

ひとつ大きな発見だったのは、手書きでいくつものワークをした後の最終課題、約1時間与えられて書く作品を、パソコンで書こうとしたら、文字数はどんどん進むのに全然物語が動かなかったことだ。
いつまでたっても本当に書きたいことに届かない、走っても走っても、書きたいことの尻尾が捕まらない感覚があった。

仕方がないので、終了15分前にパソコンで書くのは諦めて、手書きでいちから、別の物語を書き始めた。

すると、書ける文字数はもちろん減るからもどかしいのだけれど、書きたいことの骨子がくっきりと浮かび上がってきた。
これには驚いた。

これはまだ経験が浅いから断言することはできないのだけれど、
手書きで書くことの効用は、その、遅さとめんどくささにあるのかもしれない。

思考のスピードに手書きがまったく追いつかないからもどかしい。思考のスピードが書く速度という物理に負けて足踏みする。足踏みの間に、助詞や接続詞がより適切なものに変わる。

そして、物理的に手を動かして文字を書くことはめんどくさい。だから、書きながら本当にこの言葉を入れる必要があるだろうか、めんどうを押してまでわざわざ手書きで付け加える必要があるだろうか、と脳内で容赦ない取捨選択が行われる。
すると、「絶対に」書かなきゃいけないことしか書かないようにしようという自制が働く。枝葉と幹の差がくっきり自覚される。

私の場合、パソコンで書く文章は、ものすごく注意をしてないと、指が適当な嘘をつく。安易な例えと心地よいリズムに指が逃げて、指が勝手に文章を繋げるのだ。
でも、パソコンだったらとりあえず書いておこうと思う言葉たちが、手書きでは脱落していく。
これは、発見だった。

小野さんが最後に私たちにメッセージを送ってくれた。

簡単に言語化しないプライドを持とう

これは奇しくも私が、この講座を通して得た一番大事な気づきと同じだった。 (小野さんがおっしゃったのはまた別の意味だったと思うけれど)

私の場合、脳を通さず、指が簡単に楽な方に言語化することを止められるのは、手書きという枷だった。

もちろんそれでも、書けたことと書けないことはあったけれど、このようにして身体を使って(手だけではなく)書くという体験は初めてだったし、私、多分この先何度も、この日に感謝することになるだろうと思った。

参加者の中にはリピーターの方も多く、何度か参加されることで得られるアップデートも大きいだろうなぁと思った。

でも私は多分、この講座をリピートすることはないだろう。
それは、満足できなかったからじゃなくて、むしろその逆で、

今回の講座は私にとって完全なるパラダイムシフトだったからだ。

この細胞が入れ変わるような、圧倒的な体験はもう多分二度と起こらないし、
価値転換をしたのであれば、後は転換した後の世界で実際に書いてみる経験を重ねるだけだ、と思ったからだ。

というわけで、この文章も新幹線の中で手書きで書いています。しばらくブログやコラムの類は手書きで書いてみようと思います。


素晴らしい講座を、ありがとうございました。

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ライター佐藤友美(さとゆみ)

ライター 佐藤友美(さとゆみ)。http://satoyumi.com 書籍ライティング、インタビュー、脚本などを生業にしてます。著書に『女の運命は髪で変わる』『道を継ぐ』など

ライターさとゆみの日記

こぼれ話とか
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コメント1件

いくら書いても届かない、そんな感覚になったのは、確かに手書きの下書きをしなくなった頃からでした。とは言え便利さを捨てて、手書きに戻れるだろうか……
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