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全国自然博物館の旅⑫笠岡市立カブトガニ博物館

カブトガニは約2億年前からほとんど姿を変えていない「生きている化石」です。彼らは学術的に貴重な生物というだけでなく、人類に対してかなり大きな貢献をしています。カブトガニの血の成分は細菌の内毒素を検出する効果があり、率直に言えばカブトガニは医療の常識を変え、人の命を救っているのです。まさにヒーローであり、スーパースターです。
岡山県の笠岡市には、世界で唯一のカブトガニをテーマにした博物館があります。地球にとっても人類にとってもかけがえのないカブトガニを、笠岡市では大切に育んでいます。


カブトガニを守り育てる街

笠岡市は瀬戸内海に面していて、広島県の福山市と隣接しています。筆者はJR岡山駅スタートですので、結構な距離を進まなくてはカブトガニに会えません。
岡山駅前からレンタカーに乗り、高速道路を使って走ること約1時間。カブトガニの繁殖地・神島水道に到着です。恐竜の時代から命をつないできた生き物が、この海の中に今も棲んでいると思うと、とてつもないロマンを感じますね。

博物館が面するのは、湾状の海域「神島水道」。おいしい海の幸がありそうですが、この地域はカブトガニ繁殖地として天然記念物に指定されているので、潮干狩りなどの採集行為は禁止とされています

かつては、笠岡湾の広い範囲にカブトガニが棲んでいました。しかし、その後の干拓において生息地が狭められ、徐々にカブトガニは個体数を減らしていきました。そのため、博物館ではカブトガニ保護のために、干潟にて幼生の放流を実施しています。
幼生放流は市民の参加希望者と共に行われており、希少生物の保全についての教育も兼ねています。カブトガニを守り育て、自然と生命の尊さを伝える場所が笠岡市立カブトガニ博物館なのです。

博物館の手前には大きな公園があり、駐車場も併設されています。車を停めると、足早に博物館の方へと向かいます。出迎えてくれたのは、お目当てのカブトガニちゃんたちーーではなく中生代の古生物たちでした!

旧復元のティラノサウルス。博物館の手前の公園には、古生物のオブジェが設置されているのです。

ティラノサウルスやプテラノドンの大型オブジェを目の当たりにして、来館者の子供たちは大興奮です。
筆者は平成初期世代なので、ギリギリ旧復元の肉食恐竜を図鑑で見たことがあります。ですので、尻尾を引きずるティラノサウルスはノスタルジックに感じられてしっくりきます。

岩の上にプテラノドン発見。もしかすると翼竜は、干潟に飛来した際にカブトガニの幼生を食べたりしたのかのしれません。
白亜紀の海洋爬虫類エラスモサウルス。古代の海において、おそらくカブトガニを食べていたでしょう。

たくさんの古生物オブジェの前で記念撮影したら、満を持して博物館へと入館です。カブトガニの生息地・繁殖地として天然記念物に指定された笠岡市で、カブトガニの秘密を勉強できるのは本当に素晴らしいことです。
ここから、カブトガニと地球の自然史を学ぶ冒険が始まります(本当に冒険要素のある展示があります)。

博物館の展示棟。隣の建屋には、カブトガニの飼育展示室が設けられています。

カブトガニと共に太古の地球を旅しよう

古代と現在のカブトガニを学ぶ

博物館への出発の前に、一つだけ知っておいていただきたいことがあります。カブトガニは決してカニではなく、クモやサソリに近い仲間です。古代とほぼ同じ姿と生態のまま、彼らは現代まで生き抜いてきたのです。
エントランスの水槽で実際にカブトガニの姿をご覧になれば、カニよりもクモやサソリに近いというのもなんとなくわかっていただけるかと思います。

入館するとすぐ、カブトガニの水槽が目に入ります。2億年前の祖先も、この子たちとほぼ同じ姿をしていました。
活発に動き回るカブトガニ。幼生は干潟で生活しますが、この子たちくらいのサイズになると広い海で暮らすようになります。

生き生きと動くカブトガニを観察したら、いよいよ展示ゾーンへ移動します。まず正面に現れるのは、本館のマスコットキャラクター「カブニ」と彼の仲間たちです。

展示エリアへの入口にて、博物館のマスコットキャラクターたちとご対面。右側にいる男の子が、これから大活躍するカブニです。
広大な展示ホール。岩場の上には、竜脚類恐竜カマラサウルスがどっしりと佇んでいます。

まずは水族展示です。笠岡市に棲むカブトガニだけでなく、海外産のカブトガニの生体も待っています。両者の形態的な違いをよく見てみましょう。

アメリカカブトガニ。水棲生物専門のペットショップでも売っていることがあり、一般の人でも飼育することができます。
アメリカカブトガニではなく「カブトガニ」。こちらは国際自然保護連合のレッドリストで絶滅危惧種に指定されているため、一般の人では飼育できません
瀬戸内海の魚類の生体展示もあります。他の魚にくっついていないコバンザメを見ると、少し妙な心地になります(笑)。

これまでに見たカブトガニたちは、オウムガイやシーラカンスの仲間と同じように、太古の姿ほぼそのままの「生きている化石」です。化石標本の展示、そしてカブニたちのイラストと合わせたキャプションにて、カブトガニの歩んできた歴史を教えてくれます。

ジュラ紀のドイツに生きていたカブトガニ類メソリムルス。本体だけでなく、干潟を這った跡まで化石に残っています。
イラストとキャプションでカブトガニの生命史を解説。地球の大地の変動に伴って、カブトガニを取り巻く環境も変化していったのです。

続いては「カブトガニとはどんな生物なのか?」を学びます。形態や成長過程などの基礎知識について、標本とキャプションを交えながらわかりやすく解説してくれます。

カブトガニの分布状況をキャプションで解説。世界には全4種のカブトガニ類がいて、その分布はアメリカとアジアに分かれています。
カブトガニの成長についての解説展示。各成長段階の標本と合わせて説明してくれるので、育っていく過程がとても理解しやすいです。
壁面に展示された無数の物体。実は、全て1個体のカブトガニが持っていた呼吸器(エラ)なのです。

先述の通り、博物館では地域と連携してカブトガニの保護を実施されています。笠岡市におけるカブトガニ繁殖地の現状、そして保全活動について、展示を通して知ることができます。

笠岡市のカブトガニ繁殖地についての展示。本館が面する神島水道は、特殊な形の湾になっています。瀬戸内海とつながる水域の中で、多くのカブトガニが育まれているのです。
博物館と地域の人々によるカブトガニ保全活動の様子。幼生の放流だけでなく、湾岸の清掃も行われています。

生態も進化も奥深いカブトガニの世界。カブニたちと共に学んで、カブトガニについてたくさん知識を得ることができました。
次は展示ホールの真ん中に出てみましょう。乗り物のコックピット型のスクリーンでは、カブニを主人公としたアニメーションが上映されます。カブニたちと一緒に「超空間探索船KABU-2」に乗って、はるかな太古の旅へ出発進行!

カブニと共に様々な時代にタイムスリップ! 予想以上にストーリーの完成度が高くておもしろいです。肉食恐竜アロサウルス接近中でカブニ大ピンチ?
なんと、40億年前の生命誕生の時代にも向かっちゃいます。予測をはるかに上回る、超特大スケールの大冒険です! 

恐竜時代から現代を駆け抜けるカブトガニ

観覧順路を進むと、来館者は階段で2階へ上がることになります。そこで待ち構えるのは、パワフルな恐竜たちです。
個人的なオススメは、肉食恐竜バリオニクスの復元模型です。なかなか大型立体物が見られない種類なので、かっこいいフォルムをしっかり目に焼きつけておきましょう。水辺のハンターであるバリオニクスは、白亜紀の干潟においてカブトガニを食べていたかもしれません。

2階に上がるとカマラサウルスの全身が見えます。全長は18 mありますが、これでもまだ竜脚類では中型サイズ。やはり恐竜のスケールは半端ないですね。
筆者の推し、半水棲恐竜バリオニクスの復元模型。当時のカブトガニも、バリオニクスの餌食になっていた可能性があります。
肉食恐竜アロサウルスの頭骨。1階スクリーンのアニメーションにおいて、カブニの前に現れたジュラ紀のハンターです。

恐竜好きの人にとって超絶的に嬉しいのは、本館の2階壁面に、ヒサクニヒコ先生のイラストが飾ってあること。ヒサクニヒコ先生は恐竜ファンから絶大な支持を集めるイラストレーターであり、筆者も学生時代に先生の著書をたくさん読みました。

暖かみと躍動感があふれるヒサクニヒコ先生のイラスト。博物館で化石と一緒に見ると、感動倍増です!
学生の頃に図鑑で見たイラストと再会できて幸せです。私という恐竜マニアは、ヒサクニヒコ先生の絵を見て育ったのです。
ヒサクニヒコ先生によるリオアリバサウルスの復元図(写真右下)。標本の側にイラストとキャプションがあると、とてもわかりやすいですね。

迫力抜群の恐竜展示を堪能しながらスロープを下っていくと、展示も終盤戦です。古代の海の猛者たちが待ち受けています。

白亜紀の大型硬骨魚類パキリゾドゥスの骨格レプリカ。カブトガニを捕食することはそれほどなかったと思われます。
パキリゾドゥスの後ろには、ずっと大きなキシファクティヌスがいます。全長4 mもあるうえに、泳ぐスピードが速く、大きく鋭い歯を装備。遭遇したら、カブトガニは海底の砂中に逃げるしかなかったでしょう。
デボン紀の肉食魚ダンクルオステウスの頭骨。当時の原始的なカブトガニの仲間(正確にはカブトガニの祖先)にとっては厄介な相手だったことでしょう。

メインエリアの観覧はこれにて終了となりますが、離れの飼育展示室も一般に公開されています。カブトガニの飼育と繁殖について学び、絶滅危惧種の保全について考えてみましょう。

別館の飼育展示室。ここでは、カブトガニ保全に奮闘する博物館スタッフの職務を知ることができます。
手前は展示ゾーン、奥は飼育室。学芸員さんたちは、ここで多くのカブトガニを育てているのですね。

カブトガニを繁殖させ、飼育し、幼生を放流するーーそれは、我々の想像よりもずっと大変なお仕事です。
飼育場にてカブトガニを産卵させ、その膨大な数の卵を回収。そして、孵化した幼生を放流可能な段階まで成長させなくてはなりません。適切量の餌を与え、水や飼育容器が汚れていないか頻繁にチェックし、大切に大切に育てていくのです。

生き物を育てたご経験のある方ならおわかりだと思いますが、昆虫でもクラゲでも、最初から成長を見守っていると本当に可愛く思えてきます。きっと、カブトガニを放流する博物館スタッフの皆さんも、最大限の愛情とエールを込めて、大自然の懐へと幼生たちを送り出していることでしょう。

展示室内の掲示板には、カブトガニの飼育や放流に関する資料が付けられています。干潟での幼生放流には、大勢の笠岡市の青少年が協力しています。
2020年に生まれた、笠岡育ちの若いカブトガニ。この子の兄弟姉妹は、広い海の世界で力強く生きていることでしょう。

笠岡市立カブトガニ博物館 総合レビュー

所在地:岡山県笠岡市横島1946-2

強み:生態研究・進化史研究・保護活動などカブトガニのあらゆる面における濃密な学術展示、マスコットキャラクターやアニメーションを活用した大人にも子供にもわかりやすい展示内容、迫力と学術性を両立させた古生物化石・模型展示

アクセス面:車での来館を推奨しますが、岡山市から向かう場合は高速道路を活用しましょう。時間帯によっては下道で渋滞が発生するかもしれませんので、面倒はすっ飛ばして行くのがベストです。電車旅を楽しみたい場合は、JR岡山駅から山陽本線でJR笠岡駅まで向かい、そこから神島外浦行きのバスに乗りましょう。

世界で唯一のカブトガニ博物館は展示の専門性においてもオンリーワンであり、他では決して学ぶことのできないカブトガニの生態知識をたくさん吸収できます。マスコットキャラクターのカブニたちの魅力も相まって、観覧後にはきっと誰もがカブトガニを好きになっていると思います。マニアックな生き物がテーマであっても、本館のように唯一無二の権威ともなれば強力な集客のフックとなるのです。
展示ホールは広くて移動しやすく、独特な空間構成によって、不思議で壮大な雰囲気を演出しています。さらに、化石展示・水族展示・映像展示など見せ方が多様であり、来館者は常に楽しみながら学べます。
恐竜化石も数多く取りそろえられており、迫力も見ごたえも抜群。古生物ファンから大人気の絵師ヒサクニヒコ氏のイラストが見られることも、かなりのアドバンテージだと思います。カブトガニについて知りたい生物マニアだけでなく、かっこいい恐竜が好きな子供たちもどっぷりハマれる施設となっています。

カブトガニの研究と保全に尽力し、地域住民の方々と共に保全している本館は、まさに模範的な学術施設だと思います。笠岡市のカブトガニたちは、きっとこれからも博物館と共に在り続けていくことでしょう。

公園内の自動販売機もヒサクニヒコ先生のイラストで彩られています。カブトガニと恐竜の共演、いいですなぁ。

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