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全国自然博物館の旅㉒山形県立博物館

山形県への旅となったら、大半の人は蔵王を目的地に選ぶと思います。きれいな雪景色とスキーと温泉、まさに山形旅行の鉄板です。
ただ、個人的には、旅行のタイムスケジュールの中で2時間ほど空けて行っていただきたい場所があります。そこを訪れれば、山形県に秘められた大自然の真実と出会うことができます。


蔵王に行く前に山形県の自然を学ぼう

山形新幹線でJR山形駅に着いたら、大半の人はそのままレンタカーやバスに乗って、蔵王や天童温泉に直行すると思います。ただ、山形県の大自然の魅力を感じてみたい方は、蔵王などの観光地へ行く前の時間で山形県立博物館を訪れてみてはいかがでしょうか。

東京方面からお越しの方には、山形新幹線がオススメ。かっこいい新幹線に乗るとテンションが上がります。
蔵王に行きたくなりますね。ですが、筆者はまず博物館へと向かいます。
JR山形駅の西口から出て、霞城公園の方へと歩いて行きましょう。公園内に山形県立博物館があります。

山形駅の西口から北へ10分ほど歩くと、山形城の跡がある霞城公園に着きます。もちろん公園内には駐車場があるので、蔵王に行く前に車で立ち寄ることもできます。
山形城跡だけでなく、スポーツ施設や美術館もあるので、山形市民にとって重要なスポットとなっています。山形藩の初代当主・最上義光像のすぐ近くにて、県立博物館が立っています。

山形城の跡がある霞城公園。蔵王や他の温泉地もいいですが、山形市内にも観光スポットがたくさんあります。
山形県のヒーロー、最上義光の像。博物館はお隣にあります。

博物館の目印は、山形県産の古代哺乳類ヤマガタダイカイギュウの金属アート。ジュゴンやマナティーと同じカイギュウ類であり、日本固有の古生物です。ジュゴンの仲間が大昔の山形の海を泳ぐ姿、想像するだけでワクワクしますね。

地元の高校生が製作した金属オブジェ。本館の主役ヤマガタダイカイギュウです。
入館のときが来ました。どんな化石や昆虫標本があるんだろう、楽しみです。

太古も今もロマンあふれる山形の自然

現代に甦れ、ヤマガタダイカイギュウ!

山形県が誇る新生代の古生物・ヤマガタダイカイギュウ。彼らは約1000万年前の地球に誕生し、山形の浅い海を泳ぎ回っていました。本館の自然科学展示の主役であり、大々的な博物館の顔となっています。
メインの展示室は2階のフロアですが、まずは1階の古生物展示を制覇しましょう。古生代の無脊椎動物から新生代の哺乳類まで、広範な時代の生命について学べます。

1階の階段横に並べられた大型展示ケース。様々な時代の多種の生物化石をたくさん見ることができます。
アンモナイトは知っているけど、ベレムナイトに馴染みのある方は少ないのでは? 古代の海に生きていた軟体動物です。
植物の葉の化石。実は、イチョウは太古から命をつないできた「生きている化石」なのです。
ネズミザメ類の歯の化石。ナイフのごとき鋭さです。

1階のケースの一角では、ヤマガタダイカイギュウに関する展示があります。復元模型や骨格のレプリカといった造形物があり、本種に対するイメージを鮮明にしてくれます。
メイン展示室で古代の山形県の海洋生物と対面するのが、ますます楽しみになります。

ヤマガタダイカイギュウの10分の1スケールの復元模型。とってもリアルですね。
3Dプリンターで造形された、ヤマガタダイカイギュウの5分の1スケール骨格。こういったレプリカを作成すれば、子供たちでも触って骨格について学ぶことができますね!

ケースの化石展示を堪能して階段裏のホールに回ると、クロミンククジラの全身骨格が出現。
本区画の主役は、山形県・真室川町にて発見されたマムロガワクジラです。鮮新世という時代に生きていたヒゲクジラ類であり、1993~1994年にかけて発掘調査が行われました。

階段裏の展示ホール。クロミンククジラの全身骨格が吊り下げられています。
山形県産の古代ヒゲクジラ類マムロガワクジラの産状化石の複製。立派な肋骨や椎骨ですね。
壁面に可愛い折り紙を発見。ヤマガタダイカイギュウとマムロガワクジラ。折り紙で作れるのはすごいですね。

ここからはステージが変わります。エントランス手前の階段を上がり、2階の展示室へと入りましょう。
待っているのは、もちろんヤマガタダイカイギュウ! 約1000万年前の山形県の浅海域に生息していた古代カイギュウ類です。山形の古生物学を象徴する勇姿、思いきり目に焼きつけてください。

古生物学系の展示ホール。もしかして、奥にいるのは……。
真打ち登場、ヤマガタダイカイギュウの全身骨格。1982年に新種として記載された、日本産のカイギュウ類です。全長4 mほどの中型種で、マナティーよりもジュゴンに近い海洋哺乳類と考えられています。
ヤマガタダイカイギュウの複製頭骨(右)と、アメリカ産の近縁種クエスタカイギュウの複製頭骨(左)。ヤマガタダイカイギュウの方が小柄であるとわかります。

全身骨格を見ると、ヤマガタダイカイギュウが棲んでいた世界の環境を知りたくなります。ですが、彼らが登場した時期は、超壮大な地球史で言うと最近の話。ヤマガタダイカイギュウが誕生するよりもはるか前の時代に遡り、地球と山形県の歴史を追っていきましょう。

古生代から始まる地球史の化石展示。背景のイラストがいい味を出しています。
景気よく噴火する火山の背景イラスト。レトロな博物館ファンは、こういったテイストがお好みではないでしょうか(笑)。
山形県の成り立ちについても、キャプションで詳細に解説してくれています。全ての国や都道府県において、大地の形成には壮大なドラマがあるのです。
山形県西部の鶴岡市で発見された新生代のコイの化石。ヤマガタダイカイギュウの出現よりも少し古い時代、鶴岡市に淡水湖があったことを示唆しています。

本館では山形県産の新生代の生物化石が多数展示されており、ヤマガタダイカイギュウを取り巻く環境についての理解を深めてくれますり
燦々と太陽光が降り注ぐ浅い海を、ゆったりと泳ぐヤマガタダイカイギュウ。イメージすると、とっても癒されますね。

ただ、海の中には恐ろしい肉食動物も棲んでいました。
その名はメガロドン! ヤマガタダイカイギュウだけでなく、クジラさえも捕食する巨大なサメです。本館では、最強のメガロドンがクジラを襲った証拠となる化石ーー太古の自然界の記録を見ることができます。

クジラの骨に刺さったサメの歯の化石。メガロドンがクジラを攻撃した証拠と見られます。最大最強のサメであるメガロドンは、クジラもカイギュウも容赦なく襲っていたのです
ヤマガタダイカイギュウと同時代の生き物たちの化石標本。当時の浅い海には、巻貝やホタテの仲間が生きていました。

メガロドンの大きさは全長10~15 m、ヤマガタダイカイギュウは全長4 m未満。また、カイギュウ類は泳ぐスピードが遅いので、巨大で凶暴なメガロドンに狙われたら一貫の終わりだったと思われます。穏やかに見える温暖な海では、想像を絶する厳しい生存競争が展開されていたのです。

山形県では、地上の大型動物化石も発見されています。
新生代の陸を代表する動物と言えば、ナウマンゾウ。数十万年前から数万年前まで日本に暮らしていた温帯のゾウです。古代山形の陸地では、ナウマンゾウをはじめとする動物たちが力強く繁栄していました。

ナウマンゾウのシルエットが印象的な展示コーナー。当時の日本にナウマンゾウは広く分布しており、山形県内でも数ヶ所から化石の産出が確認されています。
ナウマンゾウの大腿骨の関節。最上川の底から化石が発見されました。
新庄市で発見された鳥の足跡の化石。3本指の足が見えますでしょうか? 足跡の主はマナヅルの仲間だと考えられています。
クスノキの葉の化石。当時の環境が温暖であったことを示す証です。クスノキのように環境推定の根拠となる化石を「示相化石」といいます。

東北の大地で戦い抜く生命たち

地方博物館は、当地の自然科学研究のプロです。その土地の自然環境や生き物に関する展示はとても濃密であり、生物マニアのハートを熱くさせてくれます。
現代の自然環境展示にて最初に出迎えてくれるのは、陸と空の王者ーーツキノワグマとイヌワシです。怖くてかっこいい剥製に圧倒されそうです。

ツキノワグマの剥製標本。この個体は体重180 kgにも達する大物であり、上山市にて捕獲されました。
陸の猛者がツキノワグマならば、天空の王者はイヌワシ。猛禽類の剥製標本はかっこよさ抜群です。

山形県の豊かな森林を形成するのは、もちろん多様な植物たち。この展示室では、博物館スタッフによってフィールドで採集された山形産の草本と木本を見ることができます。
風雪の激しい東北の大地においても、雄々しく繁栄する植物たちの生命力には本当に感嘆しますね。東北地方と他の地方との植生の違いを探してみるのもおもしろいと思います。

薬草・毒草・食草それぞれのカテゴリごとに乾燥標本を展示。食草と毒草には形の似ている種類がありますので、山菜取りの際には細心の注意を払ってください
草本や木本の植物標本。ヒナザクラやエゾノツガザクラは山形県が分布南限となっています。
山形県の樹木の展示。葉や幹の形、年輪の断面構造などを見比べることができます。

大森林と並んで山形県に恵みを与えるもう1つの環境は、大いなる日本海です。東北の海は寒そうなイメージがありますが、庄内海岸などの地域は対馬海流という暖流の影響を受けているので、冬でも海は比較的暖かく保たれています。
多くの地球の力が絡み合い、築かれていく複雑な環境。山形県の海は、その好例なのです。

庄内の海に生息する海洋生物たち。暖流の影響を受けているため、熱帯・亜熱帯の生き物も棲むことができます
魚類の剥製。針を展開した状態のハリセンボン、とっても強そう!
様々な形態のカニ類。サナダミズヒキガニの宇宙生物感が最高(笑)!
海が豊かならば、海洋生物を食糧とする鳥類も沿岸部で繁殖します。オオミズナギドリ(左)は沖合の方に棲み、ウミガラス(右)は冬になると山形の海に渡ってきます。

ものすごく秀逸で感動したのは、鳥類の繁殖状況のジオラマ展示です。剥製標本と見事な造形の植生模型などを駆使して、種々の鳥たちの巣や卵の形、繁殖地の環境を再現しています。種類ごとの繁殖スタイルの違いがわかり、とっても興味深い展示です。

ヒバリの巣の再現ジオラマ。周辺の植生も精巧に作られていて、リアルな繁殖状況をイメージできます。
こちらはカワラヒワ。天敵による捕食リスクを減らすために、木の上に巣を作っています。

お待たせしました、いよいよ昆虫です。東北地方の気候や地形が昆虫たちにどのような変化を与えるのか、マニアにとっては非常に気になるところです。
今回は、圧倒的なファンの数を持つチョウ類に着目してみたいと思います。

この標本の山を見た瞬間、昆虫マニアは展示ケースへ急迫していきますね(笑)。
チョウの一種、ベニヒカゲの地域ごとの比較。生き物は生息地によって遺伝子に固有性があり、模様などに違いが見られます。
地図を用いたチョウの生息地の解説。一口に山形県のチョウと言っても、種類によって生息範囲がかなり異なっているとわかります。

山形県では、生物種ごとに県のシンボルが定められています。それを決めたのは国でも行政でもなく、山形県民の方々の投票によって、シンボル生物が選出されたのです
本館には、県のシンボルの特設展示コーナーがあります。県民の皆様によって選ばれた、美しい山形の代表選手たちを見てみましょう。

県の魚・サクラマス。川を遡って、春を告げる風流な魚です。このかっこよさを見れば、投票によって県のシンボルに選ばれたのも納得です。
県の獣・ニホンカモシカ。投票でカモシカを選んだ事実からは、山形県民の方々の高貴さを感じられます。子供の票は肉食動物に集まりそうな気もしますが……。
県の鳥・オシドリ。「おしどり夫婦」という言葉があるように、オスとメスはとっても仲良しです。本種に投票数が多かったのも、きっと山形県民の皆様がパートナーを大切にしているからだと思います。

やっぱり、地方の自然博物館は楽しいです。地方の大自然については、当地の博物館の職員さんが誰よりも精通しています。各都道府県の自然探究を極めたいのであれば、地方博物館での学習が最も有効であると思います。
なお、本館は自然科学資料に加えて、人文科学資料も展示する総合博物館です。縄文時代から現代までの山形県の歴史文化を深く知ることができます。山形の人々がどのような想いで時代を築いてきたのか、貴重な資料と共に学びたくなりますね。

生物に関係している人文系展示もあります。こちらは、ツツガムシ(ダニの仲間)を退治するための神事で燃やす大松明です。

山形県立博物館 総合レビュー

所在地:山形県山形市霞城町1-8

強み:ヤマガタダイカイギュウやマムロガワクジラといった山形県固有の古代海洋哺乳類の学術展示、山形県の大自然を網羅的に解説する広範かつ濃密な専門性、地域の暖かみが感じられるレトロで味わい深い館内の雰囲気

アクセス面:JR山形駅の西口から徒歩15分ほどで到着します。山形県内や周辺の県にお住まい方は、車で来館するのがベストだと思います。多くの県立博物館は地方にあることが多いですが、本館は山形市の中心市街地に位置しているため、アクセスはとても良好です。同じ霞城公園内のスポットも含めて、一気に観光できるでしょう。

山形県の自然史と生態系を専門的に学べる地方総合博物館です。ヤマガタダイカイギュウを看板スターに据えつつ、貴重な資料の展示ラッシュで来館者の探究心をそそってくれます。あえて恐竜に主眼を置かず、当地の古生物たちを強くプッシュされている点に、マニアは大興奮することでしょう。
自然豊かな山形ゆえに、現生動植物の標本展示はとても充実しています。特に、植物標本と昆虫標本の資料性の高さに筆者は強く惹かれました。山形県の自然環境が網羅的に解説されており、地形や気候の特性を学びながら、生き物たちの多様性の秘密も知ることができます。
日本の自然の魅力を改めて気づかせてくれる、素晴らしい地域の学術拠点。山形旅行の際に来館し、リラックスして心ゆくまで学んでいただきたいと思います。

本館は人文系の資料も展示研究する総合博物館。第3展示室は定期的に展示内容が変わり、山形県の様々な文化を学べます。

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