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The Lost Universe 古代の巨大昆虫③超怖い巨大昆虫(閲覧注意)

まず最初にお伝えします。この記事にはゴキブリやノミの写真が出てきます。表紙写真のアオバアリガタハネカクシも「害虫」として扱われることがありますので、本記事のテーマに近いため表紙に使用させていただきました。

ぜひゴキブリやノミたちの興味深い進化について知っていただきたいと思いますので、苦手な方もぜひ楽しみながら学んでいただければ幸いです。


人類にとって最恐の生き物

害虫という名の虫はいない

人間のゴキブリに対するイメージはものすごく悪いと思います。
キッチンで料理している最中に大きなクロゴキブリが現れたら、苦手な人は戦慄のあまり固まってしまうではないでしょうか。飲食業にとってもゴキブリは仇敵であり、レストランのテーブルの上をチャバネゴキブリが1匹這っているだけで、お客様から大・大・大クレームとなります。

それほどまでに、ゴキブリが持つインパクトは強烈です。
一般的には衛生害虫と呼ばれる彼らですが、「害虫」という言葉自体に生物学的な意味は存在しません。ただ人間にとって都合の悪い虫を総称して「害虫」呼ばわりしているだけです。

ちなみに、世界中の全種類のゴキブリのうち、「害虫」と呼ばれる者は全体の1%未満です。決して全てのゴキブリが人間にとって不衛生な生き物というわけではありません。

種子島にて見つけたサツマゴキブリ。黒と赤の色合いがかっこいい! ほとんどのゴキブリは野外性であり、決して彼らは汚い生き物ではありません。

人家や飲食店で問題となっている種類は、クロゴキブリ・チャバネゴキブリ・ワモンゴキブリなど数種類です。人の活動と相容れない以上、駆除するのは仕方ありません。しかし、ゴキブリたちはただ生活を営んでいるだけで、決して悪者ではないことだけ理解してください。

駆除業者の方々が相手にするゴキブリやノミなどの昆虫たち……彼らはいつ頃から地球に生まれ、そしてどのように進化してきたのでしょうか。

明らかになっていく「害虫」の進化

ゴキブリと言えば、何億年も前に地球上に生存している古い虫、という印象を持たれている方も多いのではないでしょうか。実は、現代型のゴキブリに通じる種類が出現したのは、地球史の中では比較的新しく、ゴキブリ自体は決して超古代の昆虫というわけではありません。
確かにゴキブリの祖先種は3億年以上前に誕生したと考えられています。ですが、ゴキブリ目(ゴキブリ、シロアリを含む分類群)が生じたのは約2億年前であり、現代種と同じグループのゴキブリが出現したのは恐竜時代の中期〜後期(約1億5000万〜約6600万年前)なのです。

クロゴキブリの10倍拡大模型(大阪市立自然史博物館にて撮影)。彼らの通じるタイプのゴキブリは恐竜時代に出現しており、昆虫の長い歴史から見ると古い種ではありません。

一方、我々に吸血被害を与えるノミも、決して原始的な昆虫というわけではありません。ノミはシリアゲムシ類(長い口器と尾部を有する細長い昆虫)から進化したことがDNA解析からわかっていて、蜜を吸うためのストロー状の口は、吸血用のものへと変化していきました。
シリアゲムシ類からの分化の正確な年代については、古生物学研究と照らし合わせる必要があります。2023年現在、少なくとも中生代こジュラ紀中期にはノミが地球上で繁栄していたことがわかっています。

シリアゲムシ類(国立科学博物館にて撮影)。見た目からは想像もつきませんが、ノミ類と類縁関係にあると言われています。

ノミ同様、人間の血が大好きなシラミたちも、古代から存在していました。その進化の道程については謎が多いですが、取りつく宿主と共進化してきた可能性が示唆されています。シラミは一生を宿主の中で過ごすため、進化についても宿主生物の影響を強く受けます。
我々との関係についても同様で、人間が衣服を身につけるのに合わせて、シラミたちも頭に寄生するタイプから服に寄生するタイプへと変異しています。驚くほど迅速な適応を遂げていることから、昆虫の持つ強靭な生存能力には改めて驚かされます。

コロモジラミの写真と標本(目黒寄生虫館にて撮影)。かなり微小な昆虫であり、体の大きさはミリ単位です。

これらの「害虫」たちは、人類誕生以前から存在し、地球上で進化を重ねてきました。古い種も新しい種も含め、彼らの中には大型化した種類が知られています。
人や動物にとって恐ろしい巨大「害虫」たち。彼らの魅力的な生態を紹介していきます。

古代の超怖い巨大昆虫たち

プロトファスマ ~伝説はここから始まった! ゴキブリの巨大なる祖先~

はるか3億年以上前、石炭紀の地球。巨大トンボが飛び交っていたシダの森の林床では、細長いゴキブリのような大型昆虫が獲物を探して這い回っていました。彼らこそ、ゴキブリ・カマキリ・ナナフシの共通祖先であるプロトファスマ属(Protophasma)なのです。石炭紀後期のヨーロッパや北アメリカの地層から、複数種の化石が出土しています。

プロトファスマはゴキブリとナナフシをかけ合わせたような姿をしており、最大種では全長13.8 cmにも達しました。私たちが見慣れているクロゴキブリの全長が約4 cm程度ですので、実に3倍以上の大きさということになります。生前の姿を見たら、おそらくゴキブリみたいに「気持ち悪い」と言う人は少数派で、きっと「怖そう」や「噛まれたら痛そう」の声の方が多いでしょう。
プロトファスマは肉食性の昆虫であり、多くの陸棲動物を捕食していたと考えられます。他の無脊椎動物はもちろん、全長10 cm程度の小型両生類ならば倒すことができたと思われます。

マンモスゴキブリ(神奈川県立生命の星・地球博物館にて撮影)の標本。全長9 cm以上あり、現代のゴキブリとして最大クラスです。古い祖先であるプロトファスマの全長は、さらに5 cmほど長かったと思われます。

翅を備えていたことから、ある程度の飛行能力は有していたと思われます。ただ、子孫であるゴキブリやカマキリはそれほど飛翔が得意ではないので、プロトファスマもトンボやチョウほど巧みに飛ぶことはできなかったでしょう。

プロトファスマはたくさんの子孫を残し、その血脈の多くは現代にまで受け継がれています。カマキリやナナフシはもちろん、ゴキブリたちも世界の広範な地域に生息しています。クロゴキブリの学名Periplaneta fuliginosa(地球上のどこにでもいる黒いヤツ)という名を与えられるほどに、プロトファスマの子供たちはたくましく生き続けているのです。

プセウドプレックス ~恐竜の血を吸った恐怖の巨大ノミ~

「害虫」には複数のタイプがあります。ゴキブリのように衛生的な問題を孕んでいる虫もいれば、カやノミやトコジラミといった人間に対して直接害を及ぼす虫もいます。
数ある吸血昆虫の中でも、ノミはなかなか手強い相手です。人間の存在を感知した際、驚異的なジャンプ力で飛びかかってきます。大量発生している部屋に入ろうものなら、すさまじい数のノミが一斉に襲いかかってくるのです。

ノミはゴキブリよりもはるかに危険な昆虫であり、ヒトノミによって媒介された黒死病は、14世紀に約2億人の命を奪っています。黒死病は現代では発生しませんが、ノミが他の病気を伝播してくる可能性はあります。お部屋でノミの大量発生を確認した場合、速やかに駆除業者に電話を入れましょう。

ヒトノミの標本(大阪市立自然史博物館にて撮影)。全長2 mmほどの小昆虫ですが、人間にとっては厄介な相手です。

ノミの被害に頭を悩ませているのは人間だけではなく、ペットをはじめ多くの動物たちも吸血被害にあっています。さらには、太古の覇者である恐竜たちでさえ、厄介なノミには手を焼いていたようです。

恐竜たちを悩ませた史上最大のノミとはプセウドプレックス属(Pseudopulex)です。中国の約1億6500万〜約1億2500万年前(ジュラ紀中期〜白亜紀前期)にかけての地層から4種が発見されていて、まさに恐竜の大繁栄時代の真っ只中に現れた巨大ノミです。
人間に寄生するノミは大きくても全長3 mm程度ですが、最大種のプセウドプレックス・マグヌス(Pseudopulex magnus)はヒトノミの7倍ほど大きく全長22.8 mmありました。口器もしっかりと化石に残っています。現代のノミほど後脚は発達していなかったので、ジャンプして吸血対象に飛びかかることはなかったと思われます。

ヒトノミの拡大模型(目黒寄生虫館にて撮影)。プセウドプレックスはジャンプ力が低かったと思われるので、寄生効率では現生種の方が上かもしれません。

おそらく、プセウドプレックスが主要な宿主に選んだのは、羽毛をまとう小型肉食恐竜、翼竜、哺乳類だったことでしょう。現代のイヌやネコは、ノミの吸血行動によって貧血を起こし、弱ってしまうことがあります。2 cm以上もある大きなノミに血を吸われたら、小型恐竜たちも具合が悪くなるのは必至です。
そういった事態を防ぐために、現生鳥類と同じように羽毛恐竜たちは砂浴びをしたり、羽繕いをしたことでしょう。こういった行動には、体表に寄生する生物を除去する効果があります。

ノミはとても手強い吸血昆虫ですが、上記のような物理的刺激で排除されることがあるうえに、何より宿主に出会えなければ生きていけません。プセウドプレックスも生きるためにしっかりと恐竜にしがみつきながら、中生代の生存競争を戦っていたのですね。

メガメノポン ~巨大シラミ出現! 古代の鳥にとって最強の難敵?~

以前、昭和中期世代の親戚(1946年生まれ)から小学校時代の話を聞いたことがあります。運動場に整列した際、手前の子の頭にシラミが這いずり回っているのが見えたそうです。
周知の通り、シラミは人間の血を吸う昆虫です。頭髪や服に寄生するヒトジラミ(アマタジラミとコロモジラミの2つの亜種が存在)は公衆衛生の向上に伴って減少しましたが、いまだに被害報告があるため油断はできません。陰毛に寄生するケジラミは性交渉よって新たな宿主へ移る場合もあり、まさに性病の一つと呼べる存在です。

ケジラミの写真と標本(目黒寄生虫館にて撮影)。人間の陰毛に寄生します。シラミの種類によって、宿主の種類も寄生部位も様々です。

イヌ、ネコ、ウサギ、鳥にも寄生するシラミはいます。それは古代でも同様でした。中生代の環境激変後、哺乳類や鳥類が地球に生息域を拡大していく中で、彼らの血を狙う大型のシラミが誕生しました。

その名はメガメノポン・ラスニトシニ(Megamenopon rasnitsyni)。約4400万年前(新生代始新世)に生きていた古代シラミです。多くのシラミが全長3 mm以下なのに対し、メガメノポンは現生種の2〜3倍に相当する全長6 mmもの大きさがありました
メガメノポンの近縁種は現代にも生きており、外見的な特徴はそっくりです。生態も近縁種に酷似していたと考えられ、メガメノポンは水鳥を寄主に選んでいたと思われます。

ここで、自分が鳥になったと想像してください。
でっかいシラミが羽毛の中でぞわぞわと蠢いていたら、とても気持ち悪いですよね。きっと鳥たちは、メガメノポン除去のために、必死になって羽繕いや砂浴びに勤しんだはずです。

ヒトジラミの標本(目黒寄生虫館にて撮影)。全長2 mmほどの微小昆虫です。メガメノポンの大きさは本種の数倍ありました。

シラミは化石資料が少なく、進化の歴史には謎が多く残っています。発見されている古代のシラミは新生代のものばかりですが、もしかすると恐竜時代にも存在していた可能性もあります。
古代の昆虫が現代に至るまで繁栄しているのは、彼らの選んだ生存戦略が正しい証拠です。相手の体にまとわりつき、食事から繁殖まで宿主の体表でやってみせる彼らの生き方は、実に理にかなっていると言えます。

改めて最後に申し上げますと、「害虫」とは我々の都合によって作られた言葉です。
もちろん、人命は全てにおいて最優先。やむを得ず、虫たちを駆除しなければならない場面もあります。ただ、「虫たちも我々人間と同じように必死に生きている」という事実を心に留めていただけると幸いです。

【前回の記事】

【参考文献】

Valles, M. V., et al.(1999)Comparative insecticide susceptibility and detoxification enzyme activities among pestiferous Blattodea”. Comparative Biochemistry and Physiology Part C: Pharmacology, Toxicology and Endocrinology (Elsevier BV) 124 (3): 227-232. 
Smith, S. V., et al.(2004)Scratching an ancient itch: An Eocene bird louse fossil. Proceedings of the Royal Society B 271 Suppl 5(Suppl_5):S255-8. 
佐藤仁彦(2009)『生活害虫の事典(普及版)』朝倉書店
DiYing, H., et al.(2013)Mesozoic giant fleas from northeastern China (Siphonaptera): Taxonomy and implications for palaeodiversity. Chinese Science Bulletin. 58 (14): 1682–1690.
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座馬耕一郎(2013)「霊長類とシラミの関係」京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科/京都大学野生動物研究センター
町田龍一郎(2019)「ゴキブリの起源は意外と新しかった!」TSUKUBA JOURNAL https://www.tsukuba.ac.jp/journal/biology-environment/20190201155927.html 
大石航樹(2020)ナゾロジー「吸血昆虫「ノミ」の進化の道筋がついに解明! 花の蜜を吸う昆虫に起源あり」https://nazology.net/archives/76632

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