灰色サンドウィッチ。

灰色になっていく嘘と強情はすべて空に消えていく。
朝の川面から蒸気が立ち上っている。対岸の林からはタヌキが顔を覗かせる。

明日実(あすみ)は竹籠からサンドウィッチを取り出した。

数時間前の出来事をきっかけに彼女はここに居る。


ブーーーーーーーーン、ガッコン。ブーーーーーーーーーーーーン。


明日実は深夜にまで及んだ残業で疲れ切ったまま車を運転していた。隣町から自宅まで山越えをしなければならず、その道は連日行方不明者がでることで有名だった。

びくびくしながら最後のカーブを曲がりきると、道の真ん中に半袖半ズボンでひょっとこのお面を被った人物が立っていた。明日実は急ブレーキを踏んだが間に合わなかった。

「大丈夫ですか!?」

慌てて車の下をのぞき込むが誰も居なかった。不思議に思いながら顔を上げると車も消えていた。残されていたのはサンドウィッチが入った竹籠のみだった。


こうして彼女は未だ自宅に帰れずにいる。サンドウィッチの最後の一切れを歩頬張った。

「手づかみで魚でもとろうかな……」

そう言って何度か挑戦してみるも全部逃げられてしまった。がっくりと肩を落とすかとおもいきや、気合を入れ直し、靴を脱ぎ捨て川に入っていく。しかしびしょ濡れになっただけだった。

諦めて歩いて帰ることにした。自宅からそれほど離れていなかった。

自宅前に到着すると、あのひょっとこが待ち構えていた。

「あなた、あんなところに立ってたら危ないでしょ! びっくりしたんだから」

「すみませんでした。ですが明日実さんにお知らせしなければならないことがありまして……」

ひょっとこは深刻な面持ちだ。

「明日実さんのお父様が他界されているのは事実ですね?」

「——はぁ? 意味わかんない」

「それとあの峠道で会った時、あなたは竹籠を肩にかけて歩いていました。口でエンジン音を奏で、ハンドルを握る真似をしながら

明日実の父が最後にドライブに連れて行ってくれた場所。それがさっきまで彼女がいた河原だった。

「そろそろ目を覚ましてもいいんじゃないですか? 数千回繰り返しても満足しませんか?」

急に気分が悪くなった明日実は口の中にじゃりじゃりとしたものを感じ、指を突っ込んだ。指に黒い粒が付着している。

「さっき食べたのは砂だったんだ……」

父の思い出のサンドウィッチは二度と食べられないと悟り、彼女は脱力した。

車もサンドウィッチも幻だった。

車を運転する真似をしながら峠道を往復していた明日実。これからは何をすればよいのだろうと不安になった。

「ワタシと歩きましょう。あちらの方角に隠れ家がありますので、そこまで」

ひょっとこと明日実はトンネルの中に消えていった。


数週間後。二人は路上に立っていた。

「ひょっとこ踊りコンビでーす」

あちこちでひょっとこ踊りを披露する二人の顔は、当たり前だがひょっとこだ。感情の読み取れない複雑怪奇なお面の下にきらきらと輝く顔がある。誰も疑う余地はなかった。

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これは投げ銭用の箱です。刺身食べたい。

スキさえも 窓の結露に 勝てはしない
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高宮聡

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