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2-7. サウジの石油はなぜ安いのか

【3行まとめ】
・サウジの石油産業は、採掘コストの低い油田に恵まれ、引き続き有望産業。石油相場が下落する中、失業対策には新たな産業が必要。石油以外の産業を育成するため、インフラ・建設などの分野が有望視されている。

 これまで、サウジの失業対策として、労働者側のアプローチ(労働供給側)に注目をしてきました。本稿では、企業側のアプローチ(労働需要側)について見てみましょう。

 さらなる雇用を創出するためには、産業のさらなる育成が望まれます。サウジの有望な産業として、石油、石油化学、製造、小売・物流、建設、観光、金融、医療の8分野が指摘されています。
 
 これらの産業は、どれもサウジの強みを活かした有望産業であり、うまくいけば、今後、成長が見込まれる分野です。本稿では、以下、個別に概説していきます。

・石油・石油化学:強い価格競争力
 まず、石油・石油化学については、石油の採掘コストが安いため、他国に比べて強い価格競争力を持ちます。

 採掘コストがどのくらい安いかというと、サウジは1バレル10ドル程度なのに対し、ロシアは17ドル、アメリカのシェールオイルは50ドル程度と大きな開きがあります。

 なぜ、ここまで採掘コストに差があるかというと、サウジの油田は掘れば湧き出てくるような泉であるのに対し、アメリカのシェールオイルは硬い岩盤を掘り進めてようやく絞り出せるものだからです。

 なお、シェールオイルというのは、石油の質を表す用語ではなく、石油が埋まっている場所を表す用語です。

 シェールオイルは、頁岩(シェール)の細かな隙間に埋まっています。頁岩は、習字のすずりに使われるような材料ですから、とても硬くて掘り進めるのが難しいのです 。

 はちみつで例えれば、サウジの油田は、はちみつの瓶にストローを挿して吸い上げているようなものに対して、アメリカのシェールオイルは、すずりでできた硬いはちみつの巣を壊しながら採掘するようなものです。

 サウジは、採掘コストの安い原油を、近接した製油所とプラントで加工することで、ポリエチレンなどの石油化学製品も、石油と同様に強い価格競争力を持っています。

 資源に限りがあるとはいえ、石油資源はまだまだ採掘の余地があり、今後も引き続き有望な産業と言えるでしょう。

・製造:巨大な最終消費マーケット
 製造業について、サウジの魅力は、巨大な消費マーケットです。若くて豊かなサウジ国民の旺盛な需要は、最終消費地として大きな魅力を持ちます。

 サウジを代表する製造業は、SAVOLA社という食品製造業者で、砂糖や食用油の製造の一大ブランドとなっています 。

 砂糖や油のように、汎用的な技術で生産できる商品で、輸送コストの高い商品については、今後も製造業の発展が見込まれます。

 すなわち、どこでも作れるような簡単な製品で、重かったりかさ張ったり輸送コストの高いものは、最終消費地であるサウジ国内で作ってしまおうという発想です。

・小売・物流、建設:いまだ整わぬ国内インフラ
 小売については、製造の項目で述べたように、巨大な消費市場としての優位性があるといえますが、既にカルフールなど大手の業者が進出しています。

 そこで、新たな産業として、特に注目したいのは、インフラの建設です。サウジは、石油資源によって、あまりにも急速に産業が発展したため、その経済水準に比して、公共交通機関や上下水道などのインフラ整備が遅れています。

 サウジ国内には、ほとんど公共交通機関が発展しておらず、街中の移動はほとんど車に依存しています。首都リヤドで地下鉄の建設が続いており、今後もしばらく公共交通機関の建設ラッシュが見込まれるでしょう。

 また、上下水道のインフラ整備の余地も多く残っています。サウジは水資源の60%を化石水(一度消費すると再生不可能な水)、35%を地下水(再生可能な水)、5%を海水の淡水化で賄っています 。

 持続可能な水資源の確保に向けて、海水の淡水化プラントの建設を進めており、この点も開発余地が見込まれます。

 下水道についても、普及率はリヤドで65%、ジェッダでは更に低い割合となるなど、整備が十分ではなく、いまだに多くの家庭で、汲み取り式の下水道が使われています。下水道産業の発展の余地も、まだ十分大きいと言えます。

 これらの建設やインフラの分野の雇用は、サウジ人が敬遠するブルーカラーの職の割合が多いものの、設計やその後の維持管理など、ホワイトカラーの職の創出も見込まれ、サウジ人の雇用を確保するために有望な分野と言えるでしょう。

・観光、金融、医療
 最後に、観光、金融、医療の3つの産業について、簡単に概説します。

 観光については、サウジはイスラム教の聖地、メッカとメディナを抱え、国外から参拝希望者が毎年殺到しています。巡礼ビザの発給を緩和することで、より多くの外国人観光客を受け入れることができるでしょう。

 いきなり外国人の異教徒を大量に受け入れると、文化の摩擦もあるでしょうから、まずは外国人イスラム教徒の観光客から取り込むのがスムーズでしょう。こうした聖地への誘致は、レリジョン・ツーリズムと呼ばれて注目を集めています。

 現在、聖地周辺のホテルや交通機関など、聖地の受け入れ体制が不十分で、すぐには受け入れを拡大することは難しいかもしれません。今後、周辺のホテルや交通機関を充実させることで、さらに受け入れ能力を拡大することができるでしょう。

 金融については、 石油収入を原資としたソブリン・ウエルス・ファンドが存在しており、豊富な資金力を背景として、引き続き有望な産業といえます。

 さらに、イスラム教では、利子を受け取ることが禁止されており、イスラム金融という特殊な金融手法が用いられています。

 利子を受け取らずにどう投資をするのか疑問に思われるかもしれませんが、簡単に言えば、利子の代わりに手数料を受け取る形態をとります。

 こうしたイスラム金融の手法は、イスラム教国家であるサウジにノウハウが蓄積されており、今後もサウジの強みが活かせる産業となるでしょう。

 医療については、サウジ国民の平均寿命は75歳程度と、まだ改善の余地があります。現在はまだ高齢者があまり多くないのですが、今後、若年層が高齢化していくにしたがって、旺盛な需要が見込まれます。

・まとめ
 「サウジの脱石油依存」という言葉は、最近のニュースのトピックとなっています。脱石油の先にどのような産業があるのか、という観点から、サウジの有望産業8業種について、概説いたしました。

 脱石油依存を積極的に進めるムハンマド・ビン・サルマン皇太子は、こうした8業種の強みを活かしながら、NEOMという巨大都市を、約5000億ドル(約50兆円)かけて建設する予定と発表しています。

 そして、このプロジェクトには、ソフトバンクグループの孫社長も協力を表明しています。

 こうしたプロジェクトが成功し、失業対策となるか、それとも失敗してしまうのか、サウジの今後の命運がかかるこのプロジェクトに注目が集まっています。

写真はNEOMのホームページ。「世界で最も野心的なプロジェクト」と銘打っているが、果たして命運は。

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(写真はPixabayより)