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やさしくされたらもう野生に帰れない

日がな一日ジョージから連絡は来ないものかと逡巡して過ごす。
彼とわたしは合わない、ということは重々承知しているのだけど、どうしてもわたしの中の何かが、彼を諦めきれないのである。
生活の何もかもが片手間に感じる、私はジョージからのたった一通のメールを待つ間に朝起きて履歴書を作ったりそれを配り歩いたり面接を受けたりライブに行ったりご飯を食べたり寝たりしている。
これだから恋は嫌だ、こうやって私が今までこつこつ築いてきた全てが、一瞬で色を失くしてしまう。

わたしはまったく恋愛体質ではない。
花も色気もない世界でいつまでものんきに暮らしていける。
しかし、一度運命の匂いを嗅ぎつけてしまうと猛烈な勢いで西野カナ状態に陥ってしまい、挙動不審になり、ワキに変な汗をかきはじめ、急に胸が苦しくなったかと思えばいきなり笑い出したり、もうほとんど病気である。

ジョージの家を出てみてはっきりとわかったのは、彼にとって私との日々は恋ではなくさながら野生動物の保護活動だったということである。
エサをやったりあたたかい寝床を用意してやったり、たまに撫でてやったりとかそういう世話はするけども、ある程度回復したら「さあ行け!行くんだ!」と無理やり自然に帰されるかわいそうな野生動物=私である。
野生動物は振り返り振り返り森に帰って行く、
そしてそうだこれでいいんだと涙の別れ。

彼は正しい。

というより、わたしがここを出ることを選んだのだ。
「明日引っ越すね」
といったとき、じっと私の目をみてから――そっか、と一言いった時の彼の表情が忘れられない。
あの時、あんなさみしそうな瞳をしていたのに。なんでメールの一通もよこさないのだ。
もうちょっとわたしに興味を持ってくれているものだと思っていたのだけど、甘かった。
つい先日までグラスゴーっていい街じゃん!とくるくる舞い上がっていたわたしは何処へやら、朝部屋のカーテンを開けるたびに厚い雲をみてアーと唸ってベッドに戻る生活を繰り返している。

しかし、わたしは意地である。
自分から連絡したら負けだと思い一日我慢する、アイフォンの電源をわざと切っておく。しかし夜パブで何杯か引っ掛けるとええい人生一度きりだ後悔してられねぇやいといった気持ちが湧き上がってきて、とうとう「元気?」なんてなんの意味もないメールを深夜唐突にジョージに送って眠る。こうやって書いてみると私の行動はさながらうざい元彼のようである。

過去の古傷がビンビン痛む。
わたしは、わたしを適当にあしらってくる男の人に恋をして、その傷をわたしのことを大事に扱ってくれる人のもとで癒し、それからまた旅立って傷ついての繰り返しの人生である。

むかし友達に、
「なんかあんた船みたいだね」
と言われたことを思い出す。

わたしはいつも港を探す船である――というと聞こえはいいが全く責任感のないアホ女であることは間違いない。

ロンドンという4文字がちらちらと頭をかすめる。

ジョージ今日何してるの?飲もうよ!と意気込んで送ったメールを無視されひとりやけ酒を浴びて帰ったわたしは、猛烈な勢いでロンドンにある映像制作会社に片っ端から雇ってくれメールを送りまくる。

ひとつでも引っかかったら、わたしはこのままロンドンに旅立とう。


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