見出し画像

昼と夜と朝の間を縫って歩こう、ああダンスフロアはパンダでいっぱいだ

土曜日の夜、いつもと違うパブに行ってみよう、と思った。そこで私はやたらユーモアセンスの高いポーランドの熊さんと踊ることになる。

グラスゴー朝10時、起きてカーテンを開けるとそこには信じられない光景が拡がっていた。

晴れているのだ。

しかもピーカン晴れである。人々が半袖Tシャツで笑いあっている。どこからともなく幸せそうな音楽が聞こえてくる。
いつものビショビショのフードのヒモをギュンギュンにしばって前傾姿勢で歩く人々の姿がどこにもない。
これは異常事態だ。
カーテンを閉め切ったリビングではギリシャ人とアフリカ人ルームメイトが何か光熱費のことでもめている、
わたしは晴れてるよ!と叫びながらその場に乱入し閉め切ったままだったカーテンをわっと開ける、

いっせいに光が差し込んできて、私たち3人の顔を明るく照らす。

ああと歓声をあげて、しばらく私たちは呆然と窓の外にあほ面をさらしていた。

いつもより丁寧にシャワーを浴びて、スーツケースの奥でたたんだままになっていた白いTシャツと、明るい色のジーンズを履く。
部屋の隅に脱ぎ捨てられたセーターがなんだか今日はひどく場違いに見えた。

外に出て私は一目散に公園を目指す、通り過ぎる人々は皆この世の春をただただ謳歌している。
私も例にもれず、大行列のスーパーマーケットでサンドイッチと白ワインを買って公園で横になる。

太陽って素晴らしい。

かつて私はこれほどまでに太陽に感謝したことがあっただろうか、ああ肌を焼くこのあたたかい光よ、好きだ、太陽が好きだ。

しばらく本を読んだり昼寝をしたり、次々とやってくる犬たちとじゃれあったりしていたら私は一人でワインをすっかり飲みきってしまっていた。
ここで、いつもならだいたいお決まりのパブに行ってそれからその辺のライブでも見に行くかな、となるのだけど今日はなんだかいつもと違うことがしたくなった。

昼の終わりと夜の始まりの、なんともいえないわくわくとした空気が町中に漂っている。

その中を悠々と漂っていたら、いつも行かないエリアの路地裏に、なんとなくいつもなら入らなそうな雰囲気のパブを見つける。
とりあえず一杯いってみよう、と入るとアメリカンな内装のバーは公園帰りの人々で満載、カントリーバンドの音楽に合わせて皆踊り狂っている。
バーでビールを注文しようと列らしきものに並ぶも、あまりにも人が多すぎてもはやバーテンダーの姿が見えない。
と、どこからともなく現れたおばちゃんが突如私の手をとり踊り始めた。
私は意味もわからずとりあえずおばちゃんの謎ステップに合わせて踊ることにした。
同じアホなら踊らにゃソンソンの精神が強く私に根付いていることを再確認する。
アフリカ生まれの彼女のステップと私の盆踊り的ステップは意外にも周囲に好評を博し、私はビールにたどり着く前にすっかり踊りの波に巻き込まれていった。
しばらくすると、やたらガタイのいいブロンド熊のような青年が人懐っこい笑顔とともに私にビールを運んできてくれた。

熊「はい、ビール!」
私「え、誰?」

と彼は、あっそうだよね、いきなり知らない奴にビール渡されたらそうなるよね、といって笑った。
彼は私のダンスパートナーのおばちゃんの友達とのことであった。やたら歳の離れた友達だねとか色々聞きたいことは山積みであったが、とりあえず私たち3人はビール片手に踊る。

アントニという名のブロンド熊さんはポーランドからやってきて、今はグラスゴーで何か金融関係の仕事をしているらしい。
自分から聞いてはみたものの彼の仕事内容の話がむずかしかったので、とりあえずエア空手技を仕掛けるとすぐにアーといって倒れるフリをしてくれた。何か大阪的なものを感じ私たちはすぐに意気投合する。
よく笑うおばちゃんはサリーといって、彼の長年のクライアント兼友達でたまにこうやって遊びに出かけるらしい。

アメリカンなダンスタイムが終わると踊り足りない人々が

「Let's go Bamboo! Let's go Bamboo!(バンブー(=この近所のイケイケのナイトクラブ)行こう!)」

と騒ぎ始めた。

バンブーか……とアントニの方を見やる、
と、
竹林(=バンブー)にそんなに行きたがるなんて実はこれパンダの集まりだったんじゃないか、と彼は真顔で呟いている。

私はその瞬間、
この人とはきっと友達になれる――と確信した。

グラスゴーがこんなに晴れているなんて今日はもともとおかしな日なんだから、私たちはバンブーに行くべきだよ、と一同納得して、
見ず知らずのパーティー野郎たちとともにバンブーに突入し踊り明かした挙句にKFCでフライドチキンとコーラをシメに笑っていたらあっという間に明け方になっていた。

明日も晴れていたら公園で会おう、
と約束して私たちはそれぞれのタクシーに乗り込んだ。

夜の終わりと朝のはじまりの間の、うすら明るい空には雲ひとつない。


いただいたサポートは納豆の購入費に充てさせていただきたいと思っております。