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ふたりの男性へのときめきに死す

一晩にして私はふたりの男の人に恋をしてしまったようだ。
そんなことありえないだろうよと思いながらもときめきにより胸の鼓動のBPMがはやすぎてほとんど病気である、まず同時にふたりも好きになったのは30過ぎて生まれて初めての経験なものでとりあえず落ち着いて状況を整理しよう。

最近わたしは、夏季限定のアイスクリームトラックで働いている。
開店から閉店までひたすらひとりで好きな音楽をかけ好きな本を読み、ときたまアイスを売るだけの簡単なお仕事である。就活のストレスで頭がパンパンになっていたわたしには神の恵みのような仕事であった。

この日は初めての給料日+フライデーナイト、さてどうするかなーとアイスクリームトラックの中から顔を出して道を行き交うひとびとを眺めていたら着信あり、先日アダムのパーティーで出会ったDJのオトさんであった。
「今晩シークレットパーティーがあるから是非おいで」とのお誘いをいただく。
わたしは飛び上がるくらいに嬉しかった。
それというのも、先週末のバイト帰りにふと"そういやあの人この辺に住んでたな"という理由だけでまだ一回しかあったことのないオトさんに電話、友人らと家呑みしてるからどうぞという誘いに「それ来た待ってました!」とばかりに意気揚々家に上がり込みタダ酒を散々いただいた挙句に完全に酔いつぶれ家主のベッドの真ん中に大の字で眠る、というこうやって今書いていても冷や汗ものの蛮行を繰り広げたばかりであった。

すっかり見捨てられただろうと勝手に意気消沈していたのだけど、こうやってまた誘っていただけるなんてありがたい限りである。
もちろん飛んで行きますと即答。

電話を切ってから、ぼんやりと記憶を遡ってみる。(アイス売れ)
初めてオトさんに会った時に真っ先に思ったのは「なんか海外製のダルマみたいな人だな」であった。ひどい。本当に私はどうかしているのかもしれない。
なんだかボテッとした感じの全体感に、歌舞伎役者ばりの目力が印象的だったのだ。彼が日本人とイギリス人のハーフだと聞いてやたらに納得した。

あの夜(朝)、気持ち悪いよー水飲みたいよーと叫ぶ私にオトさんはせっせと水や洗面器を運んでくれていた。
全く得体のしれない酔っ払い女によくぞあそこまで辛抱強く付き合ってくれたものだなと今更ながら全く頭が上がらない思いである。

それから、小さいふわふわの生き物を触るぐらいの力加減でもってそうっとわたしの髪を撫でてくれていた彼のぷくぷくした手のひらの感触。

彼の全体のごつごつした感じとアンバランスな、
その臆病そうな手の温みが頭の右半分に残って消えなかった。

アイスクリームトラックを早々に閉め、
急いで家に帰ってクローゼットから何でもかんでもひっぱりだして「仕事帰りにさらっとシャワー浴びてその辺のもの掴んで着てきましたけど」という風な塩梅のおしゃれがいい、パーティーだ!とキメすぎて行くのはもはやダサい時代遅れであるしかしだからと言ってジーパンにTシャツではいけない、さてとなんだかんだやってるうちに1時間が経過しアー!とマッハで化粧中アダムから連絡あり、夕方ラジオステーションで働いているから良かったら遊びにおいでよとのこと。
まじか行くよ絶対と私は完全にエンジンのかかった状態でそのラジオステーションへとバスライド、
その"ラジオステーション"はそれはもう映画のセットですかと見間違うくらいにTHEロンドンアンダーグラウンドの極みといった感じの、スラム団地の一角で恐ろしくかっこいい音楽をかけているプレハブ小屋であり、周囲ではローカルのカリビアンの家族や子供たちがやんややんや群れているいわゆる一般的な"ラジオステーション"(四角いビルの中に入っていて透明なガラスに仕切られたDJブース)とはかけ離れたまるでこの土地と一体化しているひたすら参りました格好いいですとしか言いようのない空間。

ほとんど観光客状態で口を開けて建物の写真を撮りまくる私に気づいたアダムが、いつもの少年のような笑顔で出迎えてくれた。

ああ、アダムかわいい。

血流がよくなって来た、
あの夜からわたしの中にふつふつと湧き上がりはじめた、何か妙にあたたかい感情の塊が疼いている。
あれはやけに静かな夜で、普段はワイワイ人が集まっているキッチンには私とロジャー(80歳のおじいちゃん音楽家)しかいなかった。
二人でしっぽりウィスキーをやりながら「このピスタチオはうまい」とかそういう話をしていたら、深夜になってアダムが帰ってきた。
少し酔っ払った様子のアダムに、私の作りすぎた焼き魚と白米を食うかと聞いてみると「食べる!」と満面の笑みを浮かべた。

かわいい。

食べてる。

え、やだ……かわいい。

拝啓 キャンディーズさま――。
あなたがたの言っていたことを、
私は20年の歳月を経てやっと理解することができました。

年下の男の子が、可愛い。

私はすでにババアモードに差し掛かっているのだろうか、ああしかしもうなんだっていいのだよ。
さぁもっとおたべさあこれもあれもと食堂のおばちゃんと化した私はすっかりウイスキーにやられてきてもう視界がぼんやり、その中で私の大好きなロジャーとアダムが二人並んでいる、笑っている、雨の夜だ外は冷たいよ、でもああ暖かい部屋の中で、テーブルを挟んでふたりが、私の目の前で笑っている。

好・き・最・高ってこういうときに使うんだね。

じいちゃんと孫みたい、可愛い。いとしさと母性となんだか色々なものが溢れてしあわせで泣けるくらいの夜だった。

そのアダムである。

若いのに何個も仕事を掛け持ちして金曜の夜にラジオ局でDJしてるなんてなんてデキた子なんだろうか、と感心しているとそこにオトさん一行が現れた。

例のシークレットパーティー前に、このラジオステーションでDJをすることになっていたらしい。
しかも、アダムとセッションをするとのこと。

私の心は散々に燃えた。

安ビールをせっせせっせと片付けながら、二人のセットが始まるまでなんだか落ち着かなくてステーション周りでガヤガヤしている人々と初めましての挨拶もままならなくて、
ああアダムが、
そしてオトさんがヘッドホンをして、
ふたりが、
視線を交わす、
そして 最初の音が鳴る――

キューン、

とターンテーブルが回る、
ああまた、私のいとしい人々が音を奏でている、
アダム、オトさん、
そして私の心臓はまじで破れてしまいそうにドンドコ低音ビートがマジである。

好きと虚空に叫びたい。

ロンドンに来てから愛おしさが溢れすぎてもう一生ここから離れたくない。

私は私がここに来てから与えられているすべてのものがびっくりするくらいに愛で、いつかこれが終わってしまうのかと思うともう悲しくなってきた。

好・き・最・高が止まらない。

それでもはや なすすべもなく私は、
ただただ音楽に身をまかせている。


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