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私の中の未知のキャンキャンOLマインドよ、いったい今までどこへいらしたの

「金とか仕事とか身長とかどうでもいいし、そんなんよりその男の生き様が大事なんだよ」と野毛の酒場で徳利ふりふり語っていたわたしよ、君はいまわたしが陥っている状況をみてきっと笑うだろう。

月曜の朝、ぐうすか寝ていると長い携帯の着信音で目が覚めた。
もしや就職面接のお誘いではないかと急いですっかり起きてましたボイスを取り繕って電話をとる、と、

オハヨー!遊びに行こう!

と陽気な男性の声がする。
えっと誰ですか?
と聞くとアントニであった。

特に予定もなかったのでいいよというと、じゃあ15分後に行くからと電話が切れる。
ちょっと待て早すぎる、急いでシャワーに飛び込みなんとかしたくを終えると窓の外からクラクション、見るとなんかカッコイイ車からバッチリスーツの男が出てきてこちらに向かってオーイと笑顔で手を振っている。
どこからともなく湧いてきた近所の子供たちが木の枝を振り回しながらなんでスーツなのどこ行くの誰待ってるのとバッチリスーツの男ことアントニに怒涛の質問を浴びせている。
まさか車で登場するとは予想だにしていなかったわたしは完全にうろたえながらハローハローと妙な笑顔で登場、と子供たちはまさかこの小綺麗なビジネスマンが二階の小汚いアジア人を迎えにきたとは予想だにしていなかったらしくキャーと何か歓声をあげている。そうだろうそうだろう、わたしも驚いたのだよ。
すっかり鼻高々のわたしはバーイと子供らに手を振り颯爽と(多分)黒光りする車に乗り込む、すると車はご機嫌な音楽に合わせて軽快に走り出す。
振り返ると、裸足の子供達が飛んだり跳ねたりしながらいつまでも手を振っていた。
スラム街の娘が王族に見初められ嫁にいく気分はこんな感じなんだろうかと妙な妄想をする。

しかしこの人は、本当に私が安酒場で出会ったあのアントニなのか?

サングラスの似合う横顔をしげしげと見つめながら、
車とスーツにときめくなんて私の中に未知のキャンキャンOLマインドが存在していたことを知る。
どうやら彼は私をどこか素敵な町に連れて行ってくれるらしい。沸き上がる我が脳内ではプリティウーマンが連続再生されている。
わたしの今までの人生において、都市圏で車を乗り回している人に出会ったことがほぼなかったので何だか彼はほとんど別の人種のようである(実際そうなのだけども)
話せば話すほどジョークとダンスが好きなあのアントニなのだけど、この人はわたしが小さい頃に「あ、大人だなあ」と思っていた大人の一人なのだと当たり前のことに気づいてひとりうなづいていた。

「シャツにしわがないね」

と阿保の子のような質問をする、と彼は
世の中にはアイロンっていう名前の素晴らしい機械があってね、それはスイッチを入れると布をまっすぐ均等にのばしてくれるんだ、知ってる?
と言って笑った。
私たちはアイロンの存在について小一時間話した挙句に、とんでもなく美しい渓谷にたどり着いた。
遠くに、石造りの古いお城が見える。
厚い雲と雲の隙間から白い光線がやわらかく照っている、なんだかここはスコットランドみたいだ。
そうだよ、君は今スコットランドにいるんだよ。
わたしは今までグラスゴーの街中をウロついていただけで、ちょっと車を走らせるとこんなにも美しい景色があることを知らなかった。

すっかり惚けているわたしを、アントニは街の古いホテルの食堂に連れて行ってくれた。
よく磨かれた木のテーブルやイスが何気なく並んでいる小さな食堂中に、ステンドグラスから色とりどりの光が差し込んでいる。
赤と青の光を受けたアントニの瞳が、とてもきれいだと思った。
豆のスープと、パン、何やら色とりどりの野菜や肉ののったプレートを平らげる。ついでにデザートまで出てくる。

帰りの車中、こんな古典的なデートにときめくわたしは一体何者なのかと自分の30年間を疑った。
いい仕事や金なんてくそくらえだ、男がリードするなんて時代遅れだフェミニズムよさぁおいでと生き勇んでいままで暮らしてきたのに、この前時代的な男らしさにわたしはすっかり参っている。
わたしは結局あんなに卑下していた「結婚するなら3高で、まあ年収は1000万円はないと無理〜」なんて巻き髪をネイルバッチリ人差し指でもってくるくるトルネードしている女たちと大差ないのかもしれない。

完全に恋愛における自我の崩壊に戸惑いながらアパートまで送り届けてもらう、
次はいつ会える?とアントニ、
ああどうしようかどうしよう、
あなたとわたしは完全に別の世界に生きてきており、おそらく今後その歪みががんがん大きくなってどちらかがどちらかに失望してそれで結局価値観が違ったとかいって別れるハメになるんだきっとそうだ、でもわたしは笑って、明日はどうかな?と彼の手をとっている。





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