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世間体を気にするガーナ人とのスペイン爺をめぐるケンカ

とにかくしょっぱくないなにか新鮮なものを食べようと共同キッチンでほうれん草とトマトを炒める。すると、隅に英語のあまり得意でないスペイン人のおじいちゃんが震える手に冷凍ピザを持ってたたずんでいる。
どうしたのと聞くと、普段料理をしないからどうやってピザを作ったらいいのかわからないと照れ臭そうにしていた。じいちゃんのピザをオーブンで温めてあげる。
ロンドンに住んでいた彼の弟が亡くなり、お葬式のためにバルセロナからやって来たらしい。昔は車の工場で働いていて、今は一人暮らしなんだと言っていた。
と、キッチンにやたらにテンションの高いガーナ人が現れYou Japanese! C'mon Join us!と割り込み割り込みあれよあれよという間に私はガーナ人らのテーブルに巻き込まれてしまった。
おじいちゃんは、出来上がったピザをオーブンから皿に移すのに失敗し、すっかり逆さまになってナンみたいになったピザを隅っこのテーブルで食べていた。
質問が止まらなすぎるガーナ人の青年は、まだ挨拶もすまないうちにLINE教えろ、Facebook教えろ、Instagram,Whatsapp、、と私の持つすべてのSNSを矢継ぎ早に聞いてきて私はすっかり参ってしまった。
彼は手元に並べた三台のIpadだのアイフォンを駆使し、様々なひとの会話に割り込みながら全員のSNSをコンプリートしようとしていた。さながら珍しいポケモンを収集するポケモンマスターである。
彼はあまりにSNSに忙しく、どうやら私をテーブルに招き入れSNS情報をゲットしたことで満足したようだった。
私は、一人逆さピザを食べているスペインの爺が気になり、このポケモンマスターにあそこにいるお爺ちゃんもこのテーブルに呼んでもいい、と聞いてみた。
すると彼はここの席は携帯を置く場所だからダメだと謎の理屈をこね始めたので、彼に少し腹が立っていた私はお構いなしにスペイン爺を呼び寄せた。
よく知らない場所で弟を亡くして、こんな若者が騒ぎ散らかしているばかりの場所でひとりで逆さピザを食べるなんて、そんなかなしいことはないんじゃないか、と思った。

私の横にいた心の優しそうなイギリス人青年とスペイン爺と私は、爺のテンポに合わせてゆっくりと会話を楽しんでいた。
そこに定期的にガーナ人青年アリが割り込んで来て、全然関係ない話を大声でまくし立て、爺のいうことすべてにWhat? What?と何言ってんだジジ、みたいな態度をとってくるのに私はそろそろ我慢の限界が訪れていたが、イギリス人青年のナイスな返しにその場はなんとか収まっていた。
こういう、細身で赤毛のやさしい青年のはなすイギリス英語の響きはなんだかいいなあ、と私はクイーンズイングリッシュにすっかりほれぼれしてしまった。
ピザよりパスタがうまいとか野菜をもっと食べなきゃとか平和すぎる私たち3人の会話をつまらなそうに聞いていたアリは、突然爺に
How old are you?(あんたいくつ?)と質問してきた。
68歳、と爺が答えると、
Nah, you are too old for this. (うわー、年寄りすぎる)
と言いのける。
爺さんは爺さん同士でつるんでればいいんだよ、こんな若者の輪の中に入って来て、僕ら友達になれるとでも思う? あ、僕はいいんだよ? 僕はね。僕は別に気にしないんだけど、世間はこういうの変だなって思うよ、孫ほども年の離れたアジア人の女の子と、あんたみたいな爺さんが一緒にいたら……僕は別にいいけどね、世間は友達だとは思わないよ、なんかボランティアっていうか弱みでも握られてんじゃないかっていう感じで(笑) あ、これ一般常識だから。
爺が苦手な英語で何かを返そうとすると、
アリはListen Listen!ちょっと待って!まず僕の話を聞いてと上記のようなことをひたすらにまくし立てる。
ちょっと爺に喋らせなよ!
と私がいうとアリはふてくされた様子で携帯をいじり始め、その間に爺はなんとか言葉を絞り出す。
「自分がここで浮いているのはわかっているけど、友情と年齢は、関係ないと思う。僕が年を取っているのが君に迷惑ならそれはどうしようもないことだが、嫌ならここを離れるよ」
しかし、アリはひたすらにSNSである。
とうとう私は黙っていられなくなって、
っていうか!さっきから世間は世間の皆さんはっていうならその皆さんってやつを連れてきてよ、そんなものどこにも存在しないんだよ、全部あんたが思ってることなんだ、そうやって自分は違うけど〜?みたいな感じで意味不明なこと言い出すのはマジで卑怯だし嫌い、そういうの本当に嫌い!
といきなり怒り出したアジア人に戸惑った様子のイギリス人青年のやさしい青い瞳が右に左に動いているのが見える、
しかし私はなぜだかこの時本当に手が震えるほど悲しくて、怒ってしまった、そして止まらなかった、爺がどんな気持ちでいるのかこいつには一生理解できないだろう、私だってわからないけど彼がいい人だっていうのは火を見るより明らかじゃないか、なんでそんなことを言えるんだろう? 一体どんな脳みそしてんだ?
一向に人の話を聞かないアリは、OKと適当な相槌をうった後また話し出す、僕は自分より10歳以上上の年齢のやつとは友達になりたくない、老人とは友達になれない、だってそんなのおかしいよ! これは僕だけじゃなくて、世間の一般常識だよとまた世間世間世間とマジでこいつミンチにしてやろうかと思うくらい、どうして私はこんなに怒っているんだろう。
私は、自分の意見を社会のせいにするやつが嫌いだ、皆がそうとか普通はそうとかそういうやつだ大嫌いだ、そしてほんのちょこっとでも人の気持ちを想像しないできない脳みそ使わないスタイルのやつも大嫌いだ、私だって人の気持ちなんてわからないしそこまで善人ではないけど、なんでこいつそんなこと言うんだろう一体何が楽しいんだろう? どうして人を、わざわざ悲しませるの?
君はきっと――爺だからとかアジア人だからとかゲイだからとかそういう理由でどんどん人を遠ざけて、せっませっまい世界の中のさらにSNSの殻に閉じこもって俺友達いっぱいいる!とかそういうこと言うんだろ、君は、私のSNSを全部知ってるけど私たちはなんの話をした?You are from Japan, Nice!だけだろ、君は私をただの日本人だと思ってるけど私には名前があるし日本人だからキレイ好きなんだろとか親切なんだろとか言われんの大嫌いだしだからなんだって感じだし、マジで意味わかんないし、私と爺はちゃんと、ちゃんと話をしていたのに、そんな意味わかんないやつに邪魔されて友達になりたくないとかって言われてもこっちから願い下げだし私と爺は、お互いのSNSを何にも知らないけど、間違いなく友達だよ、お前とは友達でもなんでもないしなる気もないし!ほら爺、行くぞ!

と私は勢いよく席を立ち、爺の腕を引っ張って外に出る。

周りのみんなはガーナ人と日本人のケンカ初めて見た、という顔で気まずそうに微笑んでいた。
見てんじゃねーよオーラを漂わせながら私はなんだか、どうしようもなかった。

外は風がごうごうと強くて、雨が降っていた。
爺は、私にスペインの葉巻を持たせ、そっと火をつけてくれた。
私の指は寒さなのか怒りなのか、震えが止まらなかった。
心配そうな、傷ついたような、諦めたような爺の顔を見ていたら、私は心底、爺に申し訳なく思ってきた。
爺をダシにして自分の言いたいことばかりまくし立てて、私ももしかしたらあのガーナ人とそんなに変わらないことをしていたんじゃないかと思って、情けなかった。
私たちは、風で揺れる木々を見ながら、じっと立っていた。
スペインの葉巻は、太陽みたいな匂いがする。 

それから、宿の中にある小さなバーで、私たちはビールで乾杯をした。
明日のバスでグラスゴーに行くんだというと、爺は起きれたら見送りに行くよと言ったが、
翌朝爺はいなかった。

朝のバタバタの中サトウのご飯をあっためたのを握り飯にしてバスに持参しようとしたら、電子レンジが壊れているので湯煎。
パンクな感じの受付の姉ちゃんが、レンジにバチッとOUT OF ORDERの紙を貼り付けて去っていった。

何でもかんでもOUT OF ORDERの国である。

傍らでは気弱そうなベルギー人の青年が朝からケーキを作っていた。
木の棒がないので、コンタクトレンズの保存液ボトルでせっせと生地を伸ばしている。

通勤ラッシュに巻き込まれないようメインでない方のバス停を選んで予約したのが功を奏して、割とすんなりGolders Green Bus Stationにたどり着く。
スーツケースを持った人々の固まっているエリアに行ってしばし待つと、大きなバスが何台も何台もやってくる。
やっとGlasgowいきと書かれたバスがやってきて、
中からGlasgow行きーーーー!と叫びながら黄色いジャケットをきた歯抜けの係員が飛び出してきた。
月曜の朝っぱらから片道9時間もかかるGlasgowいきに乗る人間はそう多くなく、(夜行で行く人が多いようだ)数人がパラパラと彼の元に集まる。
ううさみい、風つめテーなーと言いながら乗客のチケットを集める彼の話し方に、つい私の頬は緩んだ。
これはまさしくStill GameやRab C Nesbittの話し方ではないか、
私がUK行きのビザを手にし、移住先にロンドンではなくグラスゴーを選んだ最大の理由はこれなのだ。
私にとってグラスゴーの方言は耳に馴染んだ東北弁のように聞こえ、それがなんだか愛らしいのだ。
受付の兄ちゃんはさっむ!あっ番号打ち間違えた!さっむ!とブツブツ話し続けているようだがほとんど何を言っているのかサッパリわからない。
オラワクワクしてきたぞ、という言葉がぴったり、私はこの言葉の世界に行くのだ。
なんとなくモヤっとしていた、自分がスコットランドに住んで働くということがまさに現実のようになってきた。
始まりのインド人に逆らって、私はグラスゴーでやっていけるような気がする。

これが正解のような気がしてならない。


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