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豊田泰光、あるいは野球探偵(1)(2021)

豊田泰光、あるいは野球探偵
Saven Satow
Jun. 01, 2021

「もしフィールド・オブ・ドリームスが本当にあったら、大下さんとまた野球をしたいなあ」。
豊田泰光

1 流線型打線
 ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平は、開幕からっ2カ月ほどの間、主に2番DHで出場する。その2番打者は明らかに長打を狙って打席に入っている。実際、彼はリーグのホームランダービーを争っている。

 こうした姿に対し、MLBのことと片付け、日本において2番打者は犠牲バントを始め小技を使ってチームに貢献するものという反論も聞こえてくる。おそらくその根拠はV9ジャイアンツ時代の土井正三だろう。彼が脇宅に徹したおかげで、主役のONが活躍できたというわけだ。

 しかし、この主張はONのすごさを述べているだけである。アウトを敵に一つ渡すこと以外、土井の打撃に関して何も伝えていない。彼のプレーは2番打者像の根拠にはなり得ない。

 これは、同じくジャイアンツの歴史における代表的な2番打者の千葉茂と比較すれば、理解できるだろう。彼は「猛牛」と呼ばれ、戦後最初の巨人黄金時代のスター選手である。この2番打者は、「二度死ねない」として1試合の犠打を一度しか行わない。彼は、ルーク・アップリング同様、長打力こそなかったものの、ファウルで粘って相手投手を肉体的・精神的にまいらせた上で、四球で歩いたり、右打ちをしたりしてチャンスを広げている。このような千葉の打撃スタイルはいかに彼が相手投手にとって嫌な打者だったかを物語る。

 実際には、理想の2番打者の議論は決着がすでについている。それは豊田泰光である。しかも、この2番打者像には理論的裏付けがある。何度も蒸し返される2番打者論は断片的な思いこみや思いつきにすぎず、神学論争の域を出ない。

 豊田泰光は、2006年、特別表彰により野球殿堂に選出されている。野球博物館のサイトは彼について次のように紹介している。

豊田 泰光(とよだ やすみつ)
西鉄黄金時代にクリーンアップを打つ
昭和28年西鉄に入団。1年目から遊撃手のレギュラーとなり、打率.281、27本塁打という高卒新人としては、異例の好成績で新人王を獲得した。日本シリーズ3連覇を達成した西鉄黄金時代には、クリーンアップを打ち「大舞台に強い打者」として優勝に貢献した。ベストナイン6回、オールスター出場9回。近鉄のコーチを務めたのち、さまざまなメディアで野球評論家として活躍。

表彰年/区分 2006年/特別
生年月日 1935年2月12日
没年月日 2016年8月14日
出身地 茨城県
出身校(高校、大学) 水戸商業
プロ野球 在籍チーム
※公式戦出場年 西鉄(1953~62年)、国鉄(63~64年)、サンケイ(65~68年)、アトムズ(69年)
投打/主なポジション 右投右打/遊撃手
通算成績 通算1814試合、6137打数、1699安打、263本塁打、888打点、打率.277
年度別成績 https://npb.jp/bis/players/31233807.html
タイトル 首位打者1回('56)
表彰 新人王('53)/ベストナイン6回(遊 '56~'57、'59~'62)
記録 最多連続試合サヨナラ本塁打2('68.8.24~8.25)※プロ野球・パ記録/ゲーム最多犠飛3('60.9.17)※プロ野球・パ記録

 西鉄ライオンズの監督三原脩は「流線型打線」を提唱する。これは飛行機の主翼をめぐる流体力学に着想を得た理論である。2番打者の役割はその体系に位置付けられている。

 飛行機の主翼は前方が丸みを帯び、後方が尖った形状をしている。これを「流線型」と呼ぶ。ただし、厳密には、後方に迎え角がついてあり、全体が湾曲している。風は翼下の面に当たると、下方に曲げられる。その際、空気から翼が反作用の力を上方に受ける。また、翼の上面では、それに沿って風が下向きに流出する。その間、風は翼から下向きの力を受ける。と共に、翼は空気から反作用の力が上向きに働く。このようにして翼は上面・下面のいずれかでも空気から上方への力を受ける。これが飛行機を浮き上がらせる揚力である。

 三原監督はこの原理に着想を得て、流線型のオーダーを組む。早い打順に強打者を配置すれば、得点がより期待できる。従来の打線は4番に最強打者、その前後に強打者を置く。しかし、それでは流線型にならない。1・2番に強打者、3番に最強打者を並べる。その上で、4番以降は滑らかに打力順に配置する。

 具体的に言うと、1番に一発もある巧打者の高倉照幸、2番に勝負強い強打者の豊田泰光、3番に最強打者の中西太、4番に確実性の高い功打者の大下弘、5番に荒っぽい強打者の関口清治が並ぶ。この打線の特徴は1~3番なでに点をとることにある。その際、ポイントになるのが2番である。状況に応じて打撃を変えることが求められる。つなぎの場合もあれば、自ら決めることもあれば、塁に出ることもある。

 この5人を通算成績のOPSで見ると、ほぼ理論通りの値である。高倉は0.746(C)、豊田は0.837(B)、中西は0.933(A)、大下は0.858(B)、関口は0.753(C)である。ただし、1.000以上のシーズン成績となると、中西が1986年の1.049.の一度に対して、大下は1949年の1.015tと1951年の1.169の二度記録している。また、豊田は0.900以上のシーズンが二度あるものの、1.000以上はない。さらに、高倉と関口には0.900以上のシーズンはない。

 OPS(On-base Plus Slugging)は出塁率と長打率を足し合わせて、打席のチーム貢献度を示す指標である。レジェンドの生涯成績のOPSを比較のために挙げるなら、川上哲治は0.850、長嶋茂雄は0.919、王貞治は1.080、野村克也は0.865、張本功は0.933、落合博満は0.987となる。この王の値はNPB史上1位である。

 流線型打線には、先に述べた場合以外でも点をとる選択肢がある。二人が凡退しても、3番が一発狙いをすることもできる。その際、塁に出ることになっても、確実性の高い4番で返すことも可能だ。3番に続き4番が出塁したら、5番に期待もできる。また、1~3番が凡退して、4番から次の回が始まっても、確実性が高いので出塁する可能性がある。そうしたら、5~7番で返せばよい。3番に最強打者を置く打線の方が従来よりも得点の選択肢の幅が広くなる。打力が弱い打線であれば、なおのこと、4番最強打者にこだわるべきではない。もちろん、2番に打撃力のある選手を据える実践も何度か試みられている。けれども、流線型打線のような体系的理論の裏付けは必ずしも認められない。

 なお、MLBは3番に最強打者を置くのがオーソドックスな打順である。打撃の弱いチームであっても、それは変わらない。最強打者はチームの看板選手だから、3番にすれば、地元のお観客は1回裏から披見ることができる。もちろん、それだけが理由ではない。すでに述べた通り、3番最強打者の打線の方が得点を挙げる可能性が高い。MLBでは、そのため2番に犠打マシーンを置くことはない。

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