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アリ・キリギリス・ミツバチ(2011)

アリ・キリギリス・ミツバチ
Saven Satow
Nov. 09, 2011

「ミツバチの生活は魔法の井戸のようだ。汲めば汲むほど、ますます水で満たされる」。
カール・フォン・フリッシュ

 ギリシャの債務危機が表面化して以来、イソップ寓話の「アリとキリギリス」がしばしば言及される。同国はEUからの支援なしには破綻する危険性が高い。ところが、そのギリシャは、EU加入時に粉飾決済をしていたのを始めとして数々のずさんな実態が明らかになると、他の加盟国の人々が怒りの声を上げる。キリギリスが困っているからと言って、アリが助ける義理があるのかというわけだ。

 イソップ寓話は、口承でもあり、他の古典と同様、文献学上の問題がある。一般に「アリとキリギリス」として知られる物語も、もともとは、「蝉と蟻」や「蟻とセンチコガネ」だったとされ、内容が若干異なっている。また、文献学的作業を経たテキストとは別に、社会や読者に応じた改変がなされている場合も多い。

「アリとキリギリス」のあらすじは次の通りである。冬のある日、アリたちが夏に働いて貯めた穀物を干していると、すきっ腹を抱えたキリギリスが通りがかり、食べ物を恵んでくれないかと頼む。アリたちは、キリギリスに、どうして夏の間に食べ物をためておかなかったのかと尋ねる。キリギリスは、毎日歌うことに忙しかったと答えると、アリたちはこう笑う。夏に歌っていたなら、冬は踊ったらいいだろう。

 このアリとキリギリスはそれぞれ人生観の理念型と考えられる。アリ型は働くことが生きがいで、将来に備えて、現在を犠牲にすることを厭わない。一方、キリギリス型は遊ぶことが人生の目的で、現在を楽しむためには、将来を棒に振ってもかまわない。

 最近は世の中ひねているので、この教訓に異論を唱えるものもいる。資本主義では、生産だけでなく、消費が重要である。また、こうした労働偏重は文化を切り捨てる発送である。さらに、実際にはアリの3割は働いていないのであり、それこそが集団を効果的に動かす。他にもあるが、弁護士が強弁を展開するアメリカの法廷と勘違いしてしまうので、この辺にしておこう。

 もっとも、世の中の人を単純に二分できるわけでもない。一人の人でも、あるときはアリ型で、また別の時にはキリギリス型というのが実際だろう。日本では昔から「楽隠居」を一つの理想の生き方と見なされている。人生の前半には懸命に働き、後半では隠居して悠々自適の生活に勤しむ。現在でも、現役のときはアリ型で、老後はキリギリス型という人生設計は決して古びているわけではない。アメリカの経営学者ジョアン・キウーラ(Joane B. Ciulla)は、『仕事の裏切り(The Working Life)(2000において、こうした生き方を「アリギリス(Anthopper)」と呼んでいる。

 そのキウーラは、アリ型とキリギリス型以外に、ミツバチ型もあり得ると主張する。彼女は、イソップ寓話から「アリとミツバチ(The Ant and the Bee)」を引いて、それを説明している。ただし、この物語は古典ギリシア研究者による邦訳には収録されていない。

 アリとミツバチがどちらが勤勉かで言い争いになり、アポロ神審判を仰ぐことにする。アポロはこう判定を下す。アリが自分のためだけに働いているのに対し、ミツバチは世界に恵みを与えている。

 ミツバチは自分たちのために花から蜜を集め、それを蜂蜜に変える。そうしながら、花の受粉を助けたり、蜜を他の生物に提供したりする。ミツバチは蜜を集めるだけでなく、それを蜂蜜に加工するという楽しみを味わっている。さらに、自分自身の労働が他への恩恵にもつながっている。経済学では、「外部効果(Spillover Effect)」を説明する際に、ミツバチはしばしば比喩として用いられる。この外部効果がアリ型とミツバチ型の労働を分かつ。経済学は外部効果を十分に考察してきたとは言えず、これが将来の中心的テーマになるだろう。

 かつてGWF・ヘーゲルは、『精神現象学』において、労働と教養をつむことによって人間は自分がいかに社会にとって必要であるかが認識できると言っている。しかし、グローバル化が進展した現在、分業が進み、自分自身の労働が社会にとってどうなっているのか見えなくなってきている。社会的起業が勃興したのも、こうした状況への異議からだろう。311以後、市民の間でもミツバチ型を目指す動きが活発化している。

 今回のオリンパスの巨額損失隠し事件の発覚も、あるミツバチの仕事の結果である。これは、月刊誌『FACTA20118月号に山口正義が書いた「オリンパス 『無謀MA』巨額損失の怪」がきっかけである。この記事を知って当時の社長マイケル・ウッドフォードが外部の会計事務所に自社の調査を依頼している。

 「月刊誌には、市販のものと直接購読専門のタイプがありますが。直接購読しか認めないという雑誌は切り口が面白く、普段表に出ることのない裏事情を解説した記事が多いので、毎月自宅に届くと、その日のうちに読んでしまいます。ちなみに、私が購読しているのは『フォーサイト』『日経ビジネス』『選択』『ファクタ』の四つです」(池上彰『ニュースの読み方使い方』)。

 今回のスキャンダルで、ネットが普及しようと、ジャーナリストは必要だと再認識されただろう。世界的企業が20年にも亘って巨額の損失を隠し続け、それを不正な企業買収を通じて葬り去る。しかも、「飛ばし」や「のれん代」など手口はあまりにも古い。けれども、誰も見抜こうとしない。そんな悪巧みを調べようとするのはジャーナリストくらいだということだ。

 不正の責任者の一人と見られる菊川剛前会長兼社長の役員報酬は約17000万円と伝えられている。しかし、それは社会に貢献した証ではない。失礼ながら、山口記者の年収はこの10分の1に満たないだろう。彼がオリンパス社を追いかけても、17000万円の見返りが約束されているわけでもない。けれども、この記事から社会が受けた恩恵は計り知れない。

 企業や政府、自治体を始めとする社会的組織の不正を監視し、市民に伝える。そうした市民の耳・市民の目としてジャーナリストは現代社会に不可欠なミツバチである。

 現代社会は、むしろ、ミツバチなしには成り立たない。意識的にミツバチたらんとする必要がある。
〈了〉
参照文献
『イソップ寓話集』、山本光雄訳、岩波文庫、1942
『新訳イソップ寓話集』、塚崎幹夫訳、中公文庫、1987年 
『イソップ寓話集』、中務哲郎訳、岩波文庫、1999
池上彰、『ニュースの読み方使い方』、新潮文庫、2007
Joanne B. Ciulla, “The Working Life: The Promise and Betrayal of Modern Work”, Crown Business, 2001

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